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2007/1/30  梅日和  エッセイ

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小春の月末いつもの叔父さん達と今年初のゴルフ。
昨日のタイガーウッズのイメージを描いて早朝8時前にスタート。
薄霜の降りた後のグリーンは朝の内はボー−ルに霜がくっ付くカチカチの状態でしたが
グングン気温が上がり雲ひとつ無い風のない暖かな陽気に午後からはセーターも脱ぎ
長袖シャツで穏やかな一日。

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紅梅もすっかり見頃となっていました。

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遠く君津の高炉の煙も小春の風にゆらゆら。
明日も4月並の陽気とか、今年の梅は長く堪能できそうですね

  靴裏に霜付きゐたる朝かな

  紅梅の芯に滴の光りけり


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風呂上りの叔父さん達の独り言

運動の後、風呂上りのビールを飲むたび、「ビールを発明したやつは偉いね」と
何度かビールを発明した人に感謝し溜飲を下ろした事か。
最近はゴルフの後や、遠出のドライブ旅行もこの楽しみがなくなってしまった。
風呂上りに叔父さん達は「ノンアルコールビール」を飲みながらぼやく。
せめて旨いノンアルコールビールを開発してくれよ。
飲んだ後に後悔するこのビール。
旨い「ノンアルコールビール」を発明したら売れるよ。
そして後世にまで感謝されるだろうね。
これビール会社は期待できないが、飲料メーカーや、製薬会社の技術革新に期待したい。
36ホールのゴルフ場も5時前にはお客が独りも居なくなった。
「今はお客さん飲めないので早くお帰りなのです」
と寂しそうな従業員。
メーカーさん頼むよ。

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 心に残る名言

      一つの不幸にとらわれて、

      すべてのものを、不幸な眼で見ようとするのはいけない

                           黒岩 重吾

2007/1/29  タイガーウッズ強し  ゴルフ

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梅開く今週末タイガーウッズにとっては自身のゴルフ開幕戦。
最終日鮮やかな逆転優勝で出場試合連続七連勝となった。
今回、ウッズのスタートダッシュが鈍ったのは、「クラブを握ったのが2週間前だから」と話しているように、明らかに調整不足が原因。
それでも逆転勝利を飾ってしまったように、ウッズの強さは飛び抜けている。
「次戦? わからない。また、しばらく休んでしっかり調整する」と、
ウッズはマイペース。
奥さんの出産予定と重なる今年の全英オープンは「ゴルフより大事な物がある」
と言って予定を白紙にしている。
「途中から調子が戻ってきた。次につながる勝利だ」と貫禄の逆転勝利に、
ご満悦の様子だ。昨年は、父アールさんが他界するなど、精神的につらい1年だったが、その苦しみを乗り越え、またもや伝説をつくりあげた。

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昨日、今日と早起きをしてTV観戦、昔「巨人、大鵬、玉子焼き」という言葉があった
けど、何となくと強い物に反発する判官贔屓があったものだが、
タイガーの強さだけはただただ敬服。品格も年々向上し若い頃のような感情むき出しの
悪癖も無くなり、又ウッズの美談もあちこちより良く聞く様になった。
この精神力の強さは何処から来るのだろうか?
タイ人のお母さんと黒人のお父さんを尊敬してやまないウッズの人生感も素晴らしい。
31歳どこまで活躍するのだろうか?
彼の先に見ているものは何だろうか。 アメリカ合衆国大統領??????????。

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                      (写真の梅は湯島天神)

「そんまんま東」知事の昨日のTVに出ている顔付きが全く違っていましたね。
この人は期待できそう。

心に残る名言

  失敗は終わりではない。

     それを追求していくことによって、

       はじめて失敗に価値が出てくる。

         失敗は諦めたときに失敗になるのだ。

                     土光 敏夫(元経団連会長)

2007/1/28  イワシ漁  エッセイ

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最近は余り獲れなくなったけど九十九里、銚子地方は昔からイワシ漁が盛んでした。
白子、片貝から銚子方面にはイワシ料理屋さんも多い。
片貝にはイワシ博物館があったが、数年前に地下のメタンガスが吹き出て爆発する
事故があって以来まだ閉鎖している。

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                           (イワシの手繰り船の模型)
小さな手繰り船が何艘か協力して網にイワシを追い込んで獲っていたそうですが、
当時の艪櫂などが浜辺のイワシ屋や蕎麦やに掲げられているが、
イワシ漁の厳しさが伝わってくる。

