今日、いきつけの喫茶店で片思いの人に偶然再会した。
彼女との初めての出会いは今でも鮮明に憶えている。
放課後、図書館で村上春樹の『風の歌を聴け』を読んでいた。大好きな本だ。夕日がページを赤く染めていた。
唐突にページに影が落ちて『くだらない本ね』という言葉が僕の頭上に降ってきた。
顔を上げると、そこに彼女が立っていた。
見覚えがある。三秒ほどして、ああそういえばいつも自分の机に陣取って本を読んでいる、クラスメイトとほとんど話をしない変わり者だと思い出した。
休み時間に莫迦騒ぎする連中をうんざりとみていたことが印象に残っていた。
その生き方に多少の共感を覚えていたものの、しかし好きな作品にそんなことを言われるのは心外だ。
僕は精一杯に不機嫌そうな顔を作って
「どこがくだらないんだい?」と聞いた。
「全部よ」
俗っぽくてと呟いて横を向いた。
夕日が彼女の顔を照らす。
怖いほどに美しいと思った。
それから、彼女と話すようになった。
初めは僕が一方的に話しかけるだけだったが、いつしか彼女もぶっきらぼうな態度で僕の話に付き合ってくれるようになった。
彼女は、よく『現世は夢、夜の夢こそまこと』と呟いて、その後必ず『くだらない世界』と吐き捨てるように言っていた。
彼女は、きっと生まれる世界を間違えたのだ。
その手首には何時も痛々しい包帯が巻かれていた。
僕と彼女は、そして卒業式の日に別れた。
彼女はただ僕に向かって『バイバイ』とだけ言って寂しそう背を向けた。
結局、僕は彼女に言いたかった言葉を伝えることが出来なかった。

0