2018/10/2

1960年代帰還事業の犠牲者の記録  [藤田の部屋
 ◎ 〔再録〕 廃墟の空に舞うあまりの嘆きと哀しみは
   (アリ・ラメダ、ベネズエラの詩人)
藤田勝久

 「現代のゲットーとアウシュヴィッツ、北朝鮮強制収容所の地獄のような実態を全世界の人に知らしめ、一刻も早く良心囚を救い出さなければならない。世界でこれほど悲惨で無視されている空間は他にないのであるから、世界はなぜあの時沈黙していたのかと批判されることがないように、とりくみの遅れを急いで克服しなければならない。」(小川晴久、1995 年)
 ○1959.12.25、産経新聞、 「暖かい宿舎や出迎え/第二次帰国船、雪の清津港入港/細かい心づかいの受け入れ」(坂本記者)
 ○1959.12.25、朝日新聞、 「…家賃はただみたいに安い。米もただみたい。目に見えて生活のよくなって行くのでうれしくてみんな働きたくなる」(入江特派員)
 ○1960.1.9、読売新聞、 「北朝鮮へ帰った日本人妻たち「夢のような正月」、ほんとうに来てよかった」(島本特派員)

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2011/6/20

藤田の日記「浅草」「花いちもんめ」  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  ☆ 最高裁は期日指定を取り消し、口頭弁論を開け! ☆

 ◇ 緊急最高裁要請行動 6月22日(水)10:45最高裁東門集合 ◇

 ◎ 『藤田の日記』 (「浅草」、「花いちもんめ」)

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「キンクロハジロ」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

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2004/10/07(木)     浅草
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 教員にとって、修学旅行は大変だ。事件、事故が起こる。
 北海道の時、「あいつは、帰ってこねんじゃねえか」、と冗談を言っていたらほんとに帰ってこなかった。後で引率から「何か知ってたのか」、と恨まれた。東京で行方不明となり、2、3年して帰ってきた。

2011/6/13

『藤田の日記』「貧しき家より」、「青春」  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 4月13日(水)第9回最高裁要請行動を行いました ■□■
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「ヒシクイ」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

 ◎ 『藤田の日記』 (「貧しき家より」、「青春」)

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 2004/05/12(水)     貧しき家より
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 ・・・・「貧しき家よりこうし出づ」と、何処かで聞いた。ほっとした。ひどいアパートに住んでいたから。秋の嵐で壁土が吹っ飛んだ。穴が開いて、二階の部屋から前の道が見えた。人が集まってきて、こっちを見ていた。目があった。
 学校の帰りにクラスの奴が付いてきた。「お前んちどこだ」「あっちだ」と嘘ついて、違う角を曲がった。

2011/6/6

『藤田の日記』(「苛酷」、「カツ丼」)  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 4月13日(水)第9回最高裁要請行動を行いました ■□■

 ◎ 『藤田の日記』 (「苛酷」、「カツ丼」)

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「ワシカモメ」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

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 2004/10/09(土)     苛酷
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 牛乳を初めて飲んだ時、感動した。
 牛乳を飲みたいと思ったら、牛を育てねばならない。それらをすべてすっ飛ばして、100円玉、2・3個出せば手に入るというのは、改めて考えるに驚異である。戦時中は、金があっても駄目であった。

2011/5/23

春三月は 悲しかりけり  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 4月13日(水)第9回最高裁要請行動を行いました ■□■

 ◎ 春三月は 悲しかりけり
2011、5.6 藤田 勝久

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「イカル」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

 
   梅・桜 賞でることなく 春逝けり

 16年前 春の三月に 地下鉄にサリンが撒かれ
 多くの人々が 死んだり後遺症を受けた
 今年20011年の春三月 福島の原発が地震で
 給水配管が損傷し送電鉄塔が倒壊し 制御不能に陥った

 水位が低下し 燃料棒の溶融が始まった
 原発の所長は 本社に総員撤退を伝えた
 空を飛んできた首相は 撤退を許さず
 最後まで 死地を守れと命令した

2011/5/2

チェルノブイリ原発事故ー終わりなき人体汚染ービデオ  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 4月13日(水)第9回最高裁要請行動を行いました ■□■

