にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村 にほんブログ村 経済ブログ 世界経済へ
にほんブログ村 にほんブログ村 ゴルフブログ ゴルフ情報へ
にほんブログ村
2010/1/31  探梅  日記

暖かな週末でした。

九十九里の浜はサーファーが気持ち良さそう。

  * 小春日の白波に靴濡らしけり

クリックすると元のサイズで表示します

紅梅が大分開いてきました。

          クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

  * 紅梅に明るき空となりにけり

  * 梅咲くや思はぬ人の多弁なる


          クリックすると元のサイズで表示します

  * 白梅の咲きて野山の機嫌よし

探梅にセーターを脱いで野山を歩くのも日曜日までのようです。

明日から寒波で寒くなるようです。
  

2010/1/30  ブライダルジュエリープリンセス  宝石ジュエリー

国際宝飾展 に出かけていた社員が仕事とは別に

会場で「スザンヌに会った」2M 位近くで・・と語っていたが、

昨日の イベントで、ブライダルジュエリーのイメージにふさわしい著名人が

表彰されるイベントが有ったそうで、第4回ブライダルジュエリー賞に

タレントのスザンヌさんと南明奈さんが受賞

桂由美デザインによるウエディングドレスに身を包み、

手にはめたジュエリーでさらに輝きを放った。スザンヌさんは、

「ジュエリーのようにキラキラした人生を送れたら」とコメント、

会場内を歩き、華を添えた・・その折に弊社の社員が一瞬興奮したと言う訳でしたが。

クリックすると元のサイズで表示します

昨日婚約会見で婚約リングを披露した海老蔵さんと麻央さんでしたが、

実は2年前に麻央さんは、この「ブライダルジュエリープリンセス」の賞を

受賞していたんですね。

この時の麻央さんは、プラチナとダイヤモンドでかたどった花がブーケ状に連なる

「プラチナ・ブーケ・リング」を贈呈され

「このままお嫁にいきたい気持ちですが、姉より先には行けない。

予定がないので2人とも心配です」と言い、取材陣を煙に巻いていたそうでしたが、

人の将来・運命は判らないものですね。

その08年1月には小生らも出展していて、これらを見ていたんでしょうが

叔父さんたちはタレントさんに関心が薄いから記憶も定かではないけども

会場が華やかになったものです・・「あ・あの時の人がね」・・と言った程度かな。

クリックすると元のサイズで表示します

ところで、きのう海老蔵さんが送ったエンゲージのダイヤモンドは3.3ct

大きな指輪だったそうで、トルコに旅行した折に買って、日本で海老蔵さん自身が

デザインをして造ってもらったそうで、ダイヤと技術料で1000万円はくだらないと

いう高級品だそうです。

          クリックすると元のサイズで表示します

弊社の社内では、海老蔵さんも高い買い物をしないで、

輸出入卸商社で工房も自社内に併設している

「うちにご相談があれば特別に半分位の予算で出来たのにね」と残念がることしきり。

打ち明け話をすると、同じ3ctでも品質によってピンからキリまであり、

指輪に耐えられるキズ石で80万位から、最高品質のDカラー-FL(フローレス)という

最高の透明度の無疵のもので1500万円位まであります。

透明度(色)やクラリテイ(キズ)、カットの良し悪しによって、お米の等級のように

細かく値段が違っており、我々プロが見ると10人が10人見て殆ど価格の誤差は

数パーセントで、国際的に売り買いをしているのですが、

こんな具合に右左へ大きな金額を薄利で商売をする我々と

店頭に在庫として並べられておれば、販売には時間と経費がかかり

どの商品でも同じように、当然「工場だし価格」と「店頭価格」が違うように、

流通マージンや付加価値が加わってくる訳です。

ですから1000万円の3ctダイヤモンドは相当な高品質であることが想像されます。

我々は、お客様に同じ予算でしたら高品質を選ぶのか?大きさを選ぶのか?・・を

お尋ねし、ご予算とご希望に叶う候補のダイヤを数点を提案することにしてますがね。

クリックすると元のサイズで表示します

しかし愛情の表現は「人さまざま、予算もさまざま」で

真心がこもっておればどんな指輪でも、1000万以上のお値打ちがありますよね。

海老蔵さんのプロポーズのお言葉の

来世も再来世も一緒にいようね」・・はいい言葉だね。

お二人のお幸せを心より祈念します。


  * 冬銀河来世のこと契りけり


2010/1/29  国際宝飾展  宝石ジュエリー

国際宝飾展が27日から30日まで東京有明のビッグサイトで開かれている。

世界各国の出店社と客層も国際色を帯びてきていますが、デフレ色が濃い

昨今の世相では年々規模が小さくなってきているようだ。

クリックすると元のサイズで表示します

25,6年前の1980年代には幕張の国際展示場で各国の宝飾業者が日本に販路を求めて

盛んに出店し、買い手の国内の小売店、卸売業者も押せ押せの景気に押されて

賑わったものでしたが、当時の国内の小売店数二万店舗から昨年末で九千店舗

に減り、海外の出展者数も当時の三分の一程度に減少した。

逆に宝石輸入国である日本から、ダイヤ・宝石を買おうとする海外勢が圧倒的に

増えてきたようです。

それには一般個人客からの売り物(処分品)の金地金を(18金のスクラップを含む)

