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2015/8/31  方丈記  エッセイ

行く川の流れは絶えずして・・・で始まる方丈記の一説をは「平清盛」の時代に生きた

鴨長明(1155年から2116年)の有名な一節で枕草子に並ぶものとも評価されていますが、

神官としてそして後鳥羽院の和歌処として朝廷に上った鴨長明が

58歳から方丈(一坪四方)に籠り仕上げた世の無常観を綴ったものですが、

昨日は集団的自衛権法案反対のデモが昨日は300箇所で行われたようです。

戦争法案反対のうねりが、老若何女を越えて、国会周辺では12万人(主催者発表)集り、

ネットで動画を見ると、35年安保をも凌ぐ市民運動がうねっている。

先の訪米で国会の議論も承認も経ず、

約束してきて、無理やり通そうとする安部首相を止めさせようとの圧倒的な民意だ・・・。

鴨長明のこの一節を吟味し先人の歴史を学んでみる。

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方丈記より

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。

世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。

 たましきの都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争へる、高き、いやしき、人の住ひは、

世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ねれば、昔ありし家は稀(まれ)なり。

或は去年(こぞ)焼けて、今年作れり。

或は大家(おほいへ)亡びて小家(こいへ)となる。

住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、

いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。

朝(あした)に死に、夕(ゆふべ)に生くるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、何方へか去る。

また知らず、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。

その主と栖(すみか)と、無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず。

或は露落ちて花残れり。

残るといへども朝日に枯れぬ。

或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし。

 

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方丈記の前半は、中世的な無常観をもって、

長明が直接体験した五大災害(安元の大火・治承の辻風・福原遷都・養和の飢饉・

元暦の大地震)を描写、この世の無常とはかなさを実証している。

文面には取り上げれなかったが続く後半は、まず自身の家系、住環境について述べ、

続いて、出家遁世して住んだ大原山のこと、

日野に移り方丈の庵を築いてからの閑寂な生活を、仏道への心の傾斜を見せつつ描いている。

現代、この方丈記が脚光を浴びているそうで、この世の中で方丈記に書かれていることを

思い出してみようととの国民の良心なのだろうが、

世の権力を握っているとされる政治家や官僚・マスコミ・財界・米国大使館の責任ある立場に

いる人達にもこんな心を振り返ってもらいたいものですがね・・・。

歴史に名を残したいと思う安部晋三氏を、将来どのように歴史家が語るのだろうか。

最近のマスコミ、官僚機構に将来の教科書は、どのように書くのかな? 

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(現代語訳)
 
ゆく川の流れは絶えることがなく、しかもその水は前に見たもとの水ではない。

淀みに浮かぶ泡は、一方で消えたかと思うと一方で浮かび出て、

いつまでも同じ形でいる例はない。世の中に存在する人と、その住みかもまた同じだ。
 
玉を敷きつめたような都の中で、棟を並べ、屋根の高さを競っている、

身分の高い人や低い人の住まいは、時代を経てもなくならないもののようだが、

これはほんとうかと調べてみると、昔からあったままの家はむしろ稀だ。

あるものは去年焼けて今年作ったものだ。またあるものは大きな家が衰えて、

小さな家となっている。

住む人もこれと同じだ。

場所も変らず住む人も多いけれど、昔会った人は、二、三十人の中にわずかに一人か二人だ。

朝にどこかでだれかが死ぬかと思えば、

夕方にはどこかでだれかが生まれるというこの世のすがたは、ちょうど水の泡とよく似ている。

私にはわからない、いったい生まれ、死ぬ人は、どこからこの世に来て、どこへ去っていくのか。

またわからないのが、一時の仮の宿に過ぎない家を、だれのために苦労して造り、

何のために目先を楽しませて飾るのか。

その主人と住まいとが、無常の運命を争っているかのように滅びていくさまは、

いわば朝顔の花と、その花につく露との関係と変わらない。

あるときは露が落ちてしまっても花は咲き残る。残るといっても朝日のころには枯れてしまう。

あるときは花が先にしぼんで露はなお消えないでいる。

消えないといっても夕方を待つことはない。

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詩吟をやっている人は60代以上が多いので、何度も読み、文意を飲み込むうちに

多いに鴨長明の人生観に共感を得るところが多いに違いない。 

今週の詩吟教室の西浦和、上野、大網、茂原では方丈記をやる予定なのですが

果たして皆さんの反響はどうだろうか?