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浜辺にはイワシの加工工場が数件ありイワシを茹でて天日に干している光景を目にします

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最近では冬の海から上がってくるサーファーの中に結構親父サーファーもいる。
渚はアジサシが波と追いかけっこして戯れている。

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九十九里サンライズ(国民宿舎)は今イワシまつりをやっている。
シーズンにはまず予約が取れないこのホテル季節柄の今は予約が取れるようです。

  冬の海親爺サーファー現るる

  霜柱溶かし田水の照りにけり


心に残る名言

  人の行く裏に道あり花の山

  頭と尻尾は猫にやれ

       (相場格言より)

2007/1/27  小江戸とちぎ蔵の街  エッセイ

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蔵があるということは、そこに入れておく物資や資金があったということ。
栃木市が「蔵の街」として発展したのは、北関東有数の商都であったからです。

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岡田記念館の岡田家は江戸時代からの歴史を持つ旧家、伝来の宝物が展示されている。
「あだち好古館」は浮世絵や「広重」の「東海道55景」や甲冑、武具など展示している

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                     (築地塀を廻らせた警察署の駐車場)

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「憂き世」の時代から徳川の世となり「浮世」となり「浮世絵」となったとご説明書き。

  蝋梅や川鯉育て鬼瓦

  隙間風甲冑武具の置かれあり

  侘助や錠前堅き郷土館 


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嘉永6年創業のお菓子やの最中、さくら餅はお薦めです。

  蔵街に創業嘉永のさくら餅

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蝋梅の香る「小江戸とちぎ」の人情は温かく、又訪れてみたい情緒ある街でした。

心に残る名言

  感謝しながら人に会うほど人脈ができる

2007/1/26  湯島天神  エッセイ

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会社(メリンダ)から歩10分位に「湯島天神」があります。
白梅にメジロが遊んでいました。
早咲の白梅が開いていましたが、8,9割はこれからです。

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天神様は道真公の学問の神様でもあり、無数の合格祈願の絵馬が結ばれています。
学生さんが御神籤に大吉を引いたと大喜びの声が上がるのも今頃です。

梅白し大吉御籤掲げけり

 マフラーに合格祈願の記帳せり
 
 白梅や合格絵馬の溢れをり
[[
pict:F8DB]]

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紅梅はほんの数本の蕾が開いていますが来週末あたりからが見頃となりますかね。
急坂の男坂、なだらかな女坂、そして夫婦坂とあり、都心にメジロと梅の見れる小さな
オアシスで、屋台のおじさんの作る甘酒を飲みながら、「お蔦、主税」の昔を偲ぶのも
一興ですね。

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境内には日本テレビの中継車が夕方の天気予報をここより中継と待機していました。

  梅日和手水作法の韓国語

 梅開く予報中継車待機せり

 白梅の女坂より下りけり


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心に残る名言

   学問は脳、仕事は腕、身を動かすは足である。

      しかし、卑しくも大成を期せんには、

      先ずこれらすべてを統(す)ぶる意志の大いなる力がいる、

      これは勇気である。

                     大隈 重信

2007/1/25  黄水仙  エッセイ

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我家の庭にも待望の黄水仙の蕾が一輪開きました。
例年は1月末位ですが少し暖かいのでしょうか。
白水仙は12月から咲いていますが、黄水仙は見かけませんでした、
俳句の歳時記にも水仙は冬の季語、黄水仙は春の季語に分類されていますので
朝薄霜が降りたりしますが確実に春の足音を感じます。

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飛び梅

菅原道真公は、生まれた日も、大宰府にお移りになった日も、お亡くなりになった日も
すべて25日で、天神様の日として毎月25日には様々な神事が行われます。
今日が左遷の日とされるのも、道真公が1月25日に大宰府に旅立ったことに由来し、
この時詠んだ句が有名な

「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ
梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」
です。

この梅の木は、道真公を慕って一夜にして大宰府に飛んできたという「飛び梅伝説」を
持ち、1100余年を経た今でも、毎年その時期になると清香の花を咲かせます。

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飛び梅伝説の梅の木はあちこちに受け継がれているようです。

