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2013/10/31  光秀しぐれ  漢詩

歴史に「もし・・・」はないのだが、

「本能寺」の変が起きなかったなら、太閤秀吉の時代や徳川の世はあったのだろうか?

光秀を動かしたものが怨恨であれ、野心であれ、戦国の世の結果は大きく動いた。

朝廷陰謀説や柴田勝家との共謀説、秀吉、家康黒幕説など、

本能寺を巡る歴史の謎は深いのだが、

光秀が本能寺の変の前日に公家集と開いた連歌会で示したとされる


「時は今天が下知る五月かな」の句であるが、光秀の本意が隠されているとも言われる。


時は今・・・土岐は今(土岐とは光秀の出自と言われる土岐氏のこと)
 

あめが下しる・・・あめ=天 が下しる、つまり天下を取る
 

五月哉・・・この季節である


(つまり、土岐市の出自である光秀自身が天下を取る)

多くの歴史家の説が入り乱れ、光秀の影武者が討たれ、光秀は生きていたとする説もある。

本能寺を急襲した明智方の大将斎藤利三の娘が徳川家光の乳母「春日局」として

徳川幕府の礎を築くのだが、光秀の三女「明智珠」は後に細川ガラシャ(珠子)として

歴史に名を残すのだが、それらの点と線を探求しているとついつい寝不足になるのだが、

明智光秀=天海上人説などの珍説も最もらしき、整合性もでてくるのだが・・・。

まあ・・・光秀は山崎の合戦で討たれたということで以下の

頼山陽の本能寺と光秀の思いを詠った歌謡吟詠「光秀しぐれ」をYou Cubeでどうぞ。

吟者は詩吟界の第一人者の浪口龍童さん、詩舞は手塚婉戈さんです。




本能寺 頼山陽

本能寺溝は幾尺ぞ

吾、大事を就すは今夕に在り

茭粽手に在り茭併せて食らう

四簷の梅雨 天墨の如し

老ノ坂、西に去れば備中の道

鞭を揚げ、東を指せば天猶ほ早し

吾が敵は正に本能寺に在り

敵は備中に在り、汝能く備えよ


「敵は本能寺に在り」、「是非もない」・・・

歴史に残る言の葉だ。

頼山陽の詩文が「本能寺の変」の多々ある説の中で根幹をなしているように思えるが・・。

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本能寺の変You Tube↓

http://www.youtube.com/watch?v=I06Uh4LWgqU&feature=related







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