当ブログの運営者は工藤英勝です 近代仏教史家で、とくに近代仏教と東アジアとの関係論に関心があります このブログではとくに朝鮮と日本宗教にかかわる問題とくに植民地布教についての資料とデータを提供いたします 大きな歴史認識や歴史解釈ではなく、諸事象と人間がどう動いていたのかを解析していきたいと思います 資料やデータにかかわる具体的なお尋ねには回答いたします

2012/8/15  0:00

被徴用者の残留遺骨とその後  作品集

●論文 8

無縁遺骨と恨(ハン)
 −被徴用者等の遺骨調査から−


閲覧ファイルはこちら⇒ 2009ikutsurejume.pdf

日本宗教学会『宗教研究』第363号 2010年3月掲載

2004年12月の日韓首脳会談の合意によって開始された「朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨調査」と遺骨等の返還事業について協力者である仏教側からのコメント
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タグ: 徴用 遺骨 寺院

2012/6/1  1:00

曹洞宗と戦時教学  作品集

●論文 7
曹洞宗と戦時教学
 −「不敬」字句削除の背景−


 植民地布教とは直接関係ある論考ではありませんが、戦時中に仏教教団からの「圧力」によって国定教科書が使用禁止処分になった事件を検証しています

 この出来事の後で、曹洞宗管長が「不敬」であると逆に問題提起されて宗派はたいへん狼狽したようです

閲覧ファイルはこちらinbutsu46kudou.pdf
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2012/3/4  12:00

キリスト教の朝鮮布教  作品集

●論文 6

日本キリスト教の朝鮮布教


 近代日本宗教による韓国・朝鮮布教の量的な解析にもとづく布教概況の把握は、今回で4回目になる。本稿では、日本キリスト教会の各教派を主な検討対象として、前回同様に、朝鮮総督府の統計資料によって約三〇年間の量的な推移を考察していきたい。

 最初に、韓国・朝鮮布教全体に占めるキリスト教の比重を見ていきたい。神道・仏教・キリスト教の布教所(神社・寺院・教会)の一九〇七〜一九三七年の約三〇年間の累年合計割合によると、日本キリスト教は延べ一二七六箇所(一l)。朝鮮・外国キリスト教は延べ数九七三九九箇所(六三l)を占めている。また、同じく神・仏・基三教に占める日本キリスト教の布教者数は、延べ一七四九人(一l)。朝鮮・外国キリスト教では延べ数七八八九九箇所(二〇l)。最後に信者数においては、同様に日本キリスト教は、延べ一七八五九一人(〇・九l)。一方の朝鮮・外国キリスト教は、延べ人数九〇五二一八一人(四六l)を占め、この九九lは「朝鮮人」信者である。日本帝国主義、朝鮮総督府の支配下にあって、有利な宣教の環境にもあったにもかかわらず、日本キリスト教の宣教は、数値的にはマイノリティーであった。神道や日本仏教の布教対象はほぼ日本人植民者によって占められていたのに比較して、日本キリスト教の信者は、その半数が現地「朝鮮人」であることからすると、神道や仏教よりは「現地布教主義」が浸透していたようであるが、その内実については、今後の解明が待たれるところである。

 日本キリスト教の朝鮮布教は、朝鮮総督府統計資料によると、プロテスタント諸派によって企図・実施された。日本の植民地支配下において、長期間、組織的に朝鮮布教に従事してきたのは、、日本メソジスト教会、日本組合基督教会、東洋宣教会ホーリネス教会、基督同信会(名称、順番は統計資料による)であり、その他には、長老派、プレスビテリアン、基督青年会、日本美以教会、日本聖公会、京城基督教会、聖書講読所の名称も見られるが、これらは一九一〇年の韓国併合前後の数年間に限られている。

 布教所・教会数から、日本キリスト教の趨勢を見ると、一九〇七〜一九三七年の累計では、日本組合基督教会(四一一)、日本メソジスト教会(三三六)、日本基督教会(二八八)の順番となり、この傾向は、宣教者・布教者数からも裏づけられる。日本組合基督教会(八四八人)、日本メソジスト教会(三六七人)、日本基督教会(三〇二人)となっていて、特に組合基督教会の占有率が五二lとさらに高くなっている。

 日本キリスト教の信者数を教派別・累年合計で調査すると、日本組合基督教会(八九一七二人)、日本基督教会(三二五二九人)、日本メソジスト教会(三一七三一人)の順番になっている。この内訳において特筆すべき特徴としては、日本基督教会とメソジスト教会の朝鮮人信徒の割合は、四〜六lに過ぎないのに対して、組合基督教会の全信徒に占める朝鮮人信徒は、実に約八割に及んでいることが挙げられる。

