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2014/8/31  八月尽  日記

八月のゴルフでタオルを全く使わない日は珍しいですね。

いつもこの時期は修行僧のように汗だくになって歩いているのですが、

北海道のような天然クーラーの涼しくて快適なゴルフ日和です。

しかも最近の雨で芝生が一層鮮やかな緑です。

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今日の組み合わせは、ゴルフ場の理事長と役員二人で、久々キャデイさんを付けての

ラウンドでした。

ゴルフコース経営の苦労話なども聞きながらの楽しいラウンド。

稲刈りも終盤に来ているようですね。

苅田もあり、黄金田も残る風景は日本の原風景ですね。

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晩酌の焼酎が心地良い疲れで一層美味い。

芋焼酎の赤霧島は地元都城でしか出回ってないという、

紫芋「ムラサキマサリ」を使用した赤霧島は黒霧島よりも断然旨いね。

勿論ロックで頂きます。

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2014/8/30  大漁旗復興の街へ新秋刀魚  日記

昨日、大船渡港に本州で初秋刀魚が水揚げされたニュースがNHKで流れていました。

小生が中学3年生の時、一年間だけ、大船渡に住んでいましたが、

釣り好きの少年はいつも釣竿を市場の岸壁からも投げていましたので、

当時カレイが釣れた魚市場はよく出かけてました。

秋刀魚が揚がる季節は、クレーンを使った網から市場のコンクリートの上にじかに揚げられ、

ボタ山のように高く積まれ、壮観なものでした。

「持って行っていいよ」・・・と市場の人たちも鷹揚なもので、いつも魚籠に

貰って帰ったものでした。

50年前の当時は家庭に冷蔵庫は無く、沢山の秋刀魚を煮込んで保存していましたが、

そんな訳で毎日お弁当は秋刀魚の煮物でした。

当時は秋刀魚はいつも豊漁で、一匹5円か10円だったようでしたが、

夕べの新秋刀魚は一匹280円でした。

イワシも同じように昔は銚子沖などを中心に何処でも獲れて安かったのですが、

最近は高級魚になった?

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大船渡港も震災の津波で被害を受けた後に最高なって、

近代的な魚市場になったようです。

秋刀魚の水揚げも大きな木の生簀のような箱にクレーンから網で揚げてました。

懐かしい秋刀魚の水揚げを見せてもらいました。

2014/8/29  地政学的リスクと「金」  仕事

地政学的リスクという言葉が外為市場では良く使われます・・・。

世界各地で起こる紛争,内乱、緊張の高まりなどから、

ドル・ユーロ・円・元・豪ドルなどが売られたりすることがあります。

その度に逃避資金が向かうのが「金」であったりします。有事に不動産を買ったり、

株を買ったりする資金移動は古来ないことで、

持ち運びに便利で錆びたり、腐ったり品質が変わることなく

普遍性の価値を持つ「金」が古来から注目されているわけです。

「金」の供給量は年間で約4,500トン、

その内金鉱山から採掘されるものは2,900 トン、

中古の宝飾品や工業製品からのスクラップ回収分が約1,600トンです。

需要は宝飾品が全体量の約5割、投資関連が4割、その他工業用が1割です。

有史以来採掘された「金」は凡そ15万トン、

その量はオリンピック用のプール3つほどになると言われます。

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昨日はロシア軍がウクライナ領土に侵攻したことをNATO軍が確認したとの

報道を受け欧州時間に1280ドル近辺から1297ドルまで急騰しましたが、

NY時間では米経済指標の好調を裏付ける発表に1289ドル近辺にて引けました。

アジア時間に戻ってきた本日12時現在ではNYの引け値の1289ドル近辺で推移しています。

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(上はNY金の38年間の年足チャートです)

200ドル台から500ドルのレンジを長期間揉み合い、

2000年以降に大きく上昇したのが見て取れます)

しかしながら、我が国の借金は1000兆円を超えてますが、

そして国の年間予算のうち4割以上は国債等の借金を積み重ねてますが、

将来返せなかった時には100/1のデノミでも発動されたらどうなりますかね?

保険のために一部は「金」で財産分割をするってのは検討してみる価値は有りますね。

2014/8/28  秋の夜のブランディ口に含みけり  日記

今日も涼しく久しぶりにスーツにネクタイで出かけましたが、

丁度良い具合です。

家に戻れば、なぜかスコッチかブランデイを遣りたい気持ち・・。

戸棚を探したら昔のブランデイが1本ありました。

さて、何十年前のものでしょうか?

