今年の年末山行は当初、やる気満々の新人さんも含め6人、北鎌組と南岳南西尾根組の2パーティの予定であったが…なぜか日が近づくにつれてある者は家庭の事情、ある者は膝の故障、そしてある者はインフルエンザで倒れ、残ったメンバーは3人…。
計画を練り直して神チャン、蟹ねーさま、Taroで南岳南西尾根〜槍(もし好天に恵まれ日程通りにゆけばキレット〜北穂〜奥穂)ということになった。
前日は午後11時過ぎに新穂高に到着。この日までの2日間は好天だったらしく雪も落ち着いており、気温は高い。テントを設営すると本日、檀家さんから頂いた生ケーキで出陣の宴。
26日 曇り〜雪
朝からどんより曇り空で小雪が舞っている。テントを撤収してバスターミナルの駐車場に移動して出発準備。気温は相変わらず高い。
今回、パッキングはかなりまとめたのだが結局、食料担当の蟹ねーさまが一番重くなってしまい、自動的にオイラと神チャンがラッセル隊でねーさまは運搬隊に決定(笑)。
ターミナルで登山届けと出していると…見慣れた口の悪いオジサマが…。何と○日井チームであった。クリヤ谷から笠の予定らしい。
お互い分かれると一路、右股林道を進む。一応トレースはついており、3年前のような地獄の思いをすることはなかった。
昼過ぎに滝谷出合に到着。登山体系通りにレリーフ横の小ルンゼを詰めて尾根に取り付く。
↓小ルンゼから見下ろして一枚。この直後に小規模の雪崩が発生しました。(by kamba)

しかしいきなりの急登の上、岩が多く露出しておりワカンでは登れないような箇所ばかり。途中からアイゼンに履き替え半分、登攀のような形で尾根を詰める。
4時過ぎに標高2150メートル位の台地で幕営。夕方から降っていた雪も止み、夜は快適であった。
27日 薄曇〜晴
4時半起床、7時出発。地形図を見る限り、そろそろ傾斜が緩くなりそうだが相変わらず悪い木登りラッセルが続く。しかもこの尾根、急な上に両端が細くスリップすれば末端まで行ってしまうような箇所が取り付きからずっと続く。実際に尾根下部でもザイルを一箇所出した。安易に退却も出来なさそうでうんざりする。
↓延々と続く急登。(by kamba)

標高2500m近くになると傾斜が少し落ちて木々も少なくなる。2600m地点の台地で目の前に岩稜出てくる。どうみてもこれはザイルを出さないと無理そう。
神チャンがトップで岩稜の上まで。これを越すと2650メートルのドーム状ピークに出た。目の前に滝谷が圧巻のスケールで迫り、これには3人とも感動!。これだけ滝谷が手に取るように間近で見られるのはこの尾根だけだろう。
↓キレット&北穂という豪華背景のkaniさん(by kamba)

既に時間は3時近かったし、これより先には幕営箇所はなさそうなのでこの場所でテントを張る。予想外に時間がかかった為、この時点でキレット縦走はなしとする。
↓ドーム状ピークから見る南西尾根の上部(by kamba)
28日 雪〜風雪
朝起きると予想通り雪。一応視界が効くので先に進む。
ドーム状ピークを一段上がったリッジから両側が切れたナイフリッジとなり、ここからザイルを出す。
1P目 Taro
リッジの右斜面をトラバース。クランポンを蹴り込む度に新雪がスパスパと切れ落ちてゆく。リッジ途中の潅木でピッチを切る。
2P目 神チャン
ナイフリッジをそのまま進みコルへ下降。岩尾根の雪壁まで。
↓2P目、風雪のナイフリッジを行くkamba氏
3P目 Taro
雪壁を進み、尾根上まで出る。この頃から風雪が激しくなる。
4P目 神チャン
ザイルがいらない位の傾斜であったが視界、雪質とも悪いのでそのままスタカットでギリギリまで伸ばす。
5P目 Taro
