当ブログの運営者は工藤英勝です 近代仏教史家で、とくに近代仏教と東アジアとの関係論に関心があります このブログではとくに朝鮮と日本宗教にかかわる問題とくに植民地布教についての資料とデータを提供いたします 大きな歴史認識や歴史解釈ではなく、諸事象と人間がどう動いていたのかを解析していきたいと思います 資料やデータにかかわる具体的なお尋ねには回答いたします

2014/8/1  5:00

福田恆存評論集 2  ショートコラム 歴史と人間

● 平和論にたいする疑問 (1)


平和論のすべてとはいひませんが、その大部分が単に問題のための問題に終わってゐるやうです。またたいていの意見がギリシア神話みたいな傾向をもってゐるやうであります。
 世界は平和でなければならないといふこと、あるいはさうありたいといふこと、これはけっして奇抜な意見とはいへません。とにかくすぐれた頭脳によってのみ可能な個性的構想をもってゐるわけでもありません。ですから、元来、それだけを説いたからといって、専門家として口に糊するわけにはいかない。したがって、平和論はすでに活字の問題ではなく行動の領域に属するものであります。

 が、ここに問題があります。たとへば基地における学童教育を例にとりませう。学童のみならず、基地周辺の町全体がかつての平穏素朴な生活を失ひ、風儀は乱れ、その猥雑さは如何ともなしがたい状態を呈してゐる。なかでも学童のうへにおよぼす影響がいちばん問題であることはいふまでもありません。だが、それと平和の問題と、いったいどういふつながりがあるか。さういへば誤解を招くかもしれませんが、両者の間にはなんの関係もありはしない。

 私が非難してきた「文化人」といふのは、世間のあらゆる現象相互の間に関係を指摘してみせるのがうまい人種のことであります。関係さへ見つければ、それで安心してしまふ。

 なるほど、基地における児童教育問題の根柢には、日本の殖民地化といふ問題があります。またその問題の根柢には、安保條約といふものが控へてをります。さらに、安保條約の根柢には冷戦のうちに対峙する二つの世界があります。最後にこの問題の根柢に資本主義対共産主義といふ根本的な問題が横たはってゐます‥‥小さな杯を問題にするためには、それよりひとまはり大きな杯を問題にしなければかたづかない、それはさらにより大きな杯を問題にせねばをさまらない−さういふ論法が出てくるのです。もっともらしい話ですが、私にいはせれば、少々インチキです。

 戦争の初期の軍の用語に現地解決主義、不拡大方針といふのがありましたが、それとはまさに反対の方法で、現代人は問題をとはうもなく無際限に拡大していく。‥‥(現地の)ひとびとは、ねらひはあくまで基地の(学童)教育問題であって、平和論はその目的達成のための手段であると、自他ともにこころえてゐる。

 平和(論)よりなにより学童教育(問題)が大切だ、さう考へてゐるひとのはうを、なぜ私たちは信頼しないのか。これをかたづけるためにはそれ、それをかたづけるためにはあれ、といったふうに、小ざかしく物事の経緯を理解し解説して見せる人間〈文化人〉のはうを、なぜ尊重するのか。

 基地教育の問題は一例にすぎない。みんな深刻な顔をして大きな問題にとりくんでゐるあひだに、小さな問題は、とりかへしのつかぬままに、いはゆる社会問題の表面からつぎつぎと消え去っていきます。

 それは一種の現代病であって、「自己抹殺病」とでも名づけませうか、すべての現象や主題を、自己といふ主体から切り離し、遠ざけて扱ふ傾向です。‥‥ひとびと〈文化人〉は本末転倒を喜ぶ。手段と目的との逆倒を喜ぶ。それをやれば、まづ第一に、問題は自分との直接の関係から離れます。第二に、自分ひとりだけの問題ではなくなるので荷が軽くなります。第三に、さしあたってどうかうできる事柄ではなくなるので行為への責任からまぬかれます。
 平和論もそのひとつですが、まだこれだけの一般的診断ではかたづきません。


福田恆存全集 第3巻 1987年 初出 「中央公論」昭和29年12月號


 知る人ぞ知る「福田恆存」の代表的な評論です。この論説を発表したばかりに、彼は当時並み居る「進歩的文化人」連から集中砲火を浴びてしまうことになるのです。

 彼の「平和論」は当時そして現代でも跋扈している俗流「平和論」を、「拡大方針」「抽象化」そして彼の造語「自己抹殺病」と命名して一刀両断にしています。

 ある現場の直面する切実な問題を解決し、改善しようとしているのに、手段として平和論を用いているのが、小ざかしい文化人や運動家などによって、平和が自己目的化することによる現場切捨てをきびしく糾弾します。

