「鉄」旅に走るなら、やっぱり昼間に限る。なぜなら私は車窓から沿線の風景を眺めるのが大好きだからだ。
たとえ新しい路線や注目の新型車両に乗り込む時でも、暗い窓ガラスに自分の間抜け面が空しく映るだけの旅路では、どうにも時間を持て余してしまう。だから地下鉄には今ひとつ「食指」が動かない。暇つぶしに山手線を一周するなんてことは過去に何度かやった覚えがあるけれど、大江戸線などは用があってもあまり乗りたいと思わない。
そんな私にとって唯一の例外が、この
世田谷線。
どういうわけかこの路線には、陽もとっぷり暮れた宵の口にふらりと思い立って乗りにくることが多い。
東急の主要幹線である田園都市線の三軒茶屋(渋谷から2駅/4分)と、京王電鉄本線の下高井戸(新宿から4駅/10分)の間を結ぶ全長5km(所要16分)の、路面電車と郊外電車の合いの子のような小路線。新宿からだと渋谷→三軒茶屋→下高井戸と回って約1時間、運賃の合計でも600円で一巡できるというロケーションであるため、中野在住で新宿を拠点に動く私にとっては夕刻以降の半端な時間つぶしにはちょうどいい路線なのだ。
もともとは渋谷と二子玉川の間の国道246号線上を走ってた路面電車「玉川線」(通称「玉電」)の支線で、かつては渋谷までの直通電車も走っていたらしい。ところが1960年代末に本線の「玉電」が廃止された(後に現在の地下路線に切り替えられた)際、離れ小島のような独立路線として生き残った。
その時点で路線バスに切り替えちゃってもよかったんじゃないかという気もするが、幸いにしてこの世田谷線は全線が一般鉄道と同じ砂利敷きの専用路線(しかも複線)であったため、本線の路面電車区間のように道路渋滞に煩わされずに済んでいた。
また、沿線の世田谷区内というのがどうにも街路が複雑で(かつて農村地帯だった頃の街路のまま宅地化したためらしい)、今なお地元のタクシーの運転手ですらお手上げな「鬼門」となってしまっている。そうした地域の中、停留所をこまめに設けて結ぶ、ある意味で東京という大都市の「動脈」を受けつつ、大事な地域コミュニティを支える「毛細血管」のような路線として地域の人々には愛用されているようだ。
実際、渋谷からたった5分の、三軒茶屋駅から夕刻に乗り込む小さな2両編成の電車の中は、何だか生活臭に満ちている。ネギがはみ出したでっかいコンビニ袋を下げながら宵の街に下りて行くOLとか、携帯に見入る茶髪男性の前で孫を見やる初老の女性とか。
そんな車内を横目に、窓の外を流れ行く閑静な住宅街の夜景を眺めていると、不思議に心が和んでくる。
ちなみにこの路線の電車は座席が進行方向(もしくはその反対)を向いて1人ずつ座るクロスシートで、一般的な通勤路線のロングシートと違い、座ったら両脇と目の前を他の乗客にふさがれるということがない。始発駅から乗れば座席は確保できるし、車内も割と広々として清潔。終着駅に近づくにつれ空いてくるので圧迫感もない。そのへんも乗っていて気分が落ち着くところかもしれない。
宮崎駿の『千と千尋の神隠し』の最後のほうに出てくる、ヒロインが水上を走る路面電車に揺られていくシーンを個人的に凄く気に入っているのだが、夜に世田谷線の車中に揺られていると、なぜかあのシーンを思い出す。主人公が決然と、自ら直面している事態の最終決着へと向かう前、移動中の電車の中で、乗り降りする有象無象の人たちを前に慄然としながら静かな一時をすごす――。
たまに乗りにくる三軒茶屋―下高井戸の間の16分間で、私もそうしたリセットを自分の中でやろうとしているのかもしれない。

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