6月13日に亡くなった三沢光晴は、生きていれば5日後の18日が47歳の誕生日だった。
そして彼は生前、臓器移植の普及啓発活動を支援していたという。彼の先輩レスラーであるジャンボ鶴田がフィリピンでの肝臓移植手術中に亡くなったのがきっかけだったと言われる。全日本プロレス系エース3代(馬場・鶴田・三沢)の最期は何故にいずれも斯様に悲しく切ないのか?
さらに皮肉なことに、その三沢の誕生日となるはずだった18日、臓器移植法の改正案が衆議院本会議で可決された。1997年に成立後、当初は「3年後までに」行われるはずだった臓器移植法改正案が12年後の今、ようやく一歩前へと進んだのだ。
もっとも、その可決に至るプロセスは「何じゃそりゃ」と言いたくなるものだった。意見が分かれたのは仕方がないにしても、A・B・C・Dの4案のうち、手続き上一番最初に採決されたA案が賛成多数で可決されたことでB〜D案は自動的に廃案。しかも衆院を通過したA案は参院をすんなり通りそうもなく、否決された場合の衆院再可決は無理目。それ以前に解散・総選挙になってしまえばその段階で廃案……という有様。
ここで断っておくと、別に私は今回衆院通過したA案に「諸手を挙げて賛成」などと言っているわけではない。というか「脳死に陥った場合、当人の生前の意思が不明でも家族の同意があれば臓器提供が可能になる(年齢制限もなくなる)」ということの是非が、正直言って自分のリアルな感覚からしても未だに判断がつかないのだ。
また、移植を待ち望みながらここまで待たされ続けた患者や家族らの気持ちを思えば良かったのかなという気はしつつも、しかし一方では、国会という場でこういう法案がまるで「サイコロやルーレットの振り方次第でこれからどの目が出るか分からない」的な決められ方をしていることには、何とも理不尽というか釈然としないというか違和感みたいなものを覚えずにはいられないのだ。
といっても「じゃあさ、お前だったらどういう解決策が一番いいと思うんだよ?」と聞かれても、たぶん答えに窮してしまうのが辛いところではあるのだけれども……。
あれこれ思いをめぐらすうち、そういえばちょうど去年の今頃、機会があって「臓器移植」をテーマにしたドキュメンタリー番組を見ていたことを思い出した。
九州の福岡放送(FBS:日本テレビ系)が制作した「届かぬ思い(臓器移植法から10年)」という番組だ。NHKのドキュメンタリーなどとは違い、ローカル民放局の制作、しかも地元でも深夜枠でひっそり放送された番組なので、見ることができたこと自体が奇跡的だったと言えるかも知れない(ただ、日テレ系の「NNNドキュメント」でも
ここで放送された)。
主人公は幼なじみの2人の男女。男性は病室で人工の補助心臓につながれたまま移植の日々を待ち続けているが、それを見舞う女性は海外で移植手術を受けて元気になり、今や伴侶を得て結婚するまでになっている。そうしたあまりにもコントラストに満ちた現実も、私たちが生きているのと同じ今のこの日本のどこかにおいて確実に存在する。
一方でカメラは、移植手術にあたる医療現場の実情にも、精力的な取材を通じて克明に迫っていく。そうした中で、心停止した患者の体から臓器を摘出する手術の一部始終を撮影した映像も紹介される。
手術といえば、通常は目の前にいる患者の生命や健康を回復させるために行うものというのが一般的な通念だろう。ところがこの摘出手術の映像では、横たわったドナーに対して、取り囲んだ医師たちがまず黙祷を捧げてから手術へと取り掛かる様子が最初に描かれる。
術後の医師たちへのインタビューなどから浮かび上がってくる「臓器移植の実態」についても考えさせられる。曰く、移植が進まない(臓器移植法ができて約10年経っても移植件数は全国で70〜80件)原因は「ドナーカードを持つ人がいたとしても、そもそも摘出手術のできる病院が限られている」「現場の医師たちが『面倒くさい』と否定的」等々。
そんな中でも救急センターの苛酷な環境下、不眠不休で摘出手術にあたった医師たちは「(ドナーになった)患者さんたちの最後の願いを適えてあげるのが私たちの仕事だ」と、疲れた笑顔で言う。
結局「臓器移植」という問題をどこまで、どんなふうに身近な問題として考えられるかによって、判断はバラバラになってしまうということなんだろうか。番組の中では、福岡県が臓器提供に関するパンフレットを作成して現場に渡しただけでも提供者が増えたという話の一方、国内では適わぬ移植を海外で実現させるために家族が街頭で募金を訴える様子も描かれていた。
臓器移植が身近な問題にならない世の中である限り、国会でも前述のようなへんてこりんな採決が罷り通るのも仕方がないということなんだろうか。それとも、こういった問題は現状の理不尽さは割り切りながらも、徐々に前へ前へと進めていくしかないということなんだろうか……。

2