2006/3/3

板橋高校藤田裁判第12回公判(3/1)速報その2  W板橋高校卒業式
藤田さん本人の口から全貌が語られた
3,(1)被告人尋問 大迫弁護人 13:30〜
〔教師としての経歴〕

 一校目は、北海道白糟高校定時制に7年。
 サッツル・ベニヤ工場住み込みの生徒が夕方バスに乗って学校へ来る。機械化する前の過酷な労働条件、事故も多く指先欠損の生徒が何人もいた。
 東京で、向島商業6年・高島高校4年・城北高校12年・板橋高校7年・嘱託で青井高校1年半。入試の成績だけで言えば、中から中の下、最底辺の学校。
〔どのような教育をやってきたか〕
 若い頃は、成績評価も生徒指導も厳しくやり、ついてこれない者は仕方がないと思っていたが、経験を重ねるうちに、いったん入学させたら、何が何でも卒業させた方がよい、と考えるようになった。
 卒業まで100人も辞めていく学校も経験したが、中退した生徒のその後を見ると、定職に就けず、生活が乱れ、ヤクザに入ったり、ダメになっていく。
 皆と一緒に3年間過ごさせて、学校行事をやったり人間関係を作って卒業させた方が本人のためにはよい。就職は高卒でも大変なのに、中卒・高校中退ではなおさらである。
 退学を少なくするために、欠時数のあふれそうな生徒を家まで迎えに行ったり、試験前に一緒に勉強を見てやったり、出来ることは何でもやってきた。高島では、いったん出された退学勧告を、撤回させたこともある。


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