岩稜に取り付いてみるが雪面に小さな岩が多数露出しており、カムもスリングもが使えそうにない。このまま岩稜の上まで登ってビレイポイントがないとヤバそうなので萌木が露出して右の斜面に出る。
6P目 神チャン
雪面を左にトラバース気味に10mほど登った時、上からパッと雪煙が上がり神チャンが流されてきた。「雪崩だ!」と思う間も無く3人とも雪に押しつぶされる。一度神チャンと止めたザイルも圧し掛かってくる雪圧に堪えれず、確保支点であった2本の萌木は「バキ!」と鈍い音を立てて吹き飛び、3人は為す術もなく流された。
流されている3人の心境は以下の通り
神チャン…「あ〜流されてしまった」
蟹ねーさま「ビレイポイントが飛んだ…」
Taro…「(嫁さんと娘に)ゴメン…」
この急峻な地形と高度で流されたら普通は助からない…が、幸いにもこの斜面の傾斜がそれほどきつくなかったこと、小規模な表層雪崩だったこともあり30メートルほど流されたところで止まる。
3人とも無傷…。しばらくは放心状態であったが気を取り直して、互いの安全を確認しあってから岩稜上まで出ることにする。
7P目 Taro
岩稜の上は幸い、太い木が露出しておりここでビレイポイントを作る。
8P目 神チャン
目の間に見えてきた核心の上部岩壁を目指し、ザイル一杯
9P目 Taro
上部岩壁の取り付きまで。この頃からオイラは体の震えが止まらず、低体温症の傾向が出始める。既に3人とも睫毛も目出帽もグローブもバリバリに凍り付いていた。
10P目 神チャン
岩壁を右から回り込むようにして登る。3級程度の岩稜。
11P目 Taro
右側がスッパリ切れ落ちた外形バンドを這うようにして進み、80度ほどの雪壁を詰めるがランナーが採れず猛烈にランナウトする。これを超えてようやく尾根末端のリッジに出る。オイラは低体温の為、既に体が思うように動かず危機感を感じる。
12P目 神チャン
細いリッジを少し進むと幕営可能な位の広さになる。もう目の前が西尾根とのJPなのだが、視界が効かない上に既に日暮れが近いのでここで幕営することにする。しかしオイラは体が動かない上にテントのポールが折れてしまう。何とか二人に設営して貰って、テントに転がり込む。
取り合えず火を焚いて落ち着くがオイラは完全に体が冷え切ってしまい今後、行動出来るか不安な状態となったので万一の為にヘリの要請も検討する。
この日は半分ビバーク状態の辛い夜となった。
↓推定の登攀ライン(赤)と雪崩発生地点(青)。写真は前日のものです。(by kamba)

29日 快晴
夜半までテントを揺るがしていた風も穏やかになり、外は快晴。体調も倦怠感と多少の頭痛はあったが行動は出来そう。取り合えず南岳まで行って考えることにする。
テントを撤収し、残り1Pの雪稜を超えてJPへ。
↓JPから南西尾根を見る(by kamba)
ここから雪原を登り詰めて南岳小屋へ。
実際、歩いてみると全然問題なく行動出来た。稜線は風が強いので念の為、ダウンを着たまま歩く。
稜線は風が冷たいが、周囲はフィルターをかけたように澄んだ青空と息を呑むほど美しい白銀の穂高連邦、笠、常念山系が広がりそれまでの疲労が吹き飛ぶ気持ちになった。
中岳の急斜面をラッセルして、一路槍を目指す。蟹ねーさんも最初バテ気味であったが槍が近づくにつれて元気が出てきたようだ。
↓槍まであと一息(by kamba)

昼調度に槍ヶ岳山荘前に着く。風も当らず快適なのでしばし大休止。
留守宅に連絡を入れた後、トレースのついた中崎尾根を一気に下る。夕方前には槍平に到着。ここまで来ると多くのパーティで賑わっていた。
ようやく快適な冬季小屋を使わせて頂き、残った食料を片付ける。水が汲めるので食事もすぐに終り、7時過ぎにはシェラフに潜り込んだ。