菅原道真公

菅原氏は、古代豪族の土師氏の出身で、道真公の曾祖父古人公が、土師を菅原と
改姓するとともに、文道をもって朝廷に仕える家柄となったのです。
時代は、嵯峨天皇の時代を頂点として、「文書経国」すなわち学問を盛んにして国を
つくるという方針のもと、唐風の文化の最盛期を迎えていました。
道真公は清公(きよきみ)公、是善(これよし)公と続く文章博士(もんじょうはかせ)の家系に生まれました。母は、少納言伴(大伴)氏の出身です。わずか5歳で
和歌を詠み、10歳を過ぎて漢詩を創作し、神童と称されました。18歳で文章生、
23歳で文章得業生、26歳でついに方略式に合格し、30歳の頃、島田宣来子を妻に迎え、
33歳で式部少輔、文章博士となり、学者としては最高の栄進を続けました。
一時、讃岐守という地方官へまわされましたが、そこで、むしろ慈父のごとき善政を行い住民に慕われたのです。京へ戻ると宇多天皇の厚い信任を受け、蔵人頭などの政治の中心で活躍しました。50歳の時には、唐の国情不安と文化の衰退を理由に遣唐使停止を建し、中国に渡ることはありませんでした。そして、55歳で右大臣、そして、ついに、
延喜元年1月7日、藤原時平とともに従二位に叙せられましたが、その直後、急転して大宰府左遷となりました。

大宰府では、左遷というより配流に近い窮迫の日々を送りながらも、天を怨まず国家の
安泰と天皇さまの御平安をお祈りし、ひたすら謹慎され、配所から一歩も出ることは
なかったようです。劣悪の環境のなかで健康を損ない、道真公を京で待っているはずの
夫人の死去の知らせが届くと、ますます病は重くなり、延喜3年(903)2月25日、
白梅の花びらが散るように亡くなったのです。

御遺骸は、門弟の味酒安行によって、大宰府の東北の地に埋葬され、太宰府天満宮が
創建されました。その後、朝廷でも罪なきことが判明し、人から神の御位に昇り、
天満天神、学問の神・文化の神として現代に至るまで永く人々の信仰を集めています。

詩吟界でも菅原道真の漢詩は「9月10日」「愁思」「門を出でず」など数多くの
詩が吟じられています。

心に残る名言

 人生を喜び楽しめ。

    人生は人を愛し、働き、遊び、星を眺める機会を与えてくれる。

              ヘンリー・ヴァン・ダイク(アメリカ牧師)

2007/1/24  ゆりかもめ  エッセイ

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新橋と豊洲間を走る「ゆりかもめ」お台場の新ビジネス街や自由の女神のある
最近の若い人に人気のあるスポットです。
実は初めて「ゆこもめ」に乗りました。景色が珍しく御のぼりさんの様に
キョロキョロして有明の先の国際展示場前で降りて東京ビッグサイトの
「国際宝飾展」に出掛けました。

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車で移動するより電車は良いなあと言う感じ。
国内の宝石屋の他欧米,香港等からの出展者が1600社余りと大掛かりな
催事で相当量の宝石が一堂に集まり、商談が進みます。

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最近出掛けていない、NYベルギー、イスラエルのブースを訪ねて知人の
消息を聞いたり、ビジネス談議。
久々に話す下手な英語も楽しい。

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最も宝石の似合う二十代、30,40,50,60台の方達にジュエリーベスト
ドレッサー賞が行われこれら有名人のの出演もあり華やかな雰囲気を盛り上げます。
毎年行われますが、TV新聞報道もされる大エベントです。

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帰る頃にはお台場に沈む夕日が都心と思えぬ美しさに思わずシャッター。

  心に残る名言

   毎日の仕事の中で、

      自分で自分をほめてあげたいという心境になる日を、

      一日でも多く持ちたい、

      そういう日をつみ重ねたいものだと思います。


                  松下 幸之助(松下電器産業創業者)