毎年50トンから70トン(1.6兆円から2.3兆円)買取り量があるように

同じ様に買い取られたダイヤ・宝石を安く買おうと海外からバイヤーが

押し寄せてくる訳です。

家庭の金庫、タンスに眠っている膨大なダイヤ宝石・貴金属を指して

日本には「金」鉱山、ダイヤモンド鉱山があるのではと・・・(ジョークがある)

          クリックすると元のサイズで表示します

今回出店を見合わせた弊社の昨年の出店風景ですが、

弊社の国内の卸売り販売は当時の何分の一に減ってきていますが、

逆にリサイクルショップ様や一般個人からの買取りの量は年々増えてゆく現実です。

昔は輸入卸商、今は逆に買取りの輸出商と言ったところでしょうか。

宝飾展示会も昔はラスベガス、東京の順に賑わっていましたが、

今は香港ジュエリーショー、上海、北京、ドバイ、ラスベガス、東京と勢力図が

変わってきているようで、ここにもBRICS優位の形が。

クリックすると元のサイズで表示します

過去1年間を通じて「最も輝いていた人」「最もジュエリーが似合う人」

そして、「今後もさらにジュエリーを身に付けて欲しい人」を世代別、

男性部門のそれぞれに分けて選考、表彰される

恒例の「ジュエリーベストドレッサー賞」には(左から)福田沙紀さん、

ベッキーさん、観月ありささん、大塚寧々さん、イ・ビョンホンさん、

鳩山幸さん、戸田恵子さん、高橋真梨子さん、佐藤隆太さんが選ばれ

会場内を回って華を添えていた。

さすがに人気者のイ・ビョンホンさんは会場の混乱を恐れ、表彰式のみだったようです

日本ジュエリーベストドレッサー賞↓

http://web.reedexpo.co.jp/ijt/jp/bestdresser/

          クリックすると元のサイズで表示します

昨日の国会では野党議員から総理婦人の「ジュエリーベストドレッサー賞」受賞に

関しての見解を問う一幕があったようだが、夫人の個人的なことで、

ユニセフを通し寄付されていると軽くいなされていた。

クリックすると元のサイズで表示します

笑顔で婚約指輪を見せる小林麻央さん(右)と市川海老蔵さん。

ダイヤモンドは永遠の輝きを放つ、女性の永遠の憧れのもの。

  * ダイヤモンドの 似合ふ指なり 福寿草

2010/1/28  歩いてゆけなければ  エッセイ

大正末期から明治の「白樺派文学」を代表する武者小路実篤

誰もが読んだ事のある「彼の理想主義的な空想社会主義的な文学と

野菜の絵に人生訓を描いた「画」を見たことがあるでしょうが、

我々の詩吟の仲間でも武者小路実篤の以下の詩文を好んで吟じる人が多い。

クリックすると元のサイズで表示します

          クリックすると元のサイズで表示します

歩いてゆけなければ (武者小路実篤)

ふまれても ふまれても

我は起きあがるなり

青空を見てほ々えむむなり

星は我に光を授けたまうなり

歩いてゆけなければ 這っても行こう


武者小路実篤↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E8%80%85%E5%B0%8F%E8%B7%AF%E5%AE%9F%E7%AF%A4