 このような福田氏の主張を好ましからざる「保守反動」とみるのか、それとも現在でも傾聴すべき指摘と感じるのか‥‥ここらあたりに人それぞれの思想のバロメーターが現れるような気がします。

 投稿者はもちろん賛成です!
 それだけではなく、もっと先鋭化し深めなくてはならないとも確信します。

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2014/7/1  8:00

福田恆存評論集 1  ショートコラム 歴史と人間

● 少数派ということ

 現代の日本人は、とかく多数をたのみ、多数の思惑を気にする。正しいことをするばあひにも、まちがったことをするばあひにも、その正邪の観念よりは、数の観念に動かされることが多いのです。したがって、正義派として少数派であることを恐れるばかりでなく、エゴイストとしても少数派たることに臆病であります。自由やデモクラシーやヒューマニズムのために死を辞せぬといふ少数派も少いくせに、自由やデモクラシーやヒューマニズムの看板をかかげられると、それに刃向ふ少数派になるほどの悪党も少い。しかも、をかしなことに、少数派はつねに善だといふ通念があり、それから少数でさへあれば支持するといふ感情的な判官びいきといふものが出てくる‥‥そういふセンチメンタリズム、被害妄想的ヘロイズムは、けっきょくのところ、正邪善悪そのものよりは、数と勝負にのみとらはれてゐることから生じるのであります。
                     福田恆存「少数派と多数派」から

 知る人ぞ知る当時の並み居る進歩的知識人を激怒させた日本の戦後期を代表する保守論者、それが福田恆存【ふくだ つねあり 1912年(大正元年)8月25日 - 1994年(平成6年)11月20日】です。評論家、翻訳家、劇作家、演出家として知られます
 あまりの孤高ぶりに、この評論の中では大宅壮一から「精神的貴族」なるあだ名をつけられたと述べています
 彼は日本の多数派も少数派も結局は数をたのんで、多数派は大勢の中に自分を埋没させて傲慢になるし、一方の自称「少数派」も使命感などという妄想的英雄主義に毒されていると突き放します
 自己のプリンシプル(行動原理)や自分の行動に筋を通すことだけに集中し、それが多数だから、少数派だからということには一切左右されない冷徹なリアリズムを勧めています。ただし、それぞれができる範囲でという限定つきですが。彼の評論は現在読み返してみても頷くところが多いのです。宗教なんか眼中にないようなのに、妙に宗教的な雰囲気さえ漂わせているのは、彼の深い絶望と透徹した批判精神から出ているからかもしれません
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2014/5/1  5:00


● 「人間」の定義

わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、(絶滅収容所の)ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ


戦後まもない原版・旧版にはなく、新版になって初めて挿入された箇所です。フランクル教授が、永い反芻と思索を経て、到達した金字塔のごとき啓示のことばです―解説はすべて蛇足になります



ヴィクトール・エミール・フランクル 池田香代子 訳 『夜と霧』新版 2002年10月 みすず書房刊 145頁から


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2014/4/1  4:00

ナショナリズムの陥穽  ショートコラム 歴史と人間

● 「ユダヤ人」被収容者たち、親衛隊員の助命を要求する!

収容所監視者の心理
‥‥
‥‥四番目に挙げられるのは、収容所の監視者のなかにも(嗜虐行為などの)役割から逸脱する者はいた、ということだ。そこから解放された(ダッハウ)収容所の所長のことにだけふれておこう。彼は親衛隊員だった‥‥この所長はこっそりポケットマネーからかなりの額を出して、被収容者のために近くの薬局から薬品を買って来させていた。

 これには後日譚がある。解放後、ユダヤ人被収容者たちはこの親衛隊員をアメリカ軍からかばい、その指揮官に毛一本たりともふれない(元所長の安全を保証すること)という条件のもとでしか引き渡さない、と申し入れたのだ。アメリカ軍指揮官は公式に宣誓し、ユダヤ人被収容者は元収容所長を引き渡した。指揮官はこの親衛隊員をあらためて収容所長に任命し、親衛隊員はわたしたちの食糧を調達し、近在の村の人びとから衣類を集めてくれた。(新版挿入箇所)