封を切れば昔懐かしいブランデイの香りで、味も香りも変わってませんね。

43度と強いのでグラス2杯でお終いですね。

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30歳代の始めに香港に会社を登記し、週末の金曜日に夕方香港に向かい

日曜日の拠るに帰っていたものでした。

会社兼住居の隣は免税店で当時としては夢のような値段で

高級ブランデイもスコッチも手に入ったもので、

まだ当時の日本はサントリーもダルマ(オールド)が高級品の時代で

舶来のお酒は洋行帰りの免税で持ち帰りの認められていた3本の枠に

ジョニーウォーカーやシーバスリーガルやブランデイマティールなどを持ち帰ったものです。

30歳代、40歳代の昭和50年代や60年代はこうしたウイスキーやブランデイが主流でしたが、

今は焼酎が主流ですね。

バーやスナックにダルマをキープするのが夢であり、ステータスであった昭和40年代、

50年代の初め、当時の香港は魅力的でしたね。

ニューヨークの日本レストランのカウンターバーには駐在サラリーマンの誰もが

シーバースをキープしておりお酒の関税のあった当時の日本では夢のようなお話でした。

その香港が今や中国の玄関口として世界で最も輝いている都市のひとつでもあるのですね、

2014/8/28  ジャパンジュエリーフエアー(JJF)2014  日記

ジャパンジュエリーフエアー(JJF)2014が26日から28日までの3日間、

有明のビッグサイトで開催されています。

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国内外420社の出店の宝飾品の仕入市ですが、1月のIJT、8月のJJFと9月のショーと仕入れ側も

こうした業者が一堂に集まる時期に最新の商品トレンドや

売れ筋を見定めに泊まりがけで来られる業者さんも少なくありません。

弊社も20数年前のまだ幕張メッセで行われていた頃から出店していましが、

最近は新製品を作り、友好商社のブースに並べて社員が応援にゆく程度です。

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出店しなくなったのは盗難の危険が非常に高く、以前にも5ctのダイヤモンドを盗まれたり、

度々の損害にリスクを取るのを出店する友好商社に肩代わりしてもらっている訳です。

体育館以上に広いスペースに3,4間の板の間仕切りだけのブースに高級なダイヤモンド、

宝石をショーケースに並べるのは大勢のお客様が溢れる場内では複数の接客をしながら

商品を見せるのは、盗難グループから見れば、絶好の稼ぎ場になっているかもしれません。

今年も沢山のお客様を集め、賑わっているようですが、

事故やトラブルのないことを祈るばかりです。

始まった頃の1980年台の前半は宝飾フエアーとしては日本の景気も良く、

世界的にも結構大きかったのですが、

最近は年4回行われる香港の国際ジュエリーショーが最大規模になっており、

大昔はラスベガスショーが全盛期で欧米が賑わい、

そして日本に移り、中東のドバイが賑わい

今は中国の玄関口の香港が賑わうなど、

まさにダイヤモンド・宝石・金は世界の富ある所を嗅ぎ分けて動いているのですね。

9月は香港国際ジュエリーショーが控えており、クリスマス前で最も期待が大きく、

それに向かっての品造りに余念のないところです。







2014/8/27  新秋刀魚あたまと骨の残りたる  日記

昨日から急に涼しくなり、今日は半袖のYシャツを長袖にし、

上着を持っての出社でしたが、正解だったようですね。

寝室もタオルケット一枚から、昨夜は薄がけ布団で丁度良い具合でした。

長かった暑い夏もいよいよ峠は超えたようです。

まだこの先、残暑はあるのでしょうが、稲刈りも進み、川沿いの道は芒の穂がなびき、

柿や栗、葡萄の収穫も間もなくです・・・。

九十九里の山沿いは梨畑が沢山有り、梨をいただく日々ですが、

間もなく長野や東北からはリンゴの収穫もあるでしょう。

松茸、キノコなど味覚の秋、天高く馬肥ゆる秋の気配を感じます。

新秋刀魚もスーパーに出てきました。

勝浦、興津の堤防ではアジが釣れるようになります(年中釣れますが秋は大漁です)

ゴルフも一年では暑くも寒くもなく、花粉もなく、もっとも良い季節になりますね

2014/8/26  秋蝉や里山にそを聞きに行く  日記

平日でしたが、日曜日が2週詩吟でしたので、痺れを切らしゴルフで歩くことに、

先週までの猛暑の夏がやっと峠を越えたのでしょうか、

気温は30度以下になりました。

涼しいようでも、まだ蒸し暑く汗がたっぷり出ます。

久しぶりに1万5千歩歩きました。

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今年の稲刈りも房総半島の真ん中辺りにある長南町の辺りは稲刈りが大方終わっていました。

13日頃から始まってましが、この辺の早稲が早いようですね。

大網・九十九里近辺はまだ、二割、三割程度の刈り入れ具合ですね。

黄金田が刈田に変わる田園の風景も秋の深まりを感じさせ、

もの寂しさを覚えますが、まだまだ暑さは続きそうですね。

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さすがに平日のゴルフ場はガラガラです。

コンペも入ってますが、若干後ろめたさを感じますが、

地金相場情報や買取相場の更新などは早朝、プレイ中、昼休み、帰ってからと

自分の持分の仕事はこなしつつの一日でした。


2014/8/26  [ロシアが「金」保有高を積み増す]  仕事

[ロシアが「金」保有高を積み増す]