          クリックすると元のサイズで表示します

子爵の8番目として生まれた実篤は3歳で父親を亡くしてしまうわけですが、後に

その父が「この子は世界に名を残す子になるかも知れない」と予言していた事を知り

大いに発奮したと言う。

生まれながらに、」この人の理想主義的な考えが形付いていったのだろう。

「心」、「幸福者」、「人間万歳」など小生も10代の頃に沢山読んだ記憶があるが、

今又読んだら受け止め方が違うだろうなあ。

クリックすると元のサイズで表示します

奈良吟行の時には武者小路と親しかった志賀直哉の記念館を訪ねた事があった。

大きな扇風機が天井に吊るされていて、応接間や庭の雰囲気にかって白樺派の

人達が集り、大いに議論したであろう大正ロマンを感じたものだった。

手賀沼の畔にも白樺記念館があり、当時の歌姫の歌声や

墨客の集う所に文化の香りがあったのだろう。

白樺派↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%A8%BA%E6%B4%BE

          クリックすると元のサイズで表示します

新しき村」を創設し宮崎に当初は住み、その後は埼玉「毛呂山」に所を移して

今でも武者小路実篤氏が提唱した「人間らしく生きる」、自己を生かす」生活、

社会作りに共鳴した人々と共に始められた運動で、一言で言えば理想的社会を作る運動

の精神を受け継ぎ、農業を中心に共同生活をしている人たちが居るそうです。

多くの人達に影響を与え力づける「言の葉」を残した人だったのだろう。

我々もまさにその「言の葉」を吟じ、詠いついでいるのだ。

そうした詩吟の文化活動を広めようと、地元の大網で来月から

「詩吟体験無料講習会」を6回に渡って行う予定です。

漢詩の他にもこのような現代詩,短歌、歌謡吟などを紹介して

多くの人達と感動を共有したいものと思っている。

会場に来れない方には「出張詩吟」も講師を沢山用意して張り切っています。

新しき村について↓

http://www2u.biglobe.ne.jp/~sin_mura/muranituite.htm

 * 実篤の 詩を高らかに 春近し



2010/1/27  春隣  日記

寒い日、暖かい日の交互に来る今日は、14度を越す暖かな日、

更に明日は最低が10度で17度まで上がる4月並の陽気となるらしい。

しかも久々の春の雨だそうだ。

今朝から地元の大網駅改札構内に「勝浦ビッグひな祭り」の宣伝にお雛様が。

クリックすると元のサイズで表示します

勝浦ビッグひな祭り」は2月末頃から雛祭まで全国から集った数十万の古雛を

朝市の干物の横にも、魚屋の入口にも、お寿司屋さんのお品書きの中にも、薬局、

雑貨屋さんの店内にも、2階の窓にも、階段にも、街角のあちこちに、神社の階段にも

街中の彼方此方に飾り、来場者も30万人もの文字通り町を上げての雛の町となる。

クリックすると元のサイズで表示します
   
先日頂いた「菜の花」をお浸しで頂いた残りが忘れている内に冷蔵庫の中で

花が開いていた。

冷蔵庫の中の春をビールのジョキーを花瓶にして食卓に。

クリックすると元のサイズで表示します

神奈川の二宮町「吾妻公園」の菜の花が見頃で、海を望める絶景の場所だそうで

2月中旬までが見頃だそうだ。

沖縄の「北中城村」では10月に植えた向日葵が満開だそうだ。

さすがに沖縄は早いなあ・・・これも2月上旬までが見頃だそうだ。

          クリックすると元のサイズで表示します

一昨日の日曜日に散歩した近所の畦道も青々と下萌えして、

良く見ると紫の「犬ふぐり」が沢山開いていました。

春は隣に来ていますね

クリックすると元のサイズで表示します

  * 春隣 農具小屋の戸 開きしまま

2010/1/25  千葉港の夕富士  エッセイ

冷えた朝でしたが日中はよく晴れ暖かな日。

房総を走る通勤電車の中からも今頃の晴れた日は雪富士が見えます。

千葉港の辺りから幕張、デズニーランドのある浦安、大観覧車の葛西公園から

葛西沖に富士山の見える窓際にいつも座ることにしている。

夕方は千葉港から見える夕景の富士山も見事なものです。

大門さんの撮った千葉港からの富士山を載せてみます。

クリックすると元のサイズで表示します

         クリックすると元のサイズで表示します

東京からも晴れた日にはあちこちから富士山が見えて、

方々に「富士見が丘」という地名がある。

富士山が見えると嬉しくなるのは日本人だなあと。

クリックすると元のサイズで表示します

          クリックすると元のサイズで表示します

  * 冬夕焼け 水平線に 赤き富士
タグ: 富士山

2010/1/24  おかげ様の人生  エッセイ

「素晴らしき人生あなたのおかげ様」

「66億分の一の確率であなたに出逢えたことに心より感謝」

昨夜の親しき句友の会葬お礼のカードに書き込まれてあった言葉でしたが、

人柄から全く本人の言の葉のようなメッセージだった。

10日に句会であった折に本人のカメラで写した写真を、プリントして