2007/1/23  「そのまんま東」知事誕生に思う  エッセイ

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宮崎県民はどのような判断をしたのだろうか?
@政治を金儲けとする人
A権力と名誉を追いかける人
B一部県民の利益代表の人
C政治家を利用したい選挙民
宮崎県民は上記四つを拒否し、産業界、官界と癒着の無い人を選んだ。
全く未知数ではあるが、明るく県政を立て直してくれる期待を「そのまんま東」さんに
託したのだろう。
新知事は知事報酬の2割カット、公用車廃止などを打ち出しているが
早速鳥インフルエンザと取り組んでいるようだ。
欧米では元より政治家は基本的にはボランテイアとなっている。
賢い県民は相応しい人を選んだのだろう。
長野の田中前知事や、先日お亡くなりになった青島元東京知事、元大阪知事の
横山ノックさんなど政治と縁の薄い方々が政治家として活躍した例もあり、
そう言えばアメリカのレーガン元大統領もは俳優さんでしたね。
「そのまんま東」氏と宮崎県の今後に注目してみたい。
政治に立候補する人の前職は問わず、政治家はボランテイアとして国民、市民に
尽くす事を生き甲斐に考える人たちにやってもらいたいものです。
国民、市民の側も自分の利益の為に政治家に近寄らず、
共に国、地域のボランテイアとして同じ志を持って支援する者でありたいもの。
いい政治家として活躍してもらいたいもの。
若い方々や子供たちに夢のある未来を考える人を選びたいものです。
政治家はボランティアの関連のエッセイは12月25日にも掲載してありますので
ご覧下さい。

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  心に残る名言

    地上に生きる者の最上のしあわせは

        ただ自分らしく生きること


                    ゲーテ


2007/1/22  還暦のラグビージャージー  エッセイ

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ラグビーの大学選手権は関東学院大学が早稲田大学を圧倒して優勝。
社会人のトップリーグは東芝府中が優勝した。
我々の草ラグビーチーム「ガマクラブ」は三十余年の歴史を持ち
全盛時には100余名のクラブ会員が居て、毎週日曜日には多摩川のグランドで
試合をやっていました。
還暦になるとクラブ会員から紅いジャージーを送られ祝って貰います。
昔現役の頃のポジションの背番号を貰った5人が今日の主役で今夜中野の
メンバーの店に集まった50名余の仲間からの祝福を受けました。
背番号13が小生です。
メンバーは74歳の長老(元ローマオリンピックの日本代表の水球選手で旗手を務めた)始め職業は多種多彩のメンバー。
菅平合宿や日本国内の遠征試合の他、オーストラリヤや南アフリカにも
遠征試合に行った思い出話に花が咲きました。

  ラグビーや熱き血潮の失せず有り

  還暦のラグビージャージー贈らるる


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ラグビーの起源

ラグビーの起源は、1823年、イングランドの有名なパブリックスクールのラグビー校で
フットボールの試合中、ウィリアム・ウェッブ・エリス (William Webb Ellis) が
ボールを抱えたまま走り出したことだとされていたが、これは後世のロマンティックな
創作だという説が有力である。19世紀初頭からボールを持って走る「ランニングイン」が始まったのは確かだが、その第1号がエリス少年だったかどうかは不明であり、手を使うこと自体はそれ以前でも許されていた。エリス少年自体は実在の人物で、
オックスフォード大を卒業して神父となり、フランスで没したことが確認されている。
南仏コートダジュールの小都市・マントンに墓地がある。ラグビーとクリケットを愛したと伝えられている。

日本ラグビーフットボール選手権が2月3日から学生、社会人トップリーグの
上位チームのトーナメントが始まる。
2月25日の決勝まで毎週が楽しみだ。
ラグビーは今でも熱いね。


心に残る名言



   生まれてきて良かったなぁ、って思うことが何遍かあるじゃないか。

   そのために人間生きてるんじゃないのか?


                    車 寅次郎 『男はつらいよ』

2007/1/21  大寒を過ぐ  海辺の四季

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昨日大寒を過ぎましたが
南房総の鋸南町や千倉の水仙は見頃です。
お天気のいい日は沢山の人出ですが,どういう訳か何処へいっても
中高年のとりわけ女性が多い訳ね。

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菜の花も今が盛りの黄を咲き競っています。
春近しですが、今日は午後からの風が冷たく感じられた。

  「九十九里車庫行き」花菜の前の停留所

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白木蓮も今にも開きそうな蕾が何日にもなるけど、三寒四温の日々なのでしょうね。
大寒の日の館山の寒中水泳や、阿波踊りで川に入ってゆくこれも寒中水泳の映像が
昨日、今日のTVにありました。
スーパーに今日は沢山納豆が有るだろうかと思って行ったところ、まだ入荷して
いないような様子。これからどうなることやら。
折角納豆業界に神風が吹いたのにね。
しかし納豆ファンは毎日1個は食べるからね。

  白木蓮の蕾の空の青きかな

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海辺に近い農協の週末青空市場、寒かったけどおじさんの作ったラッキョウと
叔母さんの手作りの酢漬け鰯のゴマ和えなど安くて体にいい手作りものを日常会話を
交わしながら買うのも田舎暮らし。

