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2010/10/12  龍馬と弥太郎の出会い  エッセイ

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が龍馬役の福山雅治さん演じる撮影部分が

クランクアップしたそうだ。

福山龍馬は作品を通じ「人は授かった命をどう使い切るべきか、

龍馬を演じながら福山雅治の一生をどう生きていけば良いかを考えさせてくれた

作品だった。

チャレンジすることを忘れてはいけないことも、

作品と香川さんに教わった」と語ったそうだ。

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この龍馬伝は三菱財閥の創始者岩崎弥太郎の視点から見た「坂本龍馬」で

展開されて行くのだが、さて龍馬と弥太郎の出会いであるが、

ドラマのストーリーとは違って二人は土佐に同じごろに生まれてはいるが

住んでいた坂本家と岩崎家は40キロも離れていて会う機会はなく

暗殺された年の1867年に「長崎で始めて二人は会った」のが、

どうも本当らしい。

弥太郎は土佐藩家老後藤象二郎に藩の商務組織・土佐商会主任・長崎留守居役に抜擢され、

藩の貿易に従事する。

そして坂本龍馬が脱藩の罪を許されて亀山社中が海援隊として土佐藩の外郭機関となると、

藩命を受け隊の経理を担当した。

歴史上記録が確認出来る弥太郎と坂本龍馬の最初の接点はこの時であるとされるが、

NHKの「龍馬伝」にはドラとしても面白さがある。

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岩崎弥太郎の興した三菱財閥は今も世界の大三菱としてそのネットワークと

製品・流通・金融・サービスは世界を網羅し大きな影響力を有しているが

上野不忍池の畔に弥太郎が牧野弼成(旧舞鶴藩主)から邸地を購入した

旧岩崎邸庭園」があり、

三代目の岩崎久弥が建築したもので弥太郎の後に続く岩崎家の家系図や

鹿鳴館時代の名残りの邸宅が当時の迎賓館として使われていたのだそうで、

時折昼休みのお散歩コースとなっている。

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戦後一時キャノン機関として使われたが岩崎家の物納として国有化され

今は重要文化財の指定されており、何時でも見学できるので上野に来たら

是非立ち寄ってみて頂きたいお薦めスポットでもあります。

旧岩崎邸庭園↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E5%B2%A9%E5%B4%8E%E9%82%B8%E5%BA%AD%E5%9C%92

先日の「日本芸能の集い」で以下の詩を剣舞を交えて詩文をプロジェクターに投影して

清風会の会員2名が力強く吟じた。

 坂本龍馬を思う 河野天籟

幕雲日を掩って 日将に傾かんとす

南海の雅龍帝京に翔ける

一夜狂風 幹を折ると雖ども

維新の大業 君に頼って成る


薩長同盟を斡旋した維新の功労者の坂本龍馬は

維新回天の最大の功労者だったとの見方があります。

幕府方の見回り組に狙われる身となり、

維新を見ることなく中岡新太郎と共に暗殺された。

河野天籟は維新の大業は君によって成ったと結んでいる。

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岩崎弥太郎の写真を見ると演じた香川照之さん・・どことなく似てきてたのかな。

弥太郎は「土佐小会」から「九十九商会」、そして「三菱商会」と改め、

三菱商会では海援隊や士族出身の社員に対しても、

出自に関係なく徹底して商人としての教育を施し三菱の基礎を作ったと言われる。

「龍馬伝」は11月28日放送分で終るそうだが、暗殺犯は見回り組みとされているが

犯人説にはいろいろあり、その一つには後藤象二郎黒幕説などもあるようだが、

歴史ミステリーの一つなのだろうが、龍馬が生きていたら歴史は変わっていたのかも。

薩長同盟の覚書に坂本龍馬が朱筆で裏書した文書は宮内庁に保存されているそうで

一般公開されているそうです。

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