30日 曇り
今日は下山日。残り林道を下るだけなので5時半頃にノソノソと起き出して、ノンビリ朝食を済ませ塹壕のようになったトレースを一気に下る。
10時過ぎには新穂高に到着。そのまま荒神の湯に浸かり、上宝の道の駅で昼食を済ませて帰名。北陸道は年末の渋滞もなく夕方前には自宅に到着することが出来た。
感想
南西尾根は3年前の南の西尾根や西穂の西尾根と比べると予想以上に難しい(と言うより悪い)尾根であった。全体的な総合力を考慮すれば飛騨側のバリエーション尾根ルートでは上級クラスに入るだろう。
但し上部は岩稜や雪壁、ナイフリッジと雪山登攀の要素がかなり充実しているにも関わらず、資料が登山体系位しかないのは下部の樹林帯が非常に悪くて撤退が困難なことにあるかもしれない。ともかく久々にフルに実力を出した冬山であると同時に改めて冬季登攀の難しさを感じる山行であった。
評価点
○パーティの実力が整っていた。体力、技術にそれほど差がなかった為、全員の実力を十分に発揮して、完登することが出来た。
○各人がお互いを気遣い、フォローすることが出来た。
○(進むか、撤退するかなど)方向性が一致してパーティ間に違和感がなかった。
○リーダーである神チャンが積極的に判断と行動を取り持った。
反省点
○ルートに対する研究、資料不足から予想以上に時間がかかった。(但し日程や技術的に許容範囲であれば未知的なラインに臨むのは岳人のスタイルの一つではあるが…)
○雪に対する判断の甘さがあった。雪崩の可能性が低くとも特に降雪中は斜面であれば雪崩が起きることを強く意識しておくべきであった。
○これは個人的なことであるが、これまでに似たような条件化で幾つか冬壁をこなしたが、低体温症にやられたのは今回が初めてであったのでちょっとショックであった。
確かに既に入山3日目で身体的に疲れが出てきたこと、3000メートル近い稜線下での長時間確保といった要因もあるだろうが、事前にもっと食いだめして皮下脂肪を付けておくなどした方が良かったかもしれない。
※以下、追記などお願いします。
追記 by kamba
雪崩のときtaroさん&kaniさんはビレイ点にいて、私はリード中でしたので流されたときの状況が異なります。なので一応わたしの感じた状況を書いてみます。
雪壁にバイルを打ち込むとその振動がアイゼンに伝わる、アイゼンを蹴りこむとその振動がバイルに伝わる。危険なところを登っていると思ったが登りだしてしまったいじょう、他の選択肢は無い。吹雪のなかクリアな視界は20〜30mが限界で目指す岩壁の影どころかリード中の私の登攀ラインさえもはっきりとしない。雪と白い霧が渾然となり地形が判断できない。硬い雪壁のうえの新雪はだんだん厚くなってくる。いきなり雪面全体が動き出した。なすすべも無くうつ伏せの姿勢のまま流される。両腕は雪のなかで全く動かせない。ビレイポイントは潅木を集めただけのもので雪崩の衝撃に耐えられるとは思えない。このままだと3人全員が滝谷まで吹っ飛ばされる。足が折れてもいいからとにかく止まってくれ!と唯一うごかすことのできる右足を雪崩のなかに突っ込んだ。けれど体は止まってくれずに流され続ける。ザイルで止まるならもう止まっているはずだ、というぐらいの距離を流されても体はまだ流されている。雪煙のなかで視界は効かず呼吸も苦しい。右足を踏んばりつづけながらこれはもう駄目かな、と最悪の事態を覚悟した。いままでの人生が走馬灯のように、とか、誰かの顔や名前がでてくる、ということは全く無く、こんなところで・・・、という悔しさだけを感じた。と、体が止まった。下にkaniさんとtaroさんがもぞもぞ動いている。全員無事で荷物も無くしていない。斜面を見上げるとどうやら私は60mぐらい流されたようだ。いくつかの幸運で助かったが、まだ危険が去ったわけではない。吹雪で見えないが稜線は近いはず。ラインを変えて急いで登攀続行だ。
