2004/12/15

HLA検査と骨髄移植  闘病の記録「化学療法編」

 退院後、HLA検査の結果がわかりました。家族とは合致せず、主治医より骨髄バンク登録による骨髄移植の説明をうけました。移植が望ましいことはわかっていても躊躇してしまいます。少し結論をのばすことにより、迷うことにより、納得できる回答を出したいと思いました。

 もし、選択と自己決定が大切と言うならば、迷う時間こそ大切だと思います。結論が同じでも、迷ったうえで決めたということが自信につなります。結婚を決めることと同じではないかとも思います。
 
 また骨髄バンクによる骨髄移植についていえばHLAが同じということはどこかで先祖が一緒で、生命がつながっていることを意味します。他者を傷つけてまで生きたいと思いませんが、広い生命のつながりの中で、支えられ、助けられることはうれしい事です。

 化学療法による復活・再生が患者個人の生命カによるものであるとするならば、骨髄バンクによる骨髄移植は生命のつながりや他者の支えによる復活・再生といえます。支え、支えられている生命、生命のつながりを感じていた私にとってふさわしい治療法だと考えました。結局骨髄バンクに登録することになりました。

 移植の決定するにあたり、気がかりだった毋と面会しました。遠方から母を連れてきてくれた姉と共に。姉には感謝です。母とは1年ぶりにあいました。老齢の母には今まで病名はふせていましたが、初めて白血病であること、骨髄移植が必要であることを話しました。話をしたことで私はだいぶ楽な気分となるのですが、母はそれなりにショックではなかったかと思います。気になることもあったでしょうが、あまり質問はしませんでした。問いつめて私を追いつめたくなかったのかもしれません。

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2004/12/8

3回目の入院 維持・強化療法1回目  闘病の記録「化学療法編」

 シタラビン中程度量とミトキシサンロトン(MIT)の治療内容です。 
5日間投与、すぐにデータが下がりはじめ、2週問以上にわたり、白血球数200以下の状態が続きます。痔の痛み・発熱・脱毛・便秘と卞痢等で、消耗し、今までの入院の中で、一番つらく感じました。40度の発熱は意識がただもうろうとするだけであまり苦痛は感じないのですが、発熱の原因となる感染症、炎症の苦痛が大変です。ほどなく準クリ一ンルームに入室。なじみの患者さんともお別れです。

 免疫力・体力・心身機能の低下と準クリ一ンルームの孤独な環境が死への親和性を高めます。「死ぬほうが楽だ。この苦痛が続くならば死んだ方がいい」という思いがかけめぐります。何が何でも生きたいという思いはなくなり、死後のイメージを感じます。死後しばらくし、私・個の意識は残るものの、より大きなエネルギーの束の中に、収斂し、そして、新しいエネルギーの源となる。宇宙の一員となっていく。そういう点では、死は恐怖でなく、むしろ肉体的苦痛(それは生きている証でありますが)の方が苦しく、つらい。そんなイメージを感じました。 
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