2006/10/29

映像のように  毎日父さん

 妻がたまたま街角に佇んでいる私を見かけ、「影がうすい感じがした。でも、子供を見ている目は聖人のようだった」といいました。

 聖人とは身びいきの感じがしますが、「影がうすい」とは「存在感がない」ということの比喩ではなく、今の私は、文字通り影がうすく、まるで映像のフェイドアウトのように、うすい存在に見えるのかもしれません。
  
 影がうすいからといって、生命力がうすくなったのではなく、きれいな映像のように、風景に溶け込み、自然な存在になったと思いたいですね。
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