 日本組合基督教会は、一九一〇年の総会で朝鮮伝道着手が決議され、海老名弾正の弟子、渡瀬常吉(一八六七〜一九四四)が主任となって実行に移された。伝道開始当初から朝鮮総督府からの匿名寄付や財閥からの資金援助によって始められた「総督府の御用教会」に対して、教会内部の柏木義円、湯浅治郎、吉野作造からも反対があったことは周知の通りである。組合基督教会は、布教所・布教者そして信者数ともに一九二〇年まで順調に教勢を拡張し、ピーク時には、一四三八七人の朝鮮人信徒を獲得したが、一九一九年の三・一独立運動や呂運亨事件を契機に、朝鮮総督府との癒着が解消され、急激に衰退していったことが、今回の統計資料からも証明される。

   『宗教研究』第三二七号 二〇〇二年 所載
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2012/2/25  12:00

神道の朝鮮布教  作品集

●論文 5

神道各教派の朝鮮布教


 朝鮮布教に関する一連の研究報告は、近代日本宗教による韓国・朝鮮布教の量的な解析にもとづく、布教概況の把握にある。筆者が依拠した基礎資料は、前回同様、日本官憲側の統計資料である。本稿では神道各教派をその分析対象として設定する。

 最初に、日本宗教全体に占める神道系教団の朝鮮布教の比重を見ていこう。一九〇七年から一九三七年までの統計データによって、布教所数・布教者数・信者数それぞれの累年の推移が判明した。神道各教派の内訳は後述するが、神道全体としては、約三〇カ年の延べ数において、神道布教所の日本宗教全体に占める割合は三.七%、布教者数では二.四%、信者数では全体の八.九%となり、民族別の内訳は「内地人」八三.七%、「朝鮮人」一六.三%という割合になっている。神道教団は布教所・神社数においては日本宗教の中では微々たる勢力であるが、それに比して信者数においては多くの信者を獲得している。また、注目すべき事象としては、神道全体に占める「朝鮮人」信者の割合が一六.三%と、仏教教団のそれよりも割合が高いことが挙げられる。この数値の意味する歴史的な背景としては、大日本帝国による同化政策・皇民化政策の影響が予測され、また、同化政策・皇民化政策の一環としての朝鮮民衆やキリスト者に対する神社参拝強制問題も当然関連すると考えられるが、残念ながら、それが強化された一九三八年以降のデータを今回はフォローしていない。

 次に、神道の布教所・神社数の推移を教派別で分析する。その累年比較を見ていくと、全期間を通して天理教が最も優勢であり、これに金光教・神理教・大社教が続く。三〇カ年の延べ数の割合において天理教は三八.二%、金光教は一四.六%となっており、このふたつの教団だけで神道の過半数を占めている。
 神道の神職・布教者数の累年延べ人数によって各教派の教勢を見ると、前項同様、天理教をトップに金光教・神理教・大社教の順番である。布教者数トップの天理教は単独で六五.八%の割合を占めている。

 神道の信者数はどうだろうか。全期間を通して天理教(四八.六%)・金光教(二五.一%)・神理教(一一.三%)・大社教(九.三%)の順番となっている。民族別の割合に着目すると、全信者に占める朝鮮人信者が、金光教・神理教・大社教がわずか数lに過ぎないのに対して、天理教については、これらにはない特異な傾向が見られる。つまり、朝鮮人信者延べ人数が二三一.七二五人で、天理教全信者の四八.六%を占めており、天理教信者の実に半数が現地の朝鮮民衆であったことになる。この天理教の「現地布教主義」の内実をどのように歴史的に位置づけるのかは慎重な考証が必要となろう。現段階では、他の日本宗教のほぼ全部が日本植民者中心の「後追い」布教であったのと比較して、天理教は「現地布教主義」が特徴として見られることを指摘するにとどめたい。

 神道の朝鮮布教において、天理教と金光教が全期間一貫して優勢を保っていたことが判明した。日本仏教も神道各教派も、基本的には植民地主義布教・天皇制や日本帝国主義による同化政策・皇民化政策の枠組みを乗り越えることはできなかった。しかし、天理教の多数の朝鮮人信者獲得の事例や、金光教の布教師、幸田タマの事例などに、生身の朝鮮の民衆との出会いと、そこからの批判的精神の萌芽が認められる。かかる傾向は日本仏教教団には見られない現象ではある。その点、仏教の朝鮮布教は、尹健次氏が『孤絶の歴史意識』で指摘するように、日本人入植者の「傍観者」意識、「朝鮮には日本人はいても朝鮮人はいない」という他者認識をそのまま反映したものにとどまっている。

         『宗教研究』第三二三号 二〇〇〇年 所載
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タグ: 神道 神社 朝鮮布教

2012/2/22  23:00

曹洞宗と朝鮮布教 部落差別に関連して  作品集

●論文 4

近代曹洞宗と部落差別異聞
2003/11発表

閲覧はこちら⇒200311kudounote.pdf
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タグ: 朝鮮 韓国 部落差別



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