2015/8/30  海猫(ゴメ)鳴きて浜辺に秋の深まれり  日記

お天気の微妙な日曜日はゴルフに行くのを諦め、

小雨の海辺を愛犬「ハナ」と小一時間ほど歩きました。

8月最後の日曜日ですが、気温が低く遊泳禁止で、海水浴場も静かです。

海の家も最後の書き入れ時期が生憎のお天気で気の毒ですね。

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今夏は暑かった割には台風の余波の高波や後半の低気温で

海辺の商売も今一つだったでしょうかね?

短い夏の商売ですが天候に左右されますね。

浜辺に少ない家族連れもやや寒くなった夏の海を惜しんで居るような気がしますが

元気なのはいつものサーフアーです。

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九十九里の田園風景も稲刈りの済んだ田圃と、まだ黄金田のまま、

今週末はお天気が悪く稲刈りも進まなかったようですが、

幸い台風予報もないことから、これから進むでしょうね。

これからは、稲の切り株からヒツジが伸びて、青田のようになってゆきますね。

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会社も先週のJJFのジュエリーショーが終わり、

9月の香港ジュエリーショーに向けての準備に入りますね。

久しぶりに香港に「出かけてみようかな?


2015/8/29  「第6回日本芸能の集い」運営打ち合わせ会  日記

第5土曜日は大網地区の詩吟教室の教場長が集る「教場長会議」で

教室での指導方法の実践の研修会や教室運営の懇談会をやっているのですが、

今日は10月10日(土)に迫ってきた、「第6回日本芸能の集い」の

運営打ち合わせ会議を午前中行いました。

本番を迎える準備がほぼ出来上がり、これから仕上げに向けての練習に熱が入ります。

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午後からは文京区の日本吟道学院ホールで管理、事業、指導、広報の4本部役員の認証式があり、

実質的に公益社団法人「日本吟道学院」の運営を担っているスタッフ100名が集り、

これからの2年間の役員認証式と、懇親会が行われました。

小生は広報本部の広報を担当して「吟道誌」の出版、ホームページなど

インターネットの広報活動をしているのですが、

各本部役員の中にも、新しい人材が入り活気が溢れておりました。

何しろ趣味の会ですから、役員といっても全員が無報酬のボランティアです。

活動には交通費のみが支給されるだけですが、

そういったものに誠心誠意取り組む仲間たちと一緒に飲むお酒も美味しいものです。クリックすると元のサイズで表示します

2015/8/27  プラチナの反騰は本物か?  仕事

プラチナの反騰は本物か?

プラチナが底を打ったのだろうか?

年初1204ドルで始まったプラチナ相場は1000ドルを割り込み、

930ドルから990ドルのレンジ相場が続いていた。

「金」相場に連れ安、連れ高を繰り返している7月末以来続く900ドル台に沈んでいたが、

昨日のNY市場で耐久財消費指数が予想を上回る好数字で、

プラチナの約6割を占める工業用需要(自動車の触媒)への期待から

久々に「金」の下落を他所に反発に転じた。

また報道によれば、南ア政府が雇用政策の為に、プラチナをドル・「金」と同じように、

外貨準備の中に繰り入れる計画が浮上しているそうです。

南アフリカでは鉱業部門が国内総生産(GDP)の7%前後を占めていることに加えて、

プラチナ相場の急落によってプラチナ鉱山業界に人員削減(リストラ)の嵐が吹き荒れる中、

景気、雇用対策としてのプラチナ鉱山業界支援の必要性が高くなっていて、

このままプラチナ価格の低迷を放置しておくと、失業率の更なる増加、

そして政権批判の声も強まりかねず、プラチナ鉱山業界支援のとして、

南ア中央銀行によるプラチナ購入案が浮上してきたことから、

昨夜のNY市場で980ドル(5ドル高)、本日20時現在のGLOVEX先物は993ドルと

NYの引け値から13ドル上昇で推移しており、

東京工業品の夜間取引は為替120円09銭のやや円安も加味し、

3854円と昨日終値から76円上昇して推移している。

(上は2008年リーマンショック前からの月足チャートです)