  干鰯場(ほかしば)に湯気立て鰯並べらる

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豊海海岸の風は冷たく冬の浜辺は人影も少なく、凧揚げの親子と数人のサーファーのみ。


2007/1/20  センター試験  エッセイ

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センター試験日の東京、横浜、千葉では今冬の初雪がチラチラ舞ったようでした。
東大の赤門、正門前のセンター試験の看板を横目に詩吟サークル「清風会」の
メンバーは赤門の近所の西片2丁目に(社)日本吟道学院の本部に集まった。
詩吟の段位昇段試験日である。
センター試験ではないが、たかが趣味の詩吟の段位昇段ですが、
大の大人が結構緊張して一吟を吟ずるのである。
初段から始まり、中伝、奥伝、皆伝、秀伝と十段まで段位が進んでゆくのですが、
何よりも詩文に励まされ、詩心に、癒され、自らの「士気」を高め、気を養い、
吟友を得て楽しい時間を共有できるのが詩吟の素晴らしい処です。
吟じ終えた後の清々しさは格別です。
懇親会となり、焼酎、ワインを酌み交わし自慢の民謡や歌謡のかくし芸、
又詩吟となりました。いい仲間と知り合えて良かったなあと又思える日です。
冷やかしに覗いてみませんか?
見学歓迎です。

大試験赤門に猫紛れけり

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古寺訪梅   渡辺吟神 作

梅有りて鳥影無く 人絶えて山門有り
独り春意を尋ねんと欲すれば 飄々として墓雪翻る
 

*詩の心  作者は(社)日本吟道学院の第二代総裁、昭和25年、作者26歳の時
京都の東山のふもと、東福寺の末寺盛光院に詩友を訪ねようとした時の作。
ひっそりと梅が咲き出ても、鳥の影すら見えない。
訪れる人とて無い古い大きな寺の門だけが立っている。
自分は春の姿を待ちわびて尋ねてきたのであるが、春の香りもいまだしか、
ただ暮れなむとする空から、ひらひらと雪らしいものが舞ってきた。
(社)日本吟道学院の門前には上掲の「古寺訪梅」の石碑が建てられています。
(社)日本吟道学院ホームページはこちら  http://gindoh.jp/

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大寒に吟者の背筋良く伸びて

2007/1/19  特急わかしお号  エッセイ

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京葉線外房特急「わかしお号」で九十九里の大網駅から東京駅まで通勤しておりますが、
わかしお号からの景色は通勤の時間を楽しませてくれます。
安房鴨川から右手に太平洋、左手に山間田園を通り蘇我駅の手前までは畑も点々とする
住宅地を過ぎ、左手に千葉漁港を見て幕張副都心の高層ビル、ホテル、
千葉ロッテマリンスタジアム、ッ幕張メッセを過ぎます。

  外套の襟立て発車の笛吹けり

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海苔採り船や釣り船の並ぶ船橋漁港を過ぎると工業地帯が続き、
やがて、シンデレラ城のデズニーランドを真横に通過しますが朝早くから駐車場に
車が集まってきています。
左手に葛西からの東京湾が朝日に眩しく鏡のような海面を光らせています。
外房の荒海とは対照的に女性的な静かな河口を過ぎると葛西臨海公園と
大観覧車が現れます。霜晴れの朝は葛西沖から雪の富士山が良く見えるのも
嬉しい事です。ここを過ぎると江戸下町から東京駅地下へ着くのですが、
遠方からなので幸い座ってゆけるので
往復の電車は読書ができ車窓を楽しむ事が出来ます。

  霜晴れの葛西の沖に外国船

  雪富士やけふの予定を思案せり


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「ああ上野駅」
ああ上野駅の井沢八郎さんが逝かれた。
昭和39年集団就職の在った頃に生まれ育った名曲でした。
小生も昭和40年岩手から一人夜行列車に乗って降り立ったのが上野駅
そこから新聞配達の店に住み込んだのが、最初の一歩でしたが、
この歌には時代の背景と自分の履歴書が重なる思い出が深いものでした。
「合掌」

寒梅やむかしの一歩が上野駅

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巨人の工藤公康投手(43)のハマ移籍を発表。
西武、ダイエー、巨人と215勝、43歳まさにプロですね。

