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2010/5/15  桂林荘雑詠 諸生に示す  漢詩

最近の土曜日は詩吟の教室が地元大網・茂原で2回ある。 

幕末・維新の群像の一人広瀬淡窓を取り上げて、淡窓の桂林荘雑詠の中から

次の書生に示すを吟じて淡窓の世界に思いを寄せてみる。

  桂林荘雑詠 諸生に示す   広瀬 淡窓

道(い)ふを休(や)めよ 他郷苦辛)多しと

同袍(ほう)友有り 自ずからら相ひ親しむ。

柴扉暁に出づれば 霜 雪の如し、

君は川流を汲め 我は薪を拾はん。


広瀬淡窓は江戸末期の教育家で商家の生まれながら、宮崎の日田に私塾桂林荘を開き

淡窓を慕い集った師弟は3000人を超えたと言う。

12年後に「咸宜園」と名を変えた後からは1898年まで伸べ4000人の門弟が

この熟から出たと言う。

咸宜とは字の如く「ことごとくよろし」と言う意味だそうで、

当時の士農工商の世で「身分に関係なくどんな階級出身者でも学ぶことが出きる」、

「学問には偏りがあってはならない」などの淡窓の思想があったらしい。

人材を教育するのは,善の大なるものなり」の思想が根底にあり、

「鋭きも 鈍きも 捨て難い

    錐と槌とに 使い分けなば
」・・・の自作の歌が示すように今の時代

の感覚を幕末の頃に実践していた淡窓の先見の明を持った

偉大な教育家であったことが思われます。

   (九十九里)クリックすると元のサイズで表示します

10年以上も前にこの咸宜園を訪ねた時に、復元されたこの建物の案内の翁が

同袍(どうほう)の袍の字が「どてら」の字が当てられているのは、寝泊りをしている

師弟が一つの「どてら」で寒さを凌ぎ、

君は川流を汲め 我は薪を拾はん」の一節は師弟には近くの川で水を汲み、

自らは遠くに薪を拾いに難儀な仕事をし、さあ朝飯の支度をしようと

淡窓の率先垂範の姿勢があると説明を受けたものだった。

吟詠の指導を20年も続けているとこの詩もどの詩の何十回、何百回と吟じているが

その詩歌を作者を調べて行くうちに常に新しい発見があり、何度吟じても

同じ様な吟にはならず、常に新鮮な気持ちでその吟題に望めるのも詩吟の魅力だ。

咸宜園↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%B8%E5%AE%9C%E5%9C%92

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朝方は涼しかったが午後からは熱くなり、4時過ぎの浜辺はまだカイトサーフィンの

若者が蒼天にカイトを上げ、サーフボードに気持ち良さそうに波に乗っており

叔父サン達がエンジングライダーで飛んでいた。

何時もの景色ながら、あのグライダーに一度はやってみたいなあと・・・・。

          クリックすると元のサイズで表示します

  * 早苗田の向かう荒海カイト舞ふ

  * 今欲しき維新の気概躑躅燃ゆ










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