各自にお渡しするように封筒に入れて準備しておられた物が、お通夜の受付で

ご家族から渡された。

句会の始まる前に本人も一緒に3人で収まっていた写真が遺言のようであった。

丁寧に生きた友人に沢山の会葬者が集った・・・・合掌。

クリックすると元のサイズで表示します

小沢幹事長の検察の被告発人としての尋問が昨日4時間半に渡って都内のホテルで

行われ、その後に小沢幹事長からの記者会見でのその経過と説明が行われた。

大疑獄のように報道されていたこの事件の争点は何だったのだろうか。

そこに国民の生活と国家の利益とはかけ離れた「検察という権力」を背景とした

官僚の権力の維持と「政府の権力者」の血みどろの争いがあるようだ。

         クリックすると元のサイズで表示します

一昨日の足利事件の再審法廷でテープの録音を聞きながら無実の罪で17年間服役した

菅谷さんの謝罪要請に対して当時の担当検事であった森川大司検事(当時)は

遂に一言の謝罪のないままに終った法廷の模様がテレビ、新聞に報道があったが

「官僚への不信感」が国民の中に深く根付いている今、

国民の司法への信頼が薄らぐ事が懸念されている。

新聞週刊誌の見出しに誘われて、週刊朝日1/29を買って「検察の狂気」と題する

上杉隆氏の記事を読んでみたが、マスコミと検察の「菅報複合体」の見方は

検察の判断が本当に正しいのか、「国滅んで正義あり」とする検察のあり方を

考える参考になるかもしれない。

裁判官を退任した方達がマスコミの表舞台に登場する事は余りないが、

検事を辞めた「ヤメ検」と言われる人達がテレビ局、マスコミのお抱えのごと

登場していることには若干違和感を感じるのだが・・・。

国民の暮らしが大変な時に、国家が破産状態に陥っている時に、国会議員には

総理を含めお金持ちが多く、公務員も含めて生活に困っている人はいない。

名古屋の河村市長が提唱しているように議員の歳費、公務員報酬を減額して、

人員も減らすべきだろう。

彼らの年収は500万程度を上限として、

所謂「国家のリストラ」によって国の財政を立て直す事だ。

貯金を切り崩す余力を持っている人たちばかりなので、

誰も困らないし、将来の子孫の為にはなることで国家の為になる事なのだ。

「人は生きがいがあって、語るべき友や家族とサムマネーがあれば充分なのだ」。

そして環境ビジネス農業、介護や先端技術の産業の振興、

労働人口の移民の受け入れを促進して国家のビジョンを示していったらよい。

クリックすると元のサイズで表示します

学校の試験、受験戦争に勝ち進んで高級官僚となり、30歳前で税務署長、

警察署長に就任したような人たちが国家を経営してきた明治以来の手法が

今も続いてきた事に国家破綻の道を辿りつつある現実に

国民は「ノー」を突きつけたのが昨年の政権交代であったが。

又政治家では演説の上手い人、2世、3世と世襲された能力のない議員を辞めさせ

政治を担当するに相応しい人格、世界観、歴史観を持った物欲、金銭欲、名誉欲の

少ないボランティア精神の旺盛な公正な人を選んでゆきたいものですがね。

誰もが子孫の為に良い国を作り残したいと思っているのだから。

クリックすると元のサイズで表示します(愛犬ハナ)

  *冬の月 記念の写真 残し逝く

2010/1/23  哀悼の詞  エッセイ

俳句の親しい仲間の突然の訃報が知らされた。

今月の3日には浅草の吟行で一緒に雷門の前や、六区街を一緒に歩いて

句会に望んだばかりだった。

10日(日)には本部句会で隣の席に座り、句会のあとにの懇親会では写真班で

忙しく動いていたのに信じられない気持ちだが、今晩は御通夜に行かなければ・・・。

クリックすると元のサイズで表示します

  * 神となり 仏となりて 後の世を 

          君がみたまは 守りゆくらむ   (田尻昇蔵)

  哀悼の詞 本宮三香

 百歳の人生 ついに全からず 哀しむ君が客となりて黄泉に到るを

 墓前涙を呑んで冥福を祈る 腸は断ず薫香一片の煙


詩吟の会にも在籍していた事がある大人格者で温厚な方だった。

残念でならない・・・・合掌


2010/1/21  東風吹かば  エッセイ

暖かい陽気が2日続いて、コートなしの出勤でしたが、湯島の梅も

この陽気で大分開いたかと見に行って来ましたが、例の早咲きの白梅は八分方

開いていましたが、他は蕾がまだまだ固そうです。

「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

有名な「飛び梅」伝説の菅原道真の歌です。

昔、古文の授業で「〜な・・そ」の構文で「〜を〜するな」を学んだことを

思い出す方も多いと思いますが、

主人である道真を追って都から一晩で飛んできたというこの梅の話を

今頃の季節には良く思い出します。

湯島天満宮↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B3%B6%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE

クリックすると元のサイズで表示します

          クリックすると元のサイズで表示します

湯島天神はセンター試験は終ったものの受験シーズンたけなわの昨今、

沢山の受験生、親御さんが絵馬を結び、それを写メールに撮ったりして、

お蔦・主税の名場面の地とは言いがたいような風景。

飛び梅↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E6%A2%85

クリックすると元のサイズで表示します(大宰府天満宮の梅)

大宰府天満宮の縁の梅の前で10年程の昔、詩吟の仲間で訪れた時に、皆なで並んで

道真の一詩を大声で献吟した事があった。

(夏の頃の梅)  クリックすると元のサイズで表示します

今晩の新小岩の詩吟教室はこの道真の詩と歌をやってみようかな。

その内ユーチューブの投稿方法が判ったらその吟声も載せてみることにしよう。

大宰府天満宮↓

http://www.dazaifutenmangu.or.jp/home.htm

  * 街角に 老舗の和菓子 梅真白

2010/1/20  小春日の大寒  エッセイ

今日は二十四節気の大寒で寒い日なのだが、4月の陽気だったそうだ。

急遽叔父さんたちがゴルフ日和だそうだよと意見が纏まり、

平日だけど朝早くにスタートして午後には会社に戻るというスケジュール。

クリックすると元のサイズで表示します

昼前から風が強くなったが、南風で心地よい「春一番」のような暖かさ。

藤棚の「藤の実」が黄色の愕を弾き、真っ赤な実g冬青空に眩しい。

木の実からあの紫の「藤の花」が咲き始めるのは、4−5ヶ月先だろうか。

          クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

3時過ぎには会社に戻り、ネクタイを締めなおして何食わぬ顔。

6時半からは会社の放課後活動の「詩吟教室」・・最も参加者は大分平均年齢が↑だが

今日はフライシュレン作の「心に太陽を持て」を朗々と

     心に太陽を持て(ツェーザル・フライシュレン原作 山本有三訳)

  心に太陽を持て 嵐が吹こうと ふぶきがふこうと

  天には黒くも地には争いが絶えなかろうと

  いつも心に太陽をもて

  苦しんでいる人や悩んでいる人にはこう励ましてやろう

  勇気を失うな くちびるに歌をもて 心に太陽を持て


我の心を励まし、友を励ます人生の応援歌だ

2010/1/19  魑魅魍魎(ちみもうりょう)  エッセイ

魑魅魍魎(ちみもうりょう)とは、山の怪物や川の怪物。様々な化け物、妖怪変化。

魑魅は山の怪、魍魎は川の怪であるが、一般には山河すべての怪として

魑魅魍魎の名で用いられることが多i・・・と広辞苑にあるが

昨今では頻繁に「汚い世界」というニュアンスで、比喩的に用いられる場合が多い。

政界や金融界、芸能界、いじめ問題が解決しない学校、などの様子に譬えられる。

魑魅魍魎の(が)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する」といった表現が使われているようだが・・。

クリックすると元のサイズで表示します

JALが会社更生法を申請し、事実上の倒産となり2.3兆円とも言われる負債だそうだ。

38万人の一般株主も4円になって、電子証券の株券は事実上紙切れにもならない。

国の関与した会社だからと安心と優待券を目当てに買った人たち大損を抱えてた。

今日の取引は100%減資が決まれば株券は紙くずになるが、

場中は一時、6円を付ける場面もあり、マネーゲーム的な売買が続いているようだ。

この状況下でJAL株を買うというのは、信用の買い戻しがあるとみられるほか、

上場廃止が決まっても整理ポストで売買できるといった思惑的な買いもあるのだろうが

まさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界だ。

クリックすると元のサイズで表示します

検察と小沢一郎の戦いも、政界もまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界そのもの。

小沢氏の資金作りに昔の自民党体質と同じ建設業界からの闇献金などあれば、

検察はその不正を大いに暴いたらいい、小沢氏も何もなければ堂々と釈明し

政治改革、行政改革にその手腕を発揮したらいい。

不正があれば、小沢氏は退場し新しい人がリーダーになってくれば良し。

検察も捜査の可視化法案(捜査をビデオに記録し被疑者の人権を守り冤罪を防ぐ法律)