2007/1/16  因縁の1月17日  エッセイ

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1年前の1月17日「ライブドアショック」に大揺れした。
時代の寵児であった「ホリエモン」が検察の強制捜索を受け、新興株式市場は
この日の暴落を境に30兆円あった時価総額は一年を経た今日の時価総額は
20兆円余りと激減となった。(新興三市場の合計です)
1995年の1月17日の朝はあの悲惨な「阪神淡路大震災」に襲われた。
1991年1月17日アメリカがイラクを攻撃し「湾岸戦争」が勃発した。
いずれも多大な犠牲者を出した。

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今日、時あたかも「不二家」の不祥事で問われる企業モラル。
又一昨日はM8.2の北海道沖の地震があり、地震の恐ろしさが甦り、
先日のイラク元大統領フセインの処刑が有りイラクの混迷は続く。
上掲3つの忌まわしい事件から1年、13年、17年の周目にあたります。
ちなみに、本日は尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の主人公(間貫一)が熱海の海岸で
貫一を裏切った恋人のお宮に「いいか、宮さん、1月の17日だ。来年の今月今夜に
なったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから。月が曇ったらば、宮さん、
貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ。」と
言い放った名場面となった日です。それ以来、1月17日の夜空が曇り空なら
「貫一曇り」と呼ばれているそうです。
2007年1月17日はいいメモリアルデーとなって欲しいですね。

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今年はスキー場も雪不足で困っているらしい。
そんな雪事情で小生もまだ今年はスキーに行っていない。
アメリカも暖冬で国際石油価格が51ドル台に急落している。
日本のデパートの10〜12月の売り上げも暖冬で落ち込んでいるようだ。
寒い時は寒くないと景気に敏感に響く。

2007/1/15  青春(サミエル・ウルマン  エッセイ

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青  春           
原作 サミエル・ウルマン
邦訳 岡田 義夫

青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相ようそうを言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦きょうだを却ける勇猛心、

安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。

歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や狐疑こぎや、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰あたかも

長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥あくたに帰せしめてしまう。

年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に

対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、

人生への歓喜と興味。人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、

人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、

希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける

限り、人の若さは失われない。 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の

奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷あつごおりがこれを堅くとざすに至れば、

この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。

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サムエル・ウルマン Samuel Ullman  (1840〜1924)について

彼は1840年ドイツ南部に生まれ(ユダヤ人)、1851年11歳の時に両親と共に
米国南部に移住しました。
1860年、20歳で南軍に入隊し、1861年南北戦争勃発いらい1865年南軍が
降伏するまでの間、二回負傷し左耳の聴覚を失いました。同時期、25歳の彼は
ニューオルリンズでビズネスの傍ら慈善活動に従事しました。
以後、バーミンガムに移り金物店を経営するとともに、教育委員となり、
又ユダヤ教寺院の創設に尽力しました。1901年、61歳のとき彼の名前を冠した
学校を設立し、現在でもアラバマ大学の一部として存続されています。
1924年バーミンガムで永眠しました。享年84歳。
生涯にわたり敬虔なユダヤ教徒でありました。
1920年、80歳の誕生日を記念して詩集「80年の歳月の頂からが家族や知人によって
編集され、1922年、私家版として出版されました。その詩集の巻頭を飾ったのが
「Youth」=「青春とは」で、ウルマン78歳の時の詩です。

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青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方を言う

逞しき意思、燃える情熱。

これを青春という。

年を重ねても人は老いない。

理想を失う時に老いが来る。

人は希望と共に若く、九十だろうと百歳だろうと

青春にして止まん。


小生の属している(社)日本吟道学院では上掲のように簡潔な文にして吟詠しています。
自分への応援歌として、友への応援歌として良く吟詠します。

冬の虹青春切符けふもまた

2007/1/14  清澄庭園  エッセイ

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元岩崎財閥の深川邸であった清澄庭園大正館で俳句結社の総会、句会懇親会が一日行事。
藁囲いをした寒牡丹が見事に咲いていました。

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日中は小春の陽気でユリカモメが沢山舞い飛び池には大きな鯉が。

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134名の大句会がユリカモメ(都鳥)の池を望む大正記念館で夕方まで行われました。
運良く3句中、2句を主宰の選に入り幸先の良き初句会となりました。

  焚火して商ひのこと思ひけり

  御降りの田圃に水の光けり


 *御降り・・・新年初めての雨、雪の事で神に感謝する意味で使われる(新年)




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