本年7月にロシア政府は「金」を9.4トン買い、

現在の保有高は1104トンで世界5位で中国の1054トンを

追い越したことが、WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の

発表から判りました。

ロシア政府は2005年末に10年で外貨準備の中での

「金」の保有量を10%に増やすと公言してから、約3倍増やし、

外貨準備におけるゴールドの割合は9.7%に達しましたが、

「金」保有高上位4カ国の欧米先進国のそれが70%近いことを

考えるとまだその割合は低いといえます。

因みに第一は米国の8,133.5トン、2位ドイツ3395.5トン、

以下IMF,イタリア、フランスに次ぐ5位で、

日本は765.2トンの9位です。

日本の外貨準備高に占める割合は僅かに3.3%です。

せっせと米国の顔色を見ながら米国債を買ってきたのですね・・・。

米国債の利回りは今までも決して悪いものではありませんでしたが、

1973年のドル。円そうが平均269円、1983年が238円、1993年が112円、2003年が117円でしたので

現在の104円前後を加味すれば、可なりの目減りが判ります。

日本の外貨準備高は2012年末で1兆2,681億2,500万ドルです。

「金」相場は2000年ごろから比較すると約5倍の水準です。

政治家や財務省に先見力があり、米国の傘の下の属国から独立しておれば、

かなり日本の国力も富みも違ってきたのですが、

また日本の軍備費が少なかった分が経済発展に寄与したことも事実です。

一方ロシアは昨年248.8トンの「金」を生産し

中国、オーストラリアに次いで世界第三位の産金国です。

タグ: 外貨準備高

2014/8/24  夏期吟道大学講座(詩吟)  詩吟

公益社団法人日本吟道学院の主催する,恒例の「夏期吟道大学講座」が

川口駅前のリリアホールで全国の吟友約千人を集め、

12人の講師陣による2日間で12時間の集中講座が行われました。

講師陣も今年は、新しく6人の講師が秋田、鹿児島、群馬、福島の神奈川、埼玉からの

会長先生を迎え、新鮮味が出ました。

各講師の先生は50分の限られた時間に、取り上げた吟題を通し、

自分の積み上げた吟技、伝いたい奥義を凝縮して講義するので、

いつも習っている自分の先生から一時離れ、他の先生の詩吟講座を聞くわけで、

とても勉強になるのです。

自分も教える立場に居ても、この大学講座は27年間も聞いてますが、

自分なりの糧となって積み上がっているように思います。

思えば、その27年間には交流の深かった先生方も多くも故人となっているが、

若い講師も続々誕生し、伝統文化、芸能が受け継がれていることを

こうしたことからも身近に感じます。

又今回は日本詩吟学院の常務理事の先生も特別講師として、

土井晩翠作の「星落秋風五丈原」の長詩を講義して頂きましたが、

大変素晴らしい女性先生でした。

一年に2,3度お会いする全国からの吟友も沢山居り、楽しみな社交の場でもあり、

全国組織の素晴らしいところでもあり、

伝統芸能の習い事の素晴らしさをお互いに再認識する場でもあります。

講義の中のひとつから

  睡起偶成 王陽明

四十余年睡夢の中 今より醒眼始めて朦朧

知らず日すでに亭午を過ぐるを 起って高楼に向かって暁鐘を撞く



詩の大意・・・陽明学の祖(王守仁)が過去40年間、道理に目覚めなかった。

今醒めたが、まだぼんやりしている。

昼を過ぎたのも知らず、暁の鐘を撞きに行く。

利益、名声を追い求める生き方は、真の幸せにはつがらないと、

陽明学の開祖が知行合一を柔らかく説いた詩です。

2014/8/22  廬山瀑布を望む (李白)  漢詩

  廬山瀑布を望む 李白

日は香炉を照らし紫煙生ず 遥かに看る瀑布の長川に挂くるを

飛流直下三千尺疑うらくは是れ 銀河の九天より落つるかと



詩の大意・・・日の光が香炉峰を照らし、紫色の煙があがっている。

はるか遠くには滝が、長い川を掛けたかのように流れ落ちているのが見える。

滝の水は三千尺下にまっすぐと落ちている。

天の川の水が、天の最も高いところから落ちてきたのではないかと思うほどだ。

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滝が夏の季語となっているように、こうした詩は夏場に吟じると涼しさを少しは感じる。

滝を読詠んだ俳句では

「水の上に水現れて落ちにけり」(後藤夜半)

「滝落ちて群青世界とどろけり」(水原秋桜子)

「滝音に明日の闘志を養へり」(自作)

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2014/8/22  200日移動平均線を割り込んだNY「金」相場(イエレン議長講演に注目)  仕事

