武蔵野線は通称「ギャンブル電車」とも呼ばれる。というのは沿線に公営ギャンブル場が数珠繋ぎのように連なっているからだ。
起点の府中本町は東京競馬場、終点近くの船橋法典は中山競馬場と共に中央競馬への最寄り駅だし、それ以外にも多摩川競艇、戸田競艇、浦和競馬、川口オート、船橋競馬と、とにかくその方面の施設が目白押し。とりわけ前記の府中や法典からは、なにやら猫背で殺気立った地味なオッサンたちが大量に乗り込んできては、手元のタブロイドに鉛筆片手に睨めっこ……という場面を休日にはよく見かける。私はギャンブルの類には縁のない人間なので、思わずたじろいでしまう。
もっとも、そうした車内風景はそう長くは続かない。先にも書いた通り、武蔵野線は東京都心から放射状に延びてきた路線を扇のように受け止める環状線であるため、接続駅ごとに乗客の入れ替わりが大きい。競馬紙やスポーツ紙を小脇に抱えたおっさんたちが降りていくのと入れ替わりに、都心からの通勤客や買い物客、遠征移動中のジャージをまとった体育系学生たちがぞろりと乗り込んできて、そのつど車内の雰囲気はがらりと変わる。
また、1980年代以降に沿線の宅地開発が進んだ結果、駅前にマンション街や大規模なショッピングモールやらがぼんぼんおっ建てられるようになった。
一方で、武蔵野線の本来の建設目的だった貨物輸送は次第に縮小していった。典型的なのは埼玉東部の新三郷という駅で、ここは駅に隣接していた広大な貨物用の操車場が旧国鉄→JRの貨物輸送縮小で不要になり、草ぼうぼうの原っぱと化していたのが、最近ではIKEAやヨーカドーのドでかい店舗が軒をならねるようになった。また、少し前まで線路脇の何もなかった場所に「越谷レイクタウン」なんていうニュータウン駅まがいの駅が造られ、イオンのケバケバしいショッピングモールが駅前に煌々と立ち並ぶようになった。
だからそうした駅に停まるたびに、ベビーカーや大きなショッピングバックを抱えた幸せそうな家族連れも乗り込んできて、中年プータローな私としては肩身が狭くなる。
とりわけ路線の東側では、ディズニーランドや幕張メッセに近い京葉線に乗り入れる電車が多くなるため、ディズニーのキャラクターの帽子をかぶったオコサマたちやら、メッセでの出展に足を運んだビジネスパーソンやオタク層やらも増えてきて、ますます肩身が狭くなる。
さらには、日によっては東川口駅からは全く異質な集団が乗り込んでくる。
というのも、ここで接続する埼玉高速鉄道で一駅先の浦和美園が埼玉スタジアムの最寄り駅であり、休日の昼下がりとかになると、あの鮮血で染め上げたような浦和レッズのユニフォームのレプリカを纏ったレッズ・サポーターたちが、そのまんまのいでたちで、試合の熱気も冷めやらぬ表情のまま駅のホームでずらりと帰路の電車を待ち構えているのだ。あれは本当に、ホームにさしかかった電車の中から見るたびに思わず震え上がりそうになる(^_^)。まあ、代表戦の夜には正反対の真っ青に染め上げられるのでしょうが。
とまれ、そんな車内の乗客層の移ろいと合わせて、沿線風景をぼやーんと眺めているだけでも結構退屈しない。起点・府中本町から東所沢あたりまでは掘割区間やトンネルが多くて辟易するけれど、その先はぐるりと回った西船橋まで、ちょうど都市部の過密地帯と郊外の境目を往くような感じ。真新しい高層マンション街を抜けたかと思えば、昔ながらの鎮守の森や、無骨な工業団地、はたまた庭先で鶏や牛が鳴いてたりしそうな古い農家や長閑な田園……とめまぐるしく移り変わった挙句に、最後はテカテカな湾岸部やディズニーランドの脇をすり抜けて東京駅の地下に滑り込む。
所要約2時間。もともと貨物用に作られたこともあってか、至って頑丈そうで真直ぐ(踏み切りも全然ない)な線路の上を、山手線のお古というステンレスの電車が快走。
途中で乗るのに飽きたなら、交差する埼京線や東武線で都心まで戻ってくればいいし、ぐるっと回って帰ってくれば130〜160円の最低料金で済む。フリー切符を利用のうえ、途中の駅でふらりふらりとと降り立ってみるのも良いでしょう。
そんな武蔵野線は、はい、私の大のお気に入りです。

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