以上です。
あと、29日の槍平までの下降は非常に順調に行きましたがこれは幸運でした。@taroさんの体調が回復すること、A天気が良いこと、B槍ヶ岳からはトレースがあること、以上の条件が重ならなければここまで順調に下降できませんでした。どれか一つ欠けていてもどこかでテント泊して、その翌日の悪天につかまっていたはずです。できるだけ大急ぎで下る、これ以外の選択肢の無い状況になってしまったのはリーダーをやらせてもらった自分の判断力不足があるのではと感じていてこれが私の今回の反省点です。
山行全体の感想としては情報の少ない尾根を自分の判断を信じて登る行為を楽しく感じました。雪崩に関しては、あれは不可避のものではなく私たちの判断次第で避けられました。今度は同じ失敗はしません。良い勉強になりました。とはいえ雪崩に関する知識を机上でも良いからもっと増やす必要を感じました。クライミングは他のスポーツと異なり、実際の失敗から学ぶということに非常にリスクがありますからね。
追記 By kani
今回も!?体力の無さに、自分でも情けなくなりました。食糧燃料満載のザックに喘ぎ、ラッセル・スタカット以外、林道でも3000m稜線縦走でも全部てきぼり。毎週のようにボッカやジムトレしてたのに…やはり実戦経験の無さなんでしょうね。特に、中岳の登りでは、蓄積した疲労か、緊張感から(幾らかは)開放されたせいか、ばてて気持ち悪くなり、遅れてしまった。急いで脱出を計るべき時に、これはいかんでした。もっと力の配分を考えないと。休んで食って飲んだら幾らか回復、したのは幸いでした。
雪崩の時、私はビレイ点にいて、見上げたら白い煙。雪崩れた!と思って体勢を構えかけたが、速攻はじかれ叩き落とされた。横向きに転がり滑り落ちながら、とにかく顔を雪の上に…と考える位でなすすべなし。やがて、左横を抜いて落ちていくtaro氏を見、ビレイ点が飛んだ事をあらためて悟る。「こりゃまずいな」。少し止まった?ように感じたので、反射的に手で雪面を掴もうとするが、また加速。ようやく止まったら、taro氏が私の足元に。「大丈夫?」「動かないで」と言葉を交わし、まずはtaro氏が起き上がって体勢を整える。続いて私、と思ったがロープが絡み付いて足が動かない。Taro氏に手伝って貰い、何とかほどいて起き上がる。そして、数メートル上にいたkamba氏の所に行き、ビレイ点を作成し、taro氏リードでデブリからの脱出をはかった。途中で止まり、誰も怪我をせず、荷物も無事だったのは本当に幸運でした。
山行自体は、私にとっては久しぶりの冬山バリエーション、にしてはかなり厳しかった。フォローながら、ナイフリッジ・岩稜・雪壁と、様々な要素を一度に味わえたし、3日間ほぼずっと続く緊張感に、精神力が嫌が応でも(少しは?)鍛えられた。また、taro氏の言う通り、厳しい状況でも、お互いの事を気遣いフォローしあう、かつ全員がそれぞれの意見を正直に述べ、リーダーの下でまとまる、そんな素晴らしいチームワークがあったからこそ、あの状況を乗り越えてこられたと思っています、このパーティーで本当に良かった。反省点は多々ありますし、雪崩など二度とすべきでない失敗もありますが、この山行に参加させていただいて得難い経験ができたと思います。Kambaさん・taroさん、本当にありがとうございます。これから、もっともっと勉強・精進しますので、今後も宜しくお願いします。