200日移動平均線を割り込んだNY「金」相場(イエレン議長講演に注目)

昨夜(21日)のNY「金」相場が1284ドル近辺にある200日移動平均線を割り込み

1272ドルの安値をつけたあと、1276ドル近辺で22日のアジア市場に戻ってきました。

急落の背景は前日の7月FOMC議事録の公表にありました。

FOMCのメンバーの中から、早期の利上げを提起する委員がいたことが

議事録から明らかになり、

利息を生まない「金」市場にとってはドル金利の上昇に繋がることは、

大きなマイナス要因となります。

そして21日の発表された経済指標では、7月の中古住宅販売が市場予想を上回り、

先週の新規失業保険申請数が、先週から減少したことも「金」を売却する手がかりとなり、

1272ドルから1288ドルのレンジ幅の仲、1276ドル(15.3ドル安)近辺でした。

200日移動平均線を割り込んだことから、

次の下値メドは1240ドルから1250ドル近辺が目標になるかもしれませんが、

ウクライナ、イラク、ガザ地区の紛争の種がくすぶる中での下値は限定されるとの

市場関係者の見方が多いようですが、

本日(22日)のジャクソンホールで行われるFRBのイエレン議長の 講演が注目されます。

議長講演が利上げを示唆するものになると、大きく下げることになりそうですが、

今まで通りの金融緩和を継続することを示唆するものになれば買い戻される場面も

ありそうです。

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(上はNY「金」市場の日足チャートです)