 ◎ チェルノブイリ原発事故ー終わりなき人体汚染ービデオ
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 原発推進機関、IAEAは「健康被害なし」との報告書を出し、今、日本のマスコミで東大などの学者が「恐れることなし」と言っているが、実態は恐るべきものがある。

 当時の子供は次々とガンになり手術をし、あるいは転移して死んでいってる。成人して妊娠した者の多くが染色体異常で悲惨な状況にある。
 世の大人が子供らのためにすべきことは、一刻も早く遠くに逃がすことである。

2011/4/25

子どもの人体実験始まる  [藤田の部屋
 今、日本は壮大な放射能の人体実験場と化しつつある。特に原発の収束が長引くことで、福島県民は人類初の未経験ゾーンへの突入を強いられている。
 ※プルトニウム・ファイルズ: アメリカは、どのようにして、何千人ものアメリカ人に、秘密裏に放射性物質を与えていたか
 http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/oj--d754.html


  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 4月13日(水)第9回最高裁要請行動を行いました ■□■

 ◎ 緊急に抗議をし 危険を知らせよう!
   福島の子供たちを 救え!

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「イスカ」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

 ICRP基準値  「被ばくに関して」
 1ミリシーベルト以下 計画被ばく状況に適用され、被ばくした個人に直接的な利益はないが、社会にとって利益があるかもしれない状況
 公衆被ばくの等価線量限度   眼(水晶体)  年間 15ミリシーベルト
 1〜20ミリシーベルト以下 個人が直接、利益を受ける状況に適用(例、職業被ばく・・・事故後の復旧段階での被ばくなど)

 2011,4  文科省
 年間20ミリシーベルト 毎時3.8マイクロシーベルトまでは 通常授業を行えと通知


2011/4/11

鐘が鳴っている  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 第9回最高裁要請行動4月13日(水)10:15最高裁東門集合 ■□■

 ◎ 鐘が鳴っている
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「ほおじろ」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

鐘がひと際高く 打ち鳴らされている
古稀を迎え また迎えようとする我々に
鐘がひと際高く 打ち鳴らされている
耳を澄ませ 最後の任務に赴けと

もう我々は 十分に生きたのだ
立派に生きた奴もいれば
私のようにお粗末極まりなく
恥多き人生を歩んだ奴もいる

2011/4/6

ヨウ素剤について  [藤田の部屋
 ▼ ヨウ素剤について

 再度の爆発・大爆発の可能性について明確に言い切れる専門家はいない

 ヨウ素剤の各県の対応について

 福島県 全市町村役場に配布済み
  危険となれば、即時、公民館等に集めて飲ませる態勢を作った
  いつ飲ませるかは国の現地対策本部と協議して決める
  三春町、いわき市は全住民に配布済み
  一部の住民は服用してしまったようだ

 茨城県 9市町村には備蓄あり

 千葉県 なし
  200万人分持っている企業に出荷規制がかかっていて今は手に入らない
  すべて 国の指示待ち

2011/4/4

春三月は 悲しかりけり  [藤田の部屋
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■□■ 第9回最高裁要請行動4月13日(水)10:15最高裁東門集合 ■□■

 ◎ 春三月は 悲しかりけり
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「ベニヒワ」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》

 16年前 春の三月に地下鉄にサリンが撒かれ
 多くの人々が 死んだり後遺症を受けた
 今年 20011年の春三月
 福島の原発が地震で 給水配管が損傷し送電鉄塔が倒壊し制御不能に陥った

 水位が低下し 燃料棒の溶融が始まった
 原発の所長は 本社に総員撤退を伝えた
 空を飛んできた首相は 撤退を許さず
 最後まで 死地を守れと命令した

 線量計の針は どんどん上がって行く
 台帳に5000台ある線量計は 320台しかなかった
 線量計は 改修作業者全員に渡らなかったと
 福島市内にある電力事務所は 31日そのことを発表した



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