を掲げ、検事総長の人事を国会法案とする民主党に対して

検察の人事権と自らの権限を守りたいなどとする対民主党潰しともとられる

恣意的な捜査は国民からは支持をされない訳で、

検察の公正と正義を守って粛々とやって欲しいもの。

捜査の調書情報が検察リークによってマスコミに流れ、そのまま記事になり

国民世論を作ろうとする恣意的な検察の暴走も懸念される。

検察官も人間で感情があり功名心も野心もあるわけで、法律の番人、正義の人とは

時にギャップもあるわけで、どちらに裁判の結果が転んでもどちらかが大きな

ダメージを受ける訳で、どちらも引けない魑魅魍魎の争いか。

国家、国民の為には予算を早く通し、血液を送らないと国民は不幸な事になる。

どちらも、自分の権力と利権を守りたい魑魅魍魎の争いにしか見えないのだが。


2010/1/18  負い目今もぬぐえず  エッセイ

日本ハムの投手コーチ小林繁さんが急死して野球関係者や世間を驚かせている。

甘いマスクと細腕からは想像できないほど強きなピッチングと反骨心で

巨人、阪神で13年間、139勝と大活躍した大投手だったが、最も鮮烈だったのが

キャンプに向う途中に羽田空港から呼び戻されての、

「空白の一日をついた」江川卓との交換トレードでの阪神移籍、

そして、その年には阪神で22勝の大活躍、巨人戦では8勝無敗だった。

トレードを言い渡された時の潔さと、意地と悲壮感は多くの共感を呼んだものだった。

クリックすると元のサイズで表示します

あの事件は1979年、小生がニューヨークに足場を作り始めて、

NYに会社を設立したとしだが、江川の凄さは松坂以前では最も強烈で、

高校生の頃から、完全試合を何度もやるなど注目されていたので、

神宮のネット裏から法政大の江川を見に何度か行ったが、桁外れの怪物だった。

しかし、プロ未知数の江川を取る為に巨人はエースの小林を出して、ドラフトで

指名した阪神が契約した江川を8時間後にトレードで獲得したもので、

このときは巨人ファンでも汚い手口の巨人を批判し、ファン離れも起こったものだ。

         クリックすると元のサイズで表示します

江川事件を知る坂井保之元西武球団代表が次のようなコメントとしているのが印象的。

「江川事件はいまだに語られる球界にとってマイナスの出来事。

でも彼(小林氏)のある種のプロに徹した潔さ、すがすがしさで

負の事件を終わりに導いた。

拒否することもできる立場だったけど、彼の決断が多くの人に感動を与え、

球界は救われた・・・・と。

クリックすると元のサイズで表示します

小林繁↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%B9%81

          クリックすると元のサイズで表示します

あの“事件”から、二人はグランドでの対決はあったものの、

二人が言葉を交わしたのは28年を経た後だったと言う。

それはお酒の「黄桜」のCMでの競演で、撮影の後に

「“お互いに大変だったな”という言葉を小林氏の方から江川氏に掛けたそうで、

その一言で「すごくホッとしたのを覚えています」と江川氏は回想している。

そして江川氏は昨日言葉を詰まられせながら

「小林さんが亡くなっても、申し訳ないという気持ちは一生持ち続けると思います」

・・・と語る当事者の江川氏には重い事件だったのだろう。

軽妙洒脱なコメンターなどをしている江川氏にとって、あのドラフト騒動は

今もぬぐう事の出来ない負い目となっている」ようだ。

長嶋監督も「あの時は小林に悪い事をしたな」・・の思いは、

今も残っているとコメントしていた。

球団の利益を優先した行為に、運命を弄ばれた二人は心の中では苦しみながらも

それを反骨のバネにして克服し、活躍した二人は悲運のライバルだったかもしれない。

ニュースのコメントで江川氏の心情を知る事になったが、

我々の周辺にも、内容や程度の違いがあっても、似た様なことがあるのかもしれない。

江川氏の実績と頭の良さ、野球知識、人気から常に次期巨人監督候補だったであろうが

「空白の一日」として、本人にも巨人にも世間にも今でも重くのしかかっている。

好漢「小林繁氏」心不全で何も言わずに突然に逝く・・・合掌・

江川卓↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E5%8D%93_(%E9%87%8E%E7%90%83)

クリックすると元のサイズで表示します

ところで、この二人の関係はどうなるのだろうか?