2014/8/19  インカ帝国滅亡に学ぶ  エッセイ

百円大福氏の「インカ帝国滅亡に学ぶ」のレポートですが、

中韓問題の今、参考にしたい考えです・

インカ帝国というのは、いまは南アメリカのペルーのあたりにあった、一大文明国でした。

最盛期には、80の民族と1600万人の人口をかかえていた。

巨大な石の建築物、カミソリの刃も通さないほど精巧に重ねられた石の加工技術、

黄金の仮面水晶のドクロ、土器や織物謎の高原都市

インカの遺跡は、ものすごく高度な統治システムと、進化した技術に彩られています。

ところが、それだけの巨大文明でありながら、いまでは、その歴史、伝統、

文化の一切は失われ、遺跡もただ「謎」です。

このインカ文明のおおもとにあたるアンデス文明は、

紀元前7500年ころまでに始まったとされています。

紀元前7500年といえば、日本では鹿児島沖でカルデラ大爆発が起こり、

遠洋漁業が始まった頃です。

アンデス文明を形成したインカの民は、男性の身長が平均1m57cm、

女性が1m45cmくらいのモンゴロイドです。

遺伝子的には、いまから1万8千年ほど前に、地球気温が急速に低下し、

北極圏、南極圏の氷が発達(年間平均気温で▲8度くらいだったそうです)。

これにより、海面がいまより140メートルほど下がり、シベリア、アリューシャン列島、

樺太、北海道、本州などがみんな陸続きになった。

このとき、バイカル湖のあたりにいたモンゴロイドが、一部は、中央アジアへ、

一部が太平洋を南下して日本へ、一部がアラスカを経由して北米へと流れ、

長い時間をかけて、南米にまで南下したといわれています。

この民族の特徴は、遺跡から武器が出土しないことです。

つまり、武器を持って人と争い、力で敵を征服するのではなく、

自然と共存し、武器を持たず、争いを避けて技術の進歩によって人々の幸せを図ろうとし、

太陽を信仰するという共通の特徴を持っている。

おそらく、こうしたことは、DNAのなせるわざなのではないかと思います。

しょせんは、ヒトも動物も哺乳類です。

犬が犬種ごとに、性格がまったく違うのと同様、人間も、人種ごとにその性格的特徴、

非常時の行動パターンなどがまるで異なる。

インカの民も、太陽を崇拝し、灌漑と台地栽培によって、農業生産しています。

そして、インカの遺跡からは、不思議なほど、武器が出てこない。

日本も、全国に数万カ所ある縄文時代の遺跡から、

現在に至るまでただの一度も対人用の武器が出土したことがないです。

さらに、ものの本によると、インカでは、

灌漑農業のために貴族が労働力を搾取していたなどと書かれているけれど、

これなど共産主義に洗脳されたプロパガンタです。

インカの遺跡をみると、神殿、民家、要塞、道路など、

きわめてすぐれた技術によって建設されていますが、こういうことは、

古来、上からの命令と奴隷のような隷従のもとでは、なかなかできるものではない。

人々が、むしろ喜びと未来への希望を持って力を合わせたときに、

はじめて高度な技術が誕生するし、それが民生用であれば、なおのこと大きな力となる。


インカの石造りの幹線道路など、北部のキトからチリ中部のタルカまで、

5230kmにも達しています。

その道路が、王侯貴族の栄華のためだけに築かれたとするのは、どうみても無理がある。

みんなが使い、みんなが大事にするから、道路が伸び、補修され、大事にされるのです。

それを言うと、だって万里の長城は、皇帝の権力で完成したのだ、

などという人もいます。しかし万里の長城が立派な城砦のような形状をしているのは、

ごく一部分でしかない。ほとんどは、単なる盛土が延々と伸びているだけです。

さらにいえば、馬族の侵入を防ぎ、農地を守ろうとすれば、

人々は長城を作ろうとする国家の指針に、進んで協力する。

その協力が、自らの家族や生命、財産を守るのに「必要な」行動だからです。

同様に、インカの道路も、王侯貴族が、彼女を連れて馬車で、

チョロチョロする程度なら、ほんの数キロの道で構いません。

5000キロもの長い距離の道路が完成し、かつ保持されたのには、

そこに一般の庶民の期待と協力とニーズがあったからと考えるのが自然です。

実際、この道路には、1トポ(約7km)毎に里程、

約19km毎にタンボ(宿駅)が、設置されているのです。

そこには、チャスキと呼ばれる飛脚が約8km毎に設置されていた。

どういうことかというと、タンボ間のリレー方式で、

1日に、なんと約240kmの情報伝達能力を持っていたのです。

こうした情報伝達を、軍事利用と想像するのは、結構なことです。

しかし、インカでは武器らしい武器が出土していない。

あることはあるけれど、それはオンダと呼ばれる携帯用の投石機です。

これは大型獣を倒す狩猟用のものであり、対人用の武器を目的としたものではない。

そうしてみると、オンダが生まれたのは、多くの人々の情報伝達のため、

つまり民生用と考えた方が自然です。

そもそも、なんでもかんでも古代は王侯貴族が大きな顔をし、

労働は奴隷にやらせていた社会などというのは、そういう社会体制を基礎とする西洋か、

日韓併合前の朝鮮くらいなものです。

一部の貴族だけが贅沢の限りを尽くし、一般の民衆が搾取される

(中世ヨーロッパや、李氏朝鮮では、平均寿命が24歳くらいだった)社会では、

文明はかならず停滞し、退廃する。

してみれば、インカは、すぐれた統治と豊かな民生のある武器を持たない文化が、

そこにあったと考えるのが自然です。

ところがインカは、それだけ発達した交通網や文化を持っていたことが、

