▼「ドカベン」「あぶさん」「野球狂の詩(うた)」などの野球漫画で知られる漫画家の水島新司(みずしま・しんじ)さんが10日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。82歳だった。
1970年代から半世紀にわたって国民的野球漫画の数々を描き続けたが、2020年に引退し、闘病していた。
* * * 新潟市立白新中学時代、本当は野球部に入りたかった。しかし、水島さんは家業の鮮魚店の手伝いで忙しく、野球どころか学校への通学も自由ではなかった。 時々登校すると、教室の窓から見えたのが、後に甲子園常連校となる新潟明訓高グラウンドだった。野球部の練習風景を見て、心の底から憧れた。
十数年後、代表作となる「ドカベン」を描き始めた時、少年の日の夢を託した。山田太郎、里中智、岩鬼正美、殿馬一人らのキャラクターたちは明訓高野球部員として、甲子園で躍動した。最大のライバル校である神奈川・白新高は母校の中学の名前からもらった。 夢を託した作品は長い時間の中で、逆に球児に夢を与えるようになった。
岩鬼が好きだったイチローは、愛工大名電高時代にキャラクターの象徴である悪球打ちを研究。プロ入りしてから、水島さんに明かした。後にワンバウンドの球を安打するほど、あらゆるボールをミートする技術の出発点には、水島さんが球児に託した夢があったのかもしれない。 スポーツ報知より
スポーツと言えば先ずは野球、が昭和世代までの何故か我が国じゃあダントツで挙げられる。その国民的なスポーツとも言える野球を漫画で表現したのも数多くあるが、ヤハリこの方〜元は南海ホークスのスーパースターあぶさんをほぼ生涯に渡り描き続けた水島新司の作品が言わずもがな。
訃報が知らされた時から、確かに現存したかの明訓高校野球部の各スター選手のフィギュアを買ってたなぁと頭に浮かべながら、探し出して撮影しようかと思ってた。
今朝も未だ暗い内からライトを照らし2階部屋に上がり、電灯を点けて段ボール箱や紙袋にビニール袋と心当たりを探った。が結果的に発見出来なかった。

仕方無い、手元に置いてる阪神のをマァこれもプロ野球関連グッズだし〜挙げとこう。
ついでに出てきたヤハリ漫画のフィギュア、男連中にはコレも愛好者筆頭各の不二子フジコちゃん。コーラのおまけグッズ。怪盗ルパン三世の相手役の女盗賊だが、それは置いといて〜(笑)
まぁ〜ええか、確か学生時代だったとか思うがプロ野球モノでは、梶原一気の「巨人の星?だか誓いの魔球?」が有ってそれも又流行り、またちばてつやの「明日のジョー」も同じようにスポ魂モノとして根性と努力か汗だくや苦心してとか〜当時の高度経済成長の波に乗ったヨナ世相も反映したかの漫画が流行ったものだ。
後に高校サッカー物で「赤き血潮のイレブン」なんてぇ漫画も大ブレーク、勿論東京オリンピックで活躍した女子バレーボールの東洋の魔女をれんそうさせた漫画も当然にも女子漫画雑誌で華々しく展開された様だが、生憎とそこまでは読んではいなかったな。
でもこの水島新司漫画のドカベン君以来、本物のプロ野球選手や学生、高校、中学などの総じて野球好きのファンも含めて全般的に人気絶大な拍手を浴びた漫画家は、この人が最高峰だろう。
何せこのクマなんぞがフィギュアまで購入してたんだがら。見つからないけれども〜
確か、監督やドカベン、殿間?、男岩木?などや或いは女投手のもあったのだ。
その後には又別の風潮めいた、アダチ充の「タッチ」が流行り〜まぁ、それは又でいいかぁ。
高校野球ものが有って、プロ野球モノあぶさんシリーズが又長く執筆連載されたのも特筆で、野球チームも南海ホークスから現在のにも受け継がれて連載され続けた。
スターも結婚して子供が生まれて成長し続けて、遂に息子までもがプロ選手になって、親子対決のシーンまでもあったのだ。特に漫画的な!秘策や展開がなくともファンは期待し続けたのだから魅力はいっぱい満載だったかと思う。
ご冥福を祈るばかり、私なんかよりは丁度十年も年上、苦労を少年時代はなさったとも書いてあるが、また努力のヒーローでもあろう。

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