私が初めて人前(とある競技会でのスピーチで)で「ホースマンシップ(精神)」の信念をお話したのは1999年だった気がします。
あの頃から、私の信念は大きくは変わっていません。でも、言葉で的確に表現することが難しくて、このブログでは具体例などを書いてきましたが、私の表現が誤解されるのか、はたまた近年広まってきた「ナチュラルホースマンシップ」という言葉が独り歩きしているのか、実際に私が思っている「ナチュラル、自然界での絶対的な厳格さ」みたいなものではなくて、メルヘンチックで馬に優しいというようなイメージになっている気がしていました。
私は今まで、人と馬の付き合いには同等はない。人は馬にとって信頼できる上司。という表現をしてきました。
アメリカの「Van Hargis Horsemanship」でトレーナーとしてお仕事をされている日本人のマークさんが非常に明確で的確な「ナチュラルホースマンシップ」について書いてくださっているので紹介します。
いろいろな馬に対する考えがあって、接し方アプローチ方法があっていいと思っています。でも、私の中心核にあるホースマンシップの精神はこの文章そのものです。
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Natural Horsemanship とは?
Natural Horsemanship (以下、NH)とは、馬が本来持っている"考え方"を理解し、それを利用して馬を訓致、調教する精神であり、特定の"やり方"やそれによる"パフォーマンス"ではない。
大昔からある"やり方"(調教方法)では、馬がどのように考え、感じているのかが大部分のところで、人間のエゴにより無視され、馬に強制を強いるものであった。にもかかわらず、馬の持つ順応性の高さから、馬がそれを、または、人間の意志を理解しているような錯覚を作り出していた。しかし、アメリカのトム ドーランス氏とビル ドーランス氏の兄弟によって、長年の野生馬と家畜馬の行動の研究により、馬の思考を理解し利用する方法が開発された。これがNHの始まりである。
NHでは、基本的に馬が群れで行動する際の馬同士の上下関係による行動のパターンを基として、それを発展、応用して馬に対して「約束事」を理解させ、特定の"動き"(マニューバ)をするように"仕向ける"。決して力や痛みを使って強制して"服従"させるのではなく「こうやる方が簡単で早く楽になる」ことを教えて、馬自身に考えさせてそれを選ぶように仕向ける方法をとる。この際、野生馬の群れの中でのリーダーとその他の馬との関係、行動が基本的なモデルとなる。
野生の馬たちは一頭の牡馬と多数の牝馬が基本的な一つのグループを作り、そのグループのリーダーは牡馬ではなく、牝馬がリーダーシップを取る。また、まだ若いオスの馬たちは、そのグループの少し離れた位置に衛星的に存在して牡馬同士の「バチュラー パーティー」と呼ばれる群れを作り、隙あらば支配するオスの馬が見ていない隙に、牝馬にちょっかいを出して交配しようと狙っているのである。牝馬たちのグループは「メア バンド」と呼ばれ、一頭の強い牡馬によって守られているものの、その牡馬にはバンドを率いる権利は与えられていない。群れとしての行動は、筆頭であるところの牝馬によって決められている。馬の家族は『カカア天下』なのである。
リーダーの馬が群れを統率し統制する際に使うのが「プレッシャー アンド リリース」である。リーダーの馬(もちろん、多くの場合が牝馬)は、自分の気に入ったエサのエリアを守る際や、行動に問題のある若い馬を矯正する際にも表情や行動で段階的に他の馬に対して、プレッシャーを与え追い払う。この単純な「追い払う」という行為が繰り返されることにより、若い馬などは、グループに於ける「ルール」を学ぶのである。これは、NHに於ける基本理念そのものである。では、なぜ馬にとって追い払われることがプレッシャーになるのかと言うと、群れで行動しお互いに守り合っている野生馬にとって、群れから孤立するということは、即ち肉食動物等から狙われやすくなる、つまりは生死に関わる大問題なのである。だからバンドリーダーであるところの牝馬は素行の悪い若い馬がいると、追いかけ回して群れから離れさせてしまう。そうすることで若い馬の不安を煽り、素行が改善されそうになるまで、群れの中に戻さない。また、他の順位の高い馬たちも同じように行動することで、群れの中の順位に沿った上下関係を築く。だから、馬の世界では同位と言う考え方が無い。つまりは、馬たちは同順の親友を作るという考えがない。100頭の馬がいれば、順位第一位から順位第100位までが出来上がる。だから、馬と同等の友になれるという考え方は、人間の思い込みでしかない。馬の世界では順位の高い馬ほど胸に蹴られた跡が多く、順位の低い馬ほど体の後部に噛まれた跡がある。