結果として、文明を滅ぼしています。

どういうことかというと、スペインの掠奪者、フランシスコ・ピサロの一行が

やってきたのです。

武器を持たないインカの民に対し、ピサロは情け容赦なく銃をぶっ放し、

女を強姦し、黄金や貴金属、宝石などの富への略奪を重ねた。

そして和平を願って交渉にきたインカの王、アタワルパを逮捕し、

まる裸にして辱め、殺害し、ついには、わずか180名、

たった180名です。ただの180名の銃で、

1600万人の人口を持つインカの大帝国を滅ぼし、

その文明の痕跡さえも失うまでに、略奪の限りを尽くした。


人口のわずか0.001%です。

たったそれだけの数のスペインの乱暴者が、

1600万人の人口を持つ一国の文明を滅ぼし、富も、政治体制も、歴史も文化も、

そして言語までも破壊し、失わせた。

申し上げにくいことだけれど、いま、ペルーのインディオたちのDNAは、

100%インディオの純潔種というのは、いないそうです。

ほぼ100%の人が、スペイン人のDNAを持っている。

これがどういうことか、何を意味しているかは、ご想像におまかせします。

「武器を持たない文化」は、戦後の日本がそうであったように、

内政面で人々の平和をもたらし、話し合いと共存、民生技術の進歩等、

人々の生活を豊かにします。

なぜなら、対立したときの問題の解決に武器を用いることができない分、

発達した内政用の統治システムが必要となるからです。

インカの滅亡は、大切な事実を、私たちに語りかけてくれます。

それは、すぐれた内政統治システムも、歴史も伝統も文化も、

それを、ハナから相手にしない「武器を持った暴力的な外国人が来襲」には、

まったく無力である、ということです。

日本は、ポルトガル人が同じ時期に来ました。

ポルトガル人も、銃を持ってきた。

それを見た種子島の領主は、なんと現在のお金で銃一丁を5000万円という高値で、

二丁、買い取ります。

ポルトガル人にしてみれば、これは大儲けです。

彼らは、これはすごい商売になる!と、さっそく本国に帰って大量の銃を仕入れ、

船に積んでふたたび種子島に運び込みます。

ところが、船がやってきたときには、種子島では買い取った銃を分解し、

なんとポルトガル人の数十倍の火縄銃を、量産していた。

しかも、ポルトガル人の所持する銃よりもはるかに性能がいい。

だからポルトガル人は、日本を植民地にできなかったし、

日本文明を滅ぼすこともできなかったのです。

幕末も同じです。

黒船来航の何年かのちには、日本では、各藩が、それぞれに蒸気機関を開発。

軍艦まで買い取っていたし、日本中の武士たちが、

攘夷と称して刀を持って暴れまわっていた。

これでは欧米列強は容易に日本に上陸できません。

そうやって時間稼ぎが行われている間に、日本はどんどん国力をつけ、

明治政府が誕生する頃には、日本の保有する軍艦の数は、欧米から渡航してきている黒船を、

少なくとも数の上では圧倒するレベルにまで達していた。


広島と長崎に原爆が落とされたのは、

日本がその時点で核による反撃ができる可能性が皆無だったからだ、と

書かせていただきました。

現在でも、世界には、話し合いや和の心だけで平和的に物事を解決できるだけの

高度な世界的統治システムは完成していません。

誤解を恐れずに言うならば、世界は、いまだに法のない群雄割拠の時代にあるのです。

世界に向けて正義を実現できるのは、話し合いだけでなく、武力が背景にあるときだけです。

弱虫は、どんなに正しい理屈を垂れても馬鹿にされ、蹂躙されるだけなのです。

そしていまの日本は、あきらかに支那や朝鮮に馬鹿にされ、蹂躙されている。

この日本の現状を救い、本来の日本の歴史、伝統、文化を取り戻すためには、

私たち自身が、武力行使も辞せずという強い信念を持たなければならないといえるのか

もしれません。




タグ: インカ帝国

2014/8/19  インカ帝国滅亡に学ぶ  エッセイ

百円大福氏の「インカ帝国滅亡に学ぶ」のレポートですが、

中韓問題の今、参考にしたい考えです・

インカ帝国というのは、いまは南アメリカのペルーのあたりにあった、一大文明国でした。

最盛期には、80の民族と1600万人の人口をかかえていた。

巨大な石の建築物、カミソリの刃も通さないほど精巧に重ねられた石の加工技術、

黄金の仮面水晶のドクロ、土器や織物謎の高原都市

インカの遺跡は、ものすごく高度な統治システムと、進化した技術に彩られています。

ところが、それだけの巨大文明でありながら、いまでは、その歴史、伝統、

文化の一切は失われ、遺跡もただ「謎」です。

このインカ文明のおおもとにあたるアンデス文明は、

紀元前7500年ころまでに始まったとされています。

紀元前7500年といえば、日本では鹿児島沖でカルデラ大爆発が起こり、

遠洋漁業が始まった頃です。

アンデス文明を形成したインカの民は、男性の身長が平均1m57cm、

女性が1m45cmくらいのモンゴロイドです。

遺伝子的には、いまから1万8千年ほど前に、地球気温が急速に低下し、

北極圏、南極圏の氷が発達(年間平均気温で▲8度くらいだったそうです)。

これにより、海面がいまより140メートルほど下がり、シベリア、アリューシャン列島、

樺太、北海道、本州などがみんな陸続きになった。

このとき、バイカル湖のあたりにいたモンゴロイドが、一部は、中央アジアへ、

一部が太平洋を南下して日本へ、一部がアラスカを経由して北米へと流れ、

長い時間をかけて、南米にまで南下したといわれています。

この民族の特徴は、遺跡から武器が出土しないことです。