   * 寒九の水 含みマワシを 叩きけり

2010/1/17  白鳥の川  エッセイ

大人の休日切符を使って、一関へ友人と白鳥に会いに行ってきました。

12000円で新幹線乗り放題はお徳、シニアも悪くない。

一関は小生の高校時代を過したところ、市内を流れる「磐井川」は栗駒山を源に

上流には名勝「厳美渓」があり市内を流れ、北上川に注ぐ清流。

冬には白鳥が飛来する川だ。

クリックすると元のサイズで表示します

数年前はこの川で、パンの餌付けがされていたが、例の「鳥インフルエンザ」の

問題で白鳥に近付き餌を上げるのは禁止なのだそうだが、

毎年律儀に白鳥の親子は渡ってくる

 * 上流は 厳美の奇岩 白鳥来

 * 外套の 駅員の立つ 家郷かな


         クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

白鳥の居る磐井川の「上の橋」の近くに下宿していた多感な高校時代、

満天の寒星を仰ぎながら、下駄を鳴らして渡ったものだ。

この橋の袂に友人の洋食レストラン「美松」があり、ここで友人と集って

久々の夕食会だ。

ここのタンシチュー、竜田揚げ、オムハヤシは絶品だ。

同級生と積もる会話に、ワインのグラスを重ね楽しきひと時だ。

         クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「美松」のハヤシは上野精養軒のそれよりも断然美味い。

デミグラスソースの出来具合が全く違うようだ。

「美松」↓

http://machi.goo.ne.jp/gold/etc/recommend.asp?ipid=287969

今朝は近所の「桃の湯」というナトリュ-ム源泉の天然温泉に連れて行ってもらう。

栗駒山麓の厳美温泉郷に近く良く聞くお湯だった。

先の地震で道路が不通となっていた須川温泉も6月には開通して行けるらしい。

クリックすると元のサイズで表示します

今日、17日は阪神淡路沖地震から15年目に当たる。

そして今カリブ海のハイチでは悲惨な地震の被害が・・・合掌。

 * 白鳥の 艦船のごと 遡上せり

 * 白鳥の川 立志のむかし 思はざる




タグ: 磐井川 美松 白鳥

2010/1/15  「新興国」の憧れは日本製品  エッセイ

新興国の発展が、とりわけ中国・インドを中心とする「BRICS」のなかに

所得一万ドル(92万円)を超える中間層がどんどん増えてきているようだ。

振り返ると昭和40年頃の初任給が4〜5万円、

小生が会社を起業し始めた47年頃で大卒初任給が7〜8万円程度だっただろうか。

昭和47年と言うと小沢一郎幹事長の師匠であった「田中角栄」さんが列島改造論を

引き下げ、コンピューター付きブルドーザーが登場した時代で、

まだ何でもありの時代で、トイレットペーパー騒ぎが起こる少し前。

所得一万ドルまでの軌跡を思い起こしてみると、為替によって大分違いますが、


池田隼人総理が例のだみ声で所得倍増政策を叫び、国民が三種の神器を手に入れ、

車への憧れ、海外旅行、マイホームへの夢を持ち、生活の豊かさを感じ始めた頃が、

昭和30年代の後半、

一世帯の「年間所得」百万円は、その頃の昭和40年(当時の為替は280円位)

前後だったと思うが、その後 昭和60年(1985年)日本の平均国民所得が一万ドル

(当時の為替は240円)を超え、プラザ合意で本格的に先進国の仲間入りをしたと

大騒ぎをし、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という

当時ベストセラーになった著書等でも持ち上げられたものだ。

そこで今、新興国の世帯の所得水準が1万ドルを超えると、

「新興国の人々に、日本製品への憧れがみられる」と言う。

「三種の神器」とは昭和30年代後半、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が

『三種の神器』として喧伝されたことを言ったが、新興国はこの後の日本の状況から

車が一般大衆の家庭に普及した東京オリンピック後の昭和40年代から、

第一次オイルショックごの50年代を追いかけている時かもしれない。

三種の神器↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A8%AE%E3%81%AE%E7%A5%9E%E5%99%A8_(%E9%9B%BB%E5%8C%96%E8%A3%BD%E5%93%81)

