2006/4/20

教養講座?その3  U藤田掲示板のログ
 ガンジーから学ぶもの。

投稿者:ブッシュが世界を壊す 投稿日: 4月 8日(土)06時32分11秒 

 すぐれた政治家であり哲学者であったガンジー「自叙伝」の中で「公のために奉仕している者は、決して高価な贈り物はもらってはならないというのが、私の確固とした意見である」「万人の目から、涙という涙を拭い去ること」「もしあなたが実際に重要なことをやろうと思うならば、あなたは単に理性を満足させるだけであってはならない。理性の訴えは頭によいが、心臓まで届くのは苦悩からである。それは人間の内心を理解する道を開く」と述べています。

 ガンジーは両親への孝養、義務への献身、誠実さ、他人の欠点を見ようとしない性質といった人間の徳性を持ち合わせていました。両親への孝養は、インドへの忠誠となり、義務への献身は人間性へのひるまぬ献身となりました。
 他人の欠点をあげつらわない性質は寛容と公正さに転じ、人の罪悪は責めはするが、人間そのものは責めないという性質に発展していったのです。

 日夜インドの国民の一人一人の困難な生活の改善のために全身全霊を奉仕し、悩み苦しんだガンジーは今でも世界の人々の尊敬の的になっています。また、生きとし生けるもののすべて命を心よりいつくしみ大切にしました。非暴力により、説得することに努力しました。あらゆる意味で暴力を否定するアヒンサーの思想は今の世界に忘れられています。


 「非暴力は人間的可能な極限の完璧さを持つ自己浄化を意味する」と述べ暴力は相手に苦痛を与え、それによって自分を堕落させるが、非暴力は自分に苦痛を与えることによって、相手の道徳的琴線に触れて相手を強くするのです。

 ガンジーが最大の力点を置いたのは、平和的な手段、非暴力的手段でありました。そして彼のいう非暴力は相手を打たないというばかりでなく、他人のことを平和的に考え、他人に友愛を持って対するということです。今その心がすっかり失われました。非常に悲しく思っています。社会的弱者がどんどん切り捨てられ追いやられ悲しみの中に沈んでいます。

 ガンジーは「自分で模範を示さなくては、仲間はついてくるものではない。私が火の中に飛び込む。すると、ごくわずかの人だが、同じことをする」と述べています。

 ある有名なキリスト者(スタンレー・ジョーンス博士)が、まだそれほど有名ではなかったガンジーに「インドの人々は、現在、キリスト教を外国のものと考えている。そこでキリスト教がインド人の生活の一部となるように普及させるには、どのような方法によったらよいか、ヒンドゥ教徒の指導者の一人であるあなたからご教示願いたい」という質問をしました。
 これに対して「まず第一に、あなた方キリスト教徒、宣教師、その他の人々が、もっとイエス・キリストに近い生活をすべきです」と答えました。  


 ゲルニカ 

投稿者:日本を売り払っている小泉は嫌い 投稿日: 4月 8日(土)07時43分17秒

 アメリカによる第2次大戦及びそれ以降、広島、長崎、東京大空襲を含め日本の主要都市の空襲、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラクへの侵略行なわれた市民に対する虐殺は、フランコやヒトラー以上である。彼らアメリカ人は今やもっとも危険な暴虐政府だ。そのアメリカに尻尾を振る小泉も同罪だ。日本はアメリカ人によって多くの市民が殺されたことを忘れて、尻尾を振り、アメリカに思いやり予算までしている。それが愛国者だというから笑わせる。アメリカの植民地主義者が愛国者。小泉、安部、麻生。笑わせるな。日本は独立国ではない。

 「スペインの小さな町ゲルニカに対して1937年4月26日に加えられた爆撃は、ピカソの心に未曾有の激しい感情を引きおこした。彼は直ちに最初のデッサンを制作、無感動な牡牛、苦悶にあえぐ馬、血に倒れ伏した戦士、光明を持つ女など、完成作における主要な要素を登場させた。5月11日、ピカソは巨大なキャンヴァスにこの作品を描き始めた。彼はためらい、修正を繰り返し、ドーラ・マールが写真で記録しているように、7つのヴァージョンを制作した。この世界的な作品の誕生にいたる軌跡がこのように記録されたのは、驚くべきことであった。
 ゲルニカは、黒と白で描かれている。画面の主要な力戦は、三角形を形成している。中央には、槍に貫かれて断末魔の苦悩にあえぐ馬が、傷ついた戦士の情報に描かれている。左の方には不動の構えの牡牛がいるが、その芸術的、神話的な起源はミノス文明の時代にまで遡るものである。この牡牛は力を象徴している。3人の女が悲劇のコーラスを形作る。右手の女は炎に包まれた家の中で倒れる。第二の女は、駆けて逃げようとしている。最後の女は母親で、死んだ子供を腕に抱いて絶叫している。
 ≪ゲルニカ≫は、巨大な叫びである。どの顔も口を大きくひらいている。例外は、目撃者の女と牡牛だけで、それらは顔を上に向けている。そのテーマは、嬰児虐殺の主題であって、これは≪サビニーの女たちの掠奪≫に至るまで、ピカソの描くすべての戦争の絵に見られるものである。」(ピカソ)

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