つまり、武器を持って人と争い、力で敵を征服するのではなく、

自然と共存し、武器を持たず、争いを避けて技術の進歩によって人々の幸せを図ろうとし、

太陽を信仰するという共通の特徴を持っている。

おそらく、こうしたことは、DNAのなせるわざなのではないかと思います。

しょせんは、ヒトも動物も哺乳類です。

犬が犬種ごとに、性格がまったく違うのと同様、人間も、人種ごとにその性格的特徴、

非常時の行動パターンなどがまるで異なる。

インカの民も、太陽を崇拝し、灌漑と台地栽培によって、農業生産しています。

そして、インカの遺跡からは、不思議なほど、武器が出てこない。

日本も、全国に数万カ所ある縄文時代の遺跡から、

現在に至るまでただの一度も対人用の武器が出土したことがないです。

さらに、ものの本によると、インカでは、

灌漑農業のために貴族が労働力を搾取していたなどと書かれているけれど、

これなど共産主義に洗脳されたプロパガンタです。

インカの遺跡をみると、神殿、民家、要塞、道路など、

きわめてすぐれた技術によって建設されていますが、こういうことは、

古来、上からの命令と奴隷のような隷従のもとでは、なかなかできるものではない。

人々が、むしろ喜びと未来への希望を持って力を合わせたときに、

はじめて高度な技術が誕生するし、それが民生用であれば、なおのこと大きな力となる。


インカの石造りの幹線道路など、北部のキトからチリ中部のタルカまで、

5230kmにも達しています。

その道路が、王侯貴族の栄華のためだけに築かれたとするのは、どうみても無理がある。

みんなが使い、みんなが大事にするから、道路が伸び、補修され、大事にされるのです。

それを言うと、だって万里の長城は、皇帝の権力で完成したのだ、

などという人もいます。しかし万里の長城が立派な城砦のような形状をしているのは、

ごく一部分でしかない。ほとんどは、単なる盛土が延々と伸びているだけです。

さらにいえば、馬族の侵入を防ぎ、農地を守ろうとすれば、

人々は長城を作ろうとする国家の指針に、進んで協力する。

その協力が、自らの家族や生命、財産を守るのに「必要な」行動だからです。

同様に、インカの道路も、王侯貴族が、彼女を連れて馬車で、

チョロチョロする程度なら、ほんの数キロの道で構いません。

5000キロもの長い距離の道路が完成し、かつ保持されたのには、

そこに一般の庶民の期待と協力とニーズがあったからと考えるのが自然です。

実際、この道路には、1トポ(約7km)毎に里程、

約19km毎にタンボ(宿駅)が、設置されているのです。

そこには、チャスキと呼ばれる飛脚が約8km毎に設置されていた。

どういうことかというと、タンボ間のリレー方式で、

1日に、なんと約240kmの情報伝達能力を持っていたのです。

こうした情報伝達を、軍事利用と想像するのは、結構なことです。

しかし、インカでは武器らしい武器が出土していない。

あることはあるけれど、それはオンダと呼ばれる携帯用の投石機です。

これは大型獣を倒す狩猟用のものであり、対人用の武器を目的としたものではない。

そうしてみると、オンダが生まれたのは、多くの人々の情報伝達のため、

つまり民生用と考えた方が自然です。

そもそも、なんでもかんでも古代は王侯貴族が大きな顔をし、

労働は奴隷にやらせていた社会などというのは、そういう社会体制を基礎とする西洋か、

日韓併合前の朝鮮くらいなものです。

一部の貴族だけが贅沢の限りを尽くし、一般の民衆が搾取される

(中世ヨーロッパや、李氏朝鮮では、平均寿命が24歳くらいだった)社会では、

文明はかならず停滞し、退廃する。

してみれば、インカは、すぐれた統治と豊かな民生のある武器を持たない文化が、

そこにあったと考えるのが自然です。

ところがインカは、それだけ発達した交通網や文化を持っていたことが、

結果として、文明を滅ぼしています。

どういうことかというと、スペインの掠奪者、フランシスコ・ピサロの一行が

やってきたのです。

武器を持たないインカの民に対し、ピサロは情け容赦なく銃をぶっ放し、

女を強姦し、黄金や貴金属、宝石などの富への略奪を重ねた。

そして和平を願って交渉にきたインカの王、アタワルパを逮捕し、

まる裸にして辱め、殺害し、ついには、わずか180名、

たった180名です。ただの180名の銃で、

1600万人の人口を持つインカの大帝国を滅ぼし、

その文明の痕跡さえも失うまでに、略奪の限りを尽くした。


人口のわずか0.001%です。

たったそれだけの数のスペインの乱暴者が、

1600万人の人口を持つ一国の文明を滅ぼし、富も、政治体制も、歴史も文化も、

そして言語までも破壊し、失わせた。

申し上げにくいことだけれど、いま、ペルーのインディオたちのDNAは、

100%インディオの純潔種というのは、いないそうです。

ほぼ100%の人が、スペイン人のDNAを持っている。

これがどういうことか、何を意味しているかは、ご想像におまかせします。

「武器を持たない文化」は、戦後の日本がそうであったように、

内政面で人々の平和をもたらし、話し合いと共存、民生技術の進歩等、

人々の生活を豊かにします。

なぜなら、対立したときの問題の解決に武器を用いることができない分、

発達した内政用の統治システムが必要となるからです。

インカの滅亡は、大切な事実を、私たちに語りかけてくれます。

それは、すぐれた内政統治システムも、歴史も伝統も文化も、

それを、ハナから相手にしない「武器を持った暴力的な外国人が来襲」には、

まったく無力である、ということです。