クリックすると元のサイズで表示します


一万ドル世帯急増の新興国に向けてのビジネスにどうやら我々の業種も含めて

活路が有りそうな事は誰もが承知しているが、

行動に移せるかどうかが、生き残りを賭けた正念場なのかもしれない。

値下げによる消耗合戦には進歩は望み薄だが、品質の良さ、付加価値の高さ、

技術などで差別化、工夫した製品、現地のニーズを取り入れた製品、

サービスが勝ち残っているようだ。

例えば北京のセブン・イレブンでは店内に屋台があって暖かい食べ物を提供し、

油圧ショベルなど圧倒的なシェアーを誇る「コマツ」やヤクルトの中国での

個別配達サービスや、化粧品など成功している会社の実例は枚挙にいとまなし、

東京銀座でも、買い物客の主力は中国人買い物客にその座を奪われてしまう日も

遠くないだろうし、九州は韓国人客が潤してくれているようだ。

地元浅草あたりでもアジアの観光客が非常に多く、グローバルな時代なのだと思う。

          クリックすると元のサイズで表示します

野村総研の調べによると、2020年の所得1万ドル以上の世帯数は、

中国で3億6000万世帯(2008年6300万世帯)、ブラジルで6200万世帯(同3400万帯)、

インドで3600万世帯(同700万世帯)、インドネシア、タイ、マレーシア、

べトナム合計で、6200万世帯(同1400万世帯)と予測されている。

これら新興国の中間所得層の需要をいかに開拓するか――。

企業成長の観点からは、この点が我々業界を含め重要になるように思われる。

クリックすると元のサイズで表示します


日本が「デフレ・失われた時代」で停滞している間に、大変動の時代に突入しました。

日本だけが、南米エクアドルの西方の火山群島「ガラパゴス」諸島の

ゾウガメたちのように、世界の大変動に取り残され、

保護されることを頼りに生きる「世界遺産」になってしまうかもしれない事を、

最近では、「特定の分野で外部と隔絶された地域を指す比喩として使われる」

言葉として「脱ガラパゴス」と言うそうですが、

世界経済が大変動の時代に突入するなか、「失われた時代」として

停滞する日本経済の状況を「ガラパゴス化」と表現される事を見かけます。

戦後の廃墟の中から復興してきた戦前生まれの昭和一桁世代や、

高度成長を牽引してきた戦後生まれの「団塊の世代」から見ると、

年収200万円以下が1000万人以上で、食事を日に3度取れない子供がいる日本の現状を

歯がゆい思いで、憂う人が多いのではないだろうか、

ガラパゴス化↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%83%91%E3%82%B4%E3%82%B9%E5%8C%96

          クリックすると元のサイズで表示します

人口が減り続ける日本は、移住を積極的に受け入れて外国人の参政権も認め、

労働人口を増やしてゆかなければならないのだろう。

そして技術を磨き、高度なサービスと製品をこれら豊富な人口と需要のある

アジア諸国と共存してゆかなければならないのだろう。

すでに病院などでは、日本の最先端医療と技術に海外から客(患者)が押し寄せる

時代に来ているし、民間レベルの文化・スポーツの交流も盛んだ。

心配するのは旧態依然として私利私欲、党利党略の政治家と自分達の

権利、利権を守ろうとする官僚・マスコミ・司法の古い体質を持ったトップ層だ。

山積する日本の針路を「ガラパゴス化」しないように

日本の子孫のためにも足を引っ張らずに大局感を持って仕事をしてもらいたいものだ。

クリックすると元のサイズで表示します

  * 魁て 梅一輪の 小さかり











2010/1/13  ふるさとは遠きにありて  エッセイ

ふるさとは遠きにありて---室生犀星

 ふるさとは遠きにありて思ふもの

 そして悲しくうたふもの
          
 よしや うらぶれて異土の乞食(いこくのかたい)となるとても

 帰るところにあるまじや

 ひとり都の夕暮れに

 ふるさとおもひ涙ぐむ

 その心もて
          
 遠きみやこに帰らばや

 遠きみやこに帰らばや


クリックすると元のサイズで表示します

誰もが知っている「室生犀星」の 「ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの・・・・」の詩文は誰の心にも響くものがあります。

1889年に足軽の子として生まれ、生家近くの、真言宗寺院雨宝院住職室生真乗の

内縁の妻赤井ハツに引き取られ、その妻の私生児として照道の名で戸籍に登録された。

住職の室生家に養子として入ったのは7歳のときであったと言う。

私生児として生まれ、実の両親の顔を見ることもなく、

生まれてすぐに養子に出されたことは犀星の生い立ちと文学に深い影響を与えたのだ。

室生犀星↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A4%E7%94%9F%E7%8A%80%E6%98%9F

その筆名「犀星」は多分近くを流れる犀川の西に住んで居て、そこから得たのであろう

クリックすると元のサイズで表示します室生犀星記念館

          クリックすると元のサイズで表示します

21歳の時、文人への思いを押さえがたく、ふるさと金沢の地を捨てて東京に出た。

貧困のどん底の中で詩作を続け、食い詰めると金沢に帰ってきたという。

その頃の犀星の心情は、次の[犀川]と題す詩にも良く現われているようだ。

[犀川]


美しき川は流れたり

そのほとりに我はすみぬ

春は春、なつはなつの

花つける堤に坐りて

こまやけき本の情けと愛とを知りぬ

いまもその川のながれ

美しき微風ととも

蒼き波たたへたり
             
  

犀川↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%80%E5%B7%9D_(%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E7%9C%8C) 

クリックすると元のサイズで表示します金沢にある犀星の像

今晩の6時半からの詩吟教室は「犀星」の詩を吟じてみることにしよう。

最後の「遠きみやこに帰らばや」のみやこ

金沢を指しているのかも知れない。

小生は今週末に故郷の一関の友人を訪ね、磐井川の白鳥を見てこようと思っている。

父母はなくとも、帰れるふるさとがあることは嬉しい事だ。

    犀川   クリックすると元のサイズで表示します

  * 冬青空 高炉の煙り 吸ひ上ぐる
タグ: 室生犀星 犀川




AutoPage最新お知らせ