‥‥
 このことから見て取れるのは、収容所監視者だということ、あるいは逆に被収容者だということだけでは、ひとりの人間についてなにも語ったことにはならないということだ。人間らしい善意は誰(加害者側にも)にでもあり、全体として断罪される可能性の高い集団にも、善意の人はいる。境界線は集団を越えて引かれるのだ。したがって、いっぽうは天使で、もういっぽうは悪魔だった、などという単純化はつつしむべきだ。事実はそうではなかった‥‥(再掲)

ヴィクトール・エミール・フランクル『心理学者、強制収容所を体験する』(邦題『夜と霧』新版 池田香代子訳)pp.143〜144



 1977年新版で初めて「ユダヤ人」の固有名詞が追加された箇所です。なにか映画「シンドラーのリスト」を髣髴とさせるシーンですが、これは創作や虚構による潤色ではなく、フランクルたちの現場証言です。
 フランクルの著作には、彼の実存主義心理療法(ロゴセラピー)の基調となる人生観の「コペルニクス的転回」つまり「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ‥‥生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべき」との信念と同時に、ここにあるような人間という種族を単純に善悪や正邪で分類することの愚を、善悪の極限・彼岸を生きぬいた者の視点で強調していることです。
 ナショナリズムそれは人種、民族、国家などの集団的虚構によって、簡単に善悪を割り振るような思考方法がもっとも危険な陥穽として警告されているのです。ナチズムは当然この代表ではありますが、政治的シオニズムによるイスラエル失地回復運動も、ナショナリズムの「単純化」から無縁ではないと言いたいのでしょう。受難の民はその永い受難の歴史を盾にとって、パレスチナの先住民たちを駆逐していますが、逆の意味でのナチズムの再来ではないかとの容疑が否定できないのです。

 
 わたしたちの身のまわりにも、世界やアジアの中で、ひとり頑固に日本人だけは本質的に悪だとか、朝鮮・韓国・中国人は正義だとか、そんな転移型ナショナリズムを絶叫してマスコミにも影響力をもっていることも連想させられます。被害者の体験や主張は尊重しなくてはなりませんが、それに便乗した外野の騒擾にはいつも辟易させられます。
 もういいかげんこんな粗雑で奇矯なことはやめにした方がよいと思います‥‥

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2014/3/1  3:00

フランクルのことば  ショートコラム 歴史と人間

● 善と悪の合金としての人間

 ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor E.Frankl)は、自身の極限状況の体験を『ドイツ強制収容所の体験記録』(邦題『夜と霧』)として発表しました。
その初版(1947年)は1961年には霜山徳爾氏によって邦訳され、今でも多くの読者が読み継いでいます。
フランクルの異常な体験―それはあのユダヤ人を地上から抹殺するというホロコースト―を、私たちがあえて読み継ぐ意味は一言では言い切れないものがあります。人間がそれも理性的な人間が到達した「悪の組織的な工業」を知るのは、単なる歴史事件を知りたいということだけではなく、原著者フランクルのひじょうに深い人間観にも影響されているのかもしれません。
私はこの本を大学入学時に購入して、あまりの内容に衝撃を受けました。それは人類の悪の極限のレポートということにととまらず、読めば読むほど博士の深い洞察と宗教性に感銘を受けたものです。
この本については、さまざまな角度からマスコミや識者が報告していますので、それに類することはすべて省きますが、私がここで指摘しておきたいのは、悪の極限を体験したユダヤ人フランクルが、初版では一言も「ユダヤ」なる用語を使用していないことと、人間を単純に善悪二元論で割り切ってはならないと述べている箇所です。


‥‥次のことが注意されなければならない。すなわち収容所の当局者の中には‥‥いわば道徳的な意味で‥‥ナチスに対してサボタージュする者もいないわけではなかったということである。たとえば私が最後にいた収容所の司令を例にとってみると、彼は親衛隊員であったが‥‥彼は自分のポケットから少なからざる金を出し、そっと町の薬局から囚人のための薬を買い入れさせていた‥‥だが前述の司令は私の知っている限りでは一度でも彼の囚人に対して手を上げたことはなかった。
‥‥
 このことからわれわれは一つのことを悟るのである。すなわちある人間が収容所の監視兵に属しているからといって、また反対に囚人だからといって、その人間に関しては何も言われないということである。人間の善意を人はあらゆる人間において発見し得るのである。
‥‥
 強制収容所の生活は疑いもなく人間の奥底に一つの深淵をひらかしめたのであった。この深みにおいて‥‥善と悪との合金としての人間的なもの、をみることができた‥‥



フランクル著作集 T 『夜と霧』pp.195-196 みすず書房刊
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