日本は、ポルトガル人が同じ時期に来ました。

ポルトガル人も、銃を持ってきた。

それを見た種子島の領主は、なんと現在のお金で銃一丁を5000万円という高値で、

二丁、買い取ります。

ポルトガル人にしてみれば、これは大儲けです。

彼らは、これはすごい商売になる!と、さっそく本国に帰って大量の銃を仕入れ、

船に積んでふたたび種子島に運び込みます。

ところが、船がやってきたときには、種子島では買い取った銃を分解し、

なんとポルトガル人の数十倍の火縄銃を、量産していた。

しかも、ポルトガル人の所持する銃よりもはるかに性能がいい。

だからポルトガル人は、日本を植民地にできなかったし、

日本文明を滅ぼすこともできなかったのです。

幕末も同じです。

黒船来航の何年かのちには、日本では、各藩が、それぞれに蒸気機関を開発。

軍艦まで買い取っていたし、日本中の武士たちが、

攘夷と称して刀を持って暴れまわっていた。

これでは欧米列強は容易に日本に上陸できません。

そうやって時間稼ぎが行われている間に、日本はどんどん国力をつけ、

明治政府が誕生する頃には、日本の保有する軍艦の数は、欧米から渡航してきている黒船を、

少なくとも数の上では圧倒するレベルにまで達していた。


広島と長崎に原爆が落とされたのは、

日本がその時点で核による反撃ができる可能性が皆無だったからだ、と

書かせていただきました。

現在でも、世界には、話し合いや和の心だけで平和的に物事を解決できるだけの

高度な世界的統治システムは完成していません。

誤解を恐れずに言うならば、世界は、いまだに法のない群雄割拠の時代にあるのです。

世界に向けて正義を実現できるのは、話し合いだけでなく、武力が背景にあるときだけです。

弱虫は、どんなに正しい理屈を垂れても馬鹿にされ、蹂躙されるだけなのです。

そしていまの日本は、あきらかに支那や朝鮮に馬鹿にされ、蹂躙されている。

この日本の現状を救い、本来の日本の歴史、伝統、文化を取り戻すためには、

私たち自身が、武力行使も辞せずという強い信念を持たなければならないといえるのか

もしれません。

2014/8/18  絶句(杜甫)  詩吟

夏休み最後の日の17日は船堀のタワーホールで詩吟の大会でした。

我々清風会が当番会で、プログラム作成などの準備から、大会の運営を会員一同で

分担し、出演の傍ら、頭と体を動かしてシナリオに沿って進行し、

出演者、見学者、お客様への「おもてなしの心」で最後の懇親会まで協力して頂きました。

8時半から12時間かけての大会でしたが、夏休み最後の一日の良い思い出です。

清風会からも独吟が11名、その他に白虎隊、母里太兵衛を詠った「名鎗日本号」、

平家滅亡の地となった「壇ノ浦を過ぐ」、「九段の桜」などを合吟で56名が参加しての

エベントとなりました。

小生は詩舞と吟詠で下記の絶句と題する杜甫の詩を詩舞の伴吟として袴を付けて吟じました。

 絶句  杜甫

江(こう)碧にして鳥愈よ白く 山青くし花燃えんと欲す

今春看す又過ぐ 何れの日か、是れ帰るの年

詩の大意・・杜甫が戦の世を逃れて成都にいた頃の作で、

揚子江の深緑で鳥はますます白く見え、山は新緑で花は燃えんばかりに真っ赤で、

今年の春もはや過ぎ去ろうとしている、戦後の混乱で故郷になかなか戻れない心境を、

五言の絶句で題も起承転結のそのものズバリの「絶句」としている。

絶句の詩作に定評のあった李白は「詩仙」と呼ばれ、

律詩を得意とされた杜甫は「詩聖」と称せられ、

杜甫の詩作は起句、承句に於いて自然の叙景を読み、

転句、結句に於いて、憂愁に満ちた我が身を振り返り望郷を詠うものが多い。

春望などが最も知られた律詩ですが、杜甫の詩は吟詠家にとっても

好きな詩が多く、李白と並び良く選ばれます。

詩吟人口も100万人は居ますから、彼の地の李白も杜甫も日中関係の険悪な時代に

多くの日本人が自分の詩歌が1200年も経た今でも、

詠われていることに驚き、喜んでいることでしょう。

何百年経っても、国や言葉が違っても、心を打つ詩文には国境も

イデオロギーの違いも歴史感の問題も関係なく、

心より尊敬もし、心より共鳴するものです。

2014/8/18  夏休み中の先週の「金」相場は若干の下落  仕事

夏休みを頂いておりました13日から15日の間は、

日本では殆どの業者が休みでしたが、

海外市場や東京工業品のマーケットはカレンダー通りに開いておりました。

NYを始めとする海外の市場は、この間1292ドルから1321ドルのレンジ幅の中、

1304ドル近辺で引け、週明けのGLOVEX先物市場では1300ドル近辺で推移しています。

また国内のグラム当たり取引の東京工業品の夜間取引を含む動きでは、

4285円から4330円のレンジ幅の中、4291円で、週明けは4270近辺で安く始まっています。

米経済指標の強弱を織り交ぜた発表に揺れながら、

ウクライナ・イラク紛争の地政学的リスクからの支援材料を受けながらも、

原油をはじめとする商品相場全体の弱さと、

中国・インドの実需の弱さから弱含む展開になり、

週末の下げを引き継いだ週明けの市場は売り先行で始まっています。

まだ夏休みをとっている市場関係者も国内外に多く、

薄商いの中を、米経済指標、ウクライナ、イラク情勢の展開を見ながらの展開が続きそうです。

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(上は東京工業品の日足チャートです)




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