昼間、突然『週刊ポスト』の記者さんから電話。
「あの〜、非常に途方もないことをお伺いしたいのですが・・・・・・」と、Tさんというその記者はやたら丁寧というか腰の低い調子で言った。
「いま道路のガードレールに正体不明の鉄板が貼られたというケースがたくさん出ていることは御存知でいらっしゃいますよね?」
「はあ・・・・・・、ぼちぼち」
「あ、そうですか。それでですね。岩本さんは確か以前『創』で、あの『パナウェーブ研究所』っていう白装束の集団に密着取材されていらっしゃいましたよね?」
「ええと、密着っていうか、あそこのナンバー2が山梨に別荘抱えて住んでたんで、そこに訪ねていってインタビューしたんですけど」
「ええ、ええ、それ読みました。それで実はそのパナウェーブというか『千乃正法』が、今回のこのガードレールの鉄板の件を背後でやってるんではないかという説が、今WEB上で盛りあがっているんですが、実際に彼らを取材された岩本さんから見て、そういう可能性はあるとお考えですか?」
なるほどなあ、と思った。
ただ、私自身は実はこれまで例のガードレールの鉄板についての報道はざっと眺めていた程度で、あんまりじっくりとは読み込んでいなかったのだ。
また、最近はあんまり「2ちゃんねる」とかも見なくなってしまっていて(たぶんブログを始めたせいだ。だから一説に言われる「ブログの台頭で2ちゃんの読者が減った」という話は確かにありなのかな、という気もする)、いったいこの件をめぐってどんな話が巷に出回っているのかというのも特に知らずにいた。
ただし一方で、実際にガードレールに貼られた鉄板の写真をテレビや新聞で見た時「何かあの“白装束”の時と雰囲気が似てるなあ」と一瞬チラリと思ったことは事実だ。
というか、たぶんそう思った人は私以外にもそこらじゅうに大勢いるだろう。2年前に白装束がメディアでクローズアップされた際に誰しもオウム真理教を思い浮かべたのと同じように。
「可能性ということであれば・・・・・・」と、あれこれ思いをめぐらせながら私は言った。
「事の詳しい真相がまだわからないし、何しろ私自身があんまりよく知らないんで、現時点では可能性が大きいとも全然ないとも言えないんですが」
「そうですよねえ・・・・・・。ただ、ああいうことをやりそうな集団だとは思われますか? あの時も電柱に白い布を捲いたりしてましたし」
「ああなるほど。ただ、あの人たちってあんまり外部に対して攻撃的な人たちじゃなかったんですよね。要するに白い服着て10年も前から山ん中でキャラバン組んで動き回ってただけだし。四国で鉄塔倒した話や初島の海底ケーブル切断の件も結局それっきりで無関係だったみたいだし」
「ええ、そうでしたね。ただ岩本さん、今WEB上で言われてる議論では、あの鉄板は−−ほら、あの何波でしたっけ?」
「スカラー波」
「そうそう、そのスカラー波をよけるために彼らがつけたのではないかと」
「あーあー、なるほど。あははははは。そういうのだったら案外あるのかも知れませんけど、まあでも、だったら彼らに聞いてみたほうが」
「そうですよねえ・・・・・・」
「それにあの人たちのやることって、何つーか、行為と手段と目的の因果関係がよくわかんないんですよね(苦笑)。何で電磁波攻撃から身を守るのとタマちゃんの保護がつながるのか、私もいくら話を聞いてもわかんなかったし」
「うーん・・・・・・」
「あの・・・・・・『ポスト』的には鉄板とパナウェーブとの間に因果関係がある、というストーリーのほうがいいわけですよね?」
「いやあ(苦笑)。そう言われてしまうと何て言いますか・・・・・・ただし今はあくまでニュートラルな視点からまとめていこうということでやっていますが……。そういえば『週刊文春』は例の記事でパナウェーブのほうから訴えられて負けましたけど、岩本さんはあれについてどう思われます?」
「あれに限らず週刊誌って、今はたいてい裁判やると負けてるじゃないですか(笑)。だからそれってパナウェーブ以前の問題で、今まで乱暴な取材をやりすぎたツケが回ってきたんじゃないかと」
「いやあ(苦笑)。それ言われると本当に返す言葉もないんですが」
Tさんからは夕方にも、ちょうど「日本×北朝鮮戦」の開始直前と終了直前の二度にわたって電話が掛かってきた。
「お仕事中か、サッカーを御覧になられている最中でしたら、まったく本当に申し訳ないのですが・・・・・・」と、あくまで丁寧かつ低姿勢。月曜発売の『週刊ポスト』だから、ちょうどこの時間がヤマ場なのだろう。日本中の目が“無観客試合”で沸きかえっている夜なのに、大変だなとつくづく思う。
「それにしてもWEB上であれだけ盛り上がっているというのがですね・・・・・・」
と、Tさんはそこがどうしても看過できないという捉え方をしているようだった。
「みんながああいうことを言ってるというのは、どういうことなんだろうかと・・・・・・」
「みんなが誰でも思いつくことだからじゃないですか?」と私は言った。「もちろん、今は私は何も知りませんし、全否定も全肯定でもできないんですけど、でも根拠なんかなくたって誰でも言えそうなことじゃないですか」
「・・・・・・」
「だいたい2ちゃんとかだと匿名で誰でも好き勝手が言えるわけですし、むしろ根拠なんか無いほうが好き勝手が言えて楽しいんですよ。だから、こういうケースでWEB上にそういう話題が出まわって盛り上がることのほうが、むしろ当たり前なんじゃないかと私は思います」
「なるほど、そっちのほうの捉え方ですか・・・・・・」
そう。何かの話題が盛り上がる時、そこに具体的な根拠があったり、その根拠に具体的な裏付けが必要だったりするわけではない。
その話題で、そういう方向性で盛り上がりたいとみんなが思えば、それが嘘だろうが真実だろうが「そうでなくてはならない」ということになっていく。ぶっちゃけて言ってしまえば「根拠」などはむしろ邪魔。噂が盛り上がるには真相につながる正確な根拠など、むしろないほうがいいのだ。
「掲載誌はお送りしますので」と言って、Tさんは私の住所を聞いていった。たぶん来週のアタマには記事が出るんだろうが、はたしてどんなものになるのやら。
まあ、そんなこんなで良い機会なので、2年前の「白装束」取材の時の話、少し振り返りながら明日以降に書いてみようかとも思う。

0