2019/12/5

八王子市の武蔵陵墓地に向かう天皇夫妻を奉迎しない市民に対する異常な警備  ]Vこども危機
 ◆ 12月3日「天皇奉迎」に子どもたちは動員されなかった!

 まずは、今回は子どもたちが動員されなかったことを、喜び合いたいと思います。
 4月23日に天皇が退位の報告に昭和天皇の墓を訪れた際、二小、横山二小、浅川小の子どもたちが「日の丸」の小旗を振らされ「天皇奉迎」に駆り出された件で、八王子市民有志は「天皇奉迎に子どもを動員することに反対する八王子市民の会」を結成し、市教委、八王子奉迎会実行委員会(奉迎会実)、町会自治会連合会(町自連)、市協働推進課3校の校長に問題点の追及並びに12月3日の即位の報告の際に再び子どもたちを動員しないようにと申し入れをしてきた。

 3日が近づいた先週半ば、3校の校長市教委に問い合わせたところ、校長は市教委から情報を「受けていない。立たせるつもりはない。」と、市教委は「情報を提供していない」とのことだった。

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2019/12/5

安倍を倒そう!(555)<『画家たちの戦争責任』(北村小夜著)(4、最終回)>  X日の丸・君が代関連ニュース
<転送歓迎>(重複ご容赦)・「都教委包囲首都圏ネットワーク」、・「新芽ML」、・「ひのきみ全国ネット」、・「戦争をさせない杉並1000人委員会」の渡部です。

 ▲ 【3、戦争画を一挙公開し、議論をすすめよう!】では、敗戦後の、北村さんが考えたこと、戦争画の問題、教育の問題、などについて述べられている。

 彼女は1946年末に日本に「復員」したが、その時どんなことを考えたかについて以下のように述べている。
戻った日本で空腹のなか考えた。
あり得ないことであったのに日本が負けた。
にもかかわらず私は生きている。
どうも間違ったことをしてしまったようである。
天皇のために命を捧げ、靖国に行きたい一心で、あらゆる夢をさし置いて過ごしたこの5年は何だったのだろうか
とりあえずこの5年間をなかったことにして出直そうと考えた
(実務は5年間であるが、そこに至らせたのはそれまでの環境・教育であるのだから厳密にいえば生まれてからの20年である)。

2019/12/5

桂太郎を死に追いやった言論のもつ魔力  ]平和
 ◆ 言論の力 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)

 緊張感はない。無視、拒絶、改竄(かいざん)、揚げ句の果てのシュレッダー。言論の府は冒涜(ぼうとく)されている
 「そのうち不思議な感じが私の心にわいてきた。ここでハッと桂公を指せば、公はきっと引くり返って、椅子からころげ落ちるというような感じが、ふとおこった。演壇から大臣席にいる桂公とのあいだは数歩にすぎなかった。そこで大声疾呼しながら、全身の力をこめて二三歩進み出で、指頭をもって桂公を突くがごとく、迫っていった。その瞬間、公は真青になった」
 尾崎行雄『咢堂(がくどう)回顧録』の一節である。

 指弾されたのは桂太郎首相
 「公の顔色はにわかに蒼白(そうはく)にかわった。しかし、予感に反して、桂公は椅子からころげ落ちなかったので、私は失望した」

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2019/12/5

ローマ法王フランシスコ1世の長崎訪問を伝えるガーディアン紙  ]平和
 ◆ ローマ法王長崎訪問、
   「核兵器のない世界」の実現を!
(星の金貨 new)
ジャスティン・マッカリー / ガーディアン  2019年11月23日

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写真 : 長崎市の爆心地にある記念館で語りかけるフランシスコ教皇。

 教皇フランシスコ1世は太平洋戦争(第二次世界大戦太平洋戦線)の最終盤にアメリカ軍の核兵器攻撃によって破壊された日本の2都市の1つである長崎市を訪問し、核兵器が持つ「筆舌に尽くしがたい恐怖」を強く非難しました。
 フランシスコ1世はこの38年間で教皇として初めての日本訪問の2日目、世界の指導者たちに向け核兵器の備蓄を終わらせるよう呼びかけ、核兵器が国家の安全保障について誤った認識を与えていると語りました。

 「私は核兵器のない世界は可能であり必要でもあると確信しています

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2019/12/5

辺野古埋め立て工事阻止の統一行動日に本土から参加して  ]平和
 ◆ 戦さ世(いくさゆ)拒む沖縄
   阻止の統一行動日 反基地の不屈の人に出会う
(週刊新社会)


 日々強行されている辺野古埋め立て工事を阻止するため、10月21日から25日まで全国に呼びかけた統一行動日があり、東京からは毛利孝雄、星野芳久、小畠玲子、勅使河原千津の4人が参加した。
 この行動日の期間中は工事の動きは無く、機動隊員には一度も会わなかったが、沖縄本島各地で取り組まれている基地反対闘争の現場を巡る旅になった。

 ◆ ゴーゴードライブ、カヌー、座り込み、身体を張った闘い
 21日、本部(もとぶ)安和(あわ)。那覇を出発して、本島を北東に進み名護市の本部半島に向かった。8時に安和に到着したが土砂の運び込みは無い模様だ。
 土砂は沖縄県内の琉球セメント(株)が、山を削りダンプカーに積み込み、国道を渡り会社の桟橋に入り土砂運搬船に移し替え、辺野古へ運び、埋め立てに使われている。

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