では、プレッシャーと相対にあるところのリリースとは何なのか? リリースとは、解放すること。つまりは、プレッシャーを止めること、ただ単に何もしなければいい。自ら動いて馬にプレッシャーをかけて動かして、馬が思うように、または、馬の能力の範囲内で思いと近いような動きをしたら、まず自分自身が止まる。馬を動かそうという考えさえも止める。そうすることでプレッシャーから解放された馬が変化に気づき、ハンドラーもしくはライダーに注目し始める。ハンドラーもしくはライダーは馬の表情や馬から発せられるエネルギーさえも馬からの"反応"として注目しそれを理解しようとする。ここから馬とのコミュニケーションがはじまる。これがNHの基礎だ。
ちょっと話題がそれるが、牝馬が若い馬などを教育している間に牡馬は何をしているかと言うと、群れの中の外縁近くをパトロールしながら「バチュラー パーティー」の牡馬が群れの牝馬にちょっかい出すのを防いだり、血気盛んな若い牡馬のチャレンジを受けて決闘したりしている。牡馬がほかの馬のボロの上に自分のボロをしたり、自分のボロの上に更にボロをしたりするのは、縄張り表示と自分を大きく誇示するためのものだ。簡単に言うと、「デカイくそをする馬はデカイ体をしてるんだから強いんだぞ」と言おうとしているのである。また、一頭、一頭の牝馬の発情の状況をチェックして一年を通じて交配している。この時牡馬は非常に謙虚に辛抱強く牝馬に対してアプローチしていく。少しでも時期がずれているなら交配しない。排卵の最適な時期をニオイで察知し最適な期間だけ交配する。牝馬も最適な時期以外は牡馬に対して非常に意地悪く牡馬を排除する。アメリカではオスっ気の強い若い牡馬は妊娠中の牝馬の群の中に放たれる事が多くある。これによって若い牡馬は牝馬たちからいじめられてマナーやエチケットを学び人間が扱っても非常に大人しく扱いやすくなる。馬のオスたちは常にメスの顔色を伺いながら生活しているのである。
NHでは、こうした野生馬の行動と家畜馬の生活状況を統合して分析し共通した馬の考え方を理解し応用して、馬に対して人間の要求を実現するように仕向ける。野生の馬たちの行動が単純かつ長時間であるのに対し、人間の馬に対する要求は複雑かつ短時間である。例えば、野生馬はリーダーからのプレッシャーは単に「あっちへ行け!」であるのに対し、人間からのプレッシャーは、「あっちへ歩いて行け」とか「走って行け」などの要求の違いであり、野生馬が毎日、24時間であるのに対し人間の要求は一日に数時間、週に数日程度である。
丸馬場でのグラウンド ワークの「プレッシャー アンド リリース」は騎乗時のそれを想定し、酷似もしくは全く同じであるべきで、そうであれば、グラウンド ワークから騎乗トレーニングへの移行も、馬にとって非常にわかりやすく、簡単なものになるはずである。また逆に、馬に対して強制してプレッシャーからの痛みや恐怖心から逃げる事で調教すると、馬は常に次のプレッシャーを予期し、恐れて、パニックに陥りやすくなる。NHでは、馬に対しプレッシャーの反対側にはプレッシャーのない側もしくはプレッシャーの弱い側があることを教え、それを求めさせることでポジティブな観点からマニューバーを実行し、馬が常に人間の指示を待つようになる。つまりは、馬の動作が"反射"からでは無く"反応"から発生することになるのである。
これがNHにおける基本の精神である。今現在、アメリカでも多くのNHトレーナーが存在し、その中の数人はケーブルテレビのショーなどを持っていて人気があり、ビジネスとして非常に大きな成功を収めた人達も存在する。それぞれのトレーナーには独特の表現の仕方や言い回しの違いなどの特徴があるものの、その基本は単に馬の思考を理解し利用しようとするものに他ならない。だから、「このトレーナーの方法が本物だ」とか「あの人のやり方じゃなきゃダメなんだ」という考えは間違いであって、基本の考え方と経験豊富な人からの助言や自分自身による経験の積み重ねによって、自分自身のNHのスタイルを作り出すことも可能なのである。しかしながら、重要なのはその自分のスタイルも、さらなる経験の積み重ねにより常に進化していくことを受け入れなければ、限定された条件下でしか通用しないNHになってしまう。10頭の馬がいれば10通りの調教が、10人のトレーナーがいれば10通りの馬への接し方があるのだから、自分自身のNHの調教方法を作ることが自分に最も合った調教方法だと言えるだろう。
僕自身がアメリカにきて以来よく言われてきたのが、「馬のトレーニングは木を育てるようなものだ。大地にしっかりとした根を張り、基本と言う幹を太く大きく育てると、もっと多くの枝葉になって分かれて、高く大きく育っていく。その枝葉の行く先がレイニングであり、カウホースであり、カッティングやローピング、更にはイングリッシュやジャンピングにもなる。一頭の馬で何でも出来るようになる。」故に、馬に乗ること、乗れる馬を作ることの基本の大切さを知る必要があり、その為にNHの精神は大きな助けになるのです。
最後にもう一度。Natural Horsemanship は、そのメソッドやその結果のパフォーマンスではなくて、馬の自然な考え方を理解して利用し、馬の反応を引き出そうとする精神なのです。
〜〜Mark Izumi 2017.3.5〜〜
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