む。私と同じファーストネームの総理大臣が登場してしまいましたね。
まあ、だからといって特に嬉しいというわけでもないし、そもそもこの「太郎さん」が今後いつまで総理をやれるのかという問題があるし(笑)、しかも近々「一郎さん」との「長男直接対決」が待ち構えているというしで何かと大変そうなんだけど、まずは今のうちに同じ名前を持つ者として「おめでとう!」と言っておきたいです。はい。
というわけで以下は「太郎首相」登場記念にあやかって、前々から思っていたことの書き込みをば↓
それにしても自分と同じ名前の首相が登場するのって、たぶん私も40年以上生きてて初めてのことなんですよね。
というと「んなの俺だってそうだよ」って人は他にもたくさんいることでしょうし、そもそも女性の場合はそういう経験のない人ばっかし(たぶん←だって例えば「角栄」という女性がいなかったという保証を私は知らない)ですから、あえて言うのも変な話と思われるかもしれません。
ただですね、この国における「太郎」って名前は一応「日本人男子の代表的な名前」とか言われる割に、私自身は子供の頃から「なんでまわりに僕しかいないの?」って、絶えず悲しい思いで受け止めてたわけですよ(泣)。ええ、実際それで結構いじめられましたとも。「岩本太郎・作」とかね(^ ^; たわいもないって言っちゃそうなんだけど、子供心には結構傷つくものですよ。何が悲しゅうてマサヒロとかトシユキとかいっぺん聴いただけではすぐ忘れそうな凡庸な名前しか持たない連中(←御免。でも復讐だぞ、これは)からいじめられなきゃならんのか!
実際「日本人男子の代表名」だとか言われているくせに「日本人男子の名前としてはマイノリティー」というこの現実はいったい何なんだろう? とずっと思っていた。
だってね。そもそも昔話に出てくる「太郎」にしたって、どいつもこいつも「ストレンジャー」や「アウトサイダー」ばっかりじゃないですか。
桃太郎は川でお婆さんが洗濯やってるところにいきなり桃に乗ってドンブラコとやってきたヤツだし、浦島太郎は助けた亀に連れてかれた竜宮城で放蕩三昧の末に破滅したヤツだし、力太郎なんかお爺さんお婆さんが風呂でそぎ落とした垢を束ねて生まれたヤツだし、ウルトラマン太郎にいたっては宇宙人だぜ? 私の知り合いにも一字違いの
こういう人がいるし(笑)。どれ一人としてまともな「平均的な日本人」ではないのである(一字違いの方、ごめんなさい)。これでどうして「太郎は日本人の代表名」となどとヌケヌケと言えるのか?
(ちなみに「太郎」と対置される女性名の「花子」を名乗る女性には、私は一度も会ったことがことがない。「華子」さんには何人かお目にかかったけど)
ただ、そのうちに思い至ったのは、そもそもこの「太郎」って名前は大陸やら南方の島から渡ってきた全くバラバラなストレンジャーたちの象徴であって、そいつらが混合して出来上がったのが今の「日本」という国なんじゃないか、と。
発音的にも漢字2文字で「タロウ」と音読みできるこの名前は日本人の名前の中でも少数派だろう(お坊さんや、実家がお寺さんだという人の中には結構いるけどね)。以前に訪ねた韓国や中国でも、名前を漢字で書いて示すと「テーラン?」(韓国)や「ティエーロウ?」と呼ばれて、案外違和感がなかった。
ちなみに、お隣の朝鮮半島には男性によるマッチョ的な組織のシンボリカルな名称の中に「花郎(ファラン)」というものが昔からあるそうだ。
上で書いた「日本の昔話」で紹介しなかった一つに「金太郎」がある。こいつは箱根(つまり東京人にとっては世界の外れ)で熊(韓国・朝鮮における神話的な動物)相手に格闘していたヤツである。もしかしてこいつの「金」は「キム」という苗字だったのだろうか?
一方で「桃太郎」はイヌ・サル・キジという「異族」を従え、海を越えて「鬼が島」まで「鬼退治」に行ったということになってるわけですね。
結局「太郎」は海を越えていろんな方面からやってきた我が祖先たちを束ねる役回りを果たしながらも、結局最後はストレンジャーとして御用済みにされる人間の象徴的な存在だったんだろう。マサユキとかヨシヒロとか凡庸な名前の一般人が「ここはあなたに頑張ってもらわねば!」と緊急時に持ち上げる(平時には彼らの子供たちがイジメにかかる)存在でありながら、最終的には玉手箱を開けた途端の悲劇が待ち構えていると(泣)。
まあ今度の太郎首相さんにはなるべく穏やかな最後が待っていることを願うが、当面の相手・一郎さん相手の戦いはなかなかしんどそうだね。やっぱ今じゃ太郎よりも一郎のほうが「世間的にまともな長男」のイメージがありそうな気がするし(←独断)、かの天才打者が海の向こうでなした偉大な業績により、同盟国へのブランド的な通りもよさそうである。ともあれ、まずは同名の端くれとして御健闘を祈ります。ではでは。

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