プラチナはギリシャ経済の不安からEU圏の自動車需要、

とりわけデイーゼルカーの実需先行き懸念に加え、

中国の失速から中国の自動車需要、宝飾需要の減少が懸念材料として重くのしかかっており、

また地上在庫、とりわけスクラップからの二次供給の増加、買手の安値拾いの手控えなど、

弱い材料が多い中で続落してきており、今後の見通しも弱いのですが、

上掲の南ア政府による外貨準備高にプラチナが加わり、

政府が保有することになれば需給関係も改善され、

下げ過ぎからの戻り期待も膨らむのですが、

今週末から来週にかけての生産国南アの動向が注目されます。

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(上はNYプラチナの2009年からの日足チャートです)

国内のグラム建て価格は海外市場のドル建て価格に当日の為替を反映させた相場になりますが、

円安のなれば高くなり、円高になれば安くなりますので為替動向にも注目です。

因みに本日の水準での一円の変動はグラム当たり約32円幅の変動があります。

「金」・プラチナをお売りになる時は、業界屈指の高価買取価格の

メリンダ・ダイヤモンドにお任せ下さい


経験豊富な若手社員が明るく応対させて頂いております。

勿論、検査・送料などの手数料は一切無料です。

本日(27日)の弊社買取価格は

PT1000が3971円(前日比66円高)

PT900が3625円(前日比60円高)

PT850が3419円(前日比56円高)です。





2015/8/25  プログラム売買によるアルゴリズム取引で世界株価、為替は乱高下  時事

昨日は円・ドル相場が一日で6円もの円高に大きく振れました。

こんなに急激に動いたのは、2008年のリーマンショック時と同じ位の衝撃だったそうです。

この原因と考えられるのが、HFT(ハイ・フリークエンシー・トレード)と

呼ばれる超高速取引の存在だそうです。

HFTは1秒以下の超短時間の値動きを統計的に分析し、

市場をまたいで大量の取引を執行する。

例えば株価が大きく下がれば、

同時にリスク回避通貨の円買い注文を大量に出すといった取引をする。

株価や商品も同じように、様々なニュースや、政治家、政府高官、

FRB高官などの会見でもキーワオード一つを認識すると

コンピューターが高速売買の注文を出す。

昨夜(24日)のNY株式市場は、前日には895ドルの急落からアジア・欧州市場の急落を見て、

100分の1秒でも早く売り注文を集中的に出そうと高速度取引トレーダーたちが動き

一時1,000ドル安まで下落、自動的に多くの「損切り」注文が

実行され相場の振れを増幅させたのです。

この売りの連鎖で1000ドル以上下げたところで、

一部のアルゴリズム取引のコンピュータープログラムが、

割安感から「逆張り」の買い注文を発したので、相場は1000ドル近く急反発し、

その後も瞬間的に100ドル刻み程度の乱高下を繰り返し、前日比588ドル安で引けたのでした。

今朝方の東京外為市場でも118円台で動いていたドル・円相場は120円10銭を回復したあと、

12時半現在119円86銭近辺で推移しています。

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(世界株安を示すボード)

東証株価も朝方800円以上の下げから204円高の18,744円で前場取引が終了したが、

この間の値幅は1088円も動いているのは、

プログラム売買によるアルゴリズム取引のコンピュータープログラムですね。

これだけのリスク回避の動きの中で、NY「金」は1157ドル前後で、

「金」への逃避買い需要が起こっていないのは、原油、CRB商品指数の急落から

「金」の割高感と、株式その他の急落した損失を穴埋めするための「金」の売却などが

考えられます。

2015/8/24  秋蝉の切なき声となりにけり  日記

朝方から小寒いような涼しい日で、平日の月曜日だったけど近所の季美の森ゴルフ場の

オープンコンペに参加してきました。

家を出るのが8時45分ですから、いつもの会社へ出かける時間より遅いわけで

朝のうちにニュース配信などの仕事を片付け、スタート前に

「金」・プラチナの本日の買い取り価格もタブレットから更新をし、テイアップです。

オープンコンペは会員制クラブにはない、全くのビジター同士が組み合わせを作って

やるのですが、いつも此処のコンペは100人から200人近い参加者で人気があるようです。

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季美の森GCは各ホールの両側に住宅を配したアメリカンスタイルのゴルフコースで、

インターから5分のリッチで東京からも近いので人気のあるコースですね。

パートナーの一人は練馬から一人で電車を乗り継いで初参加の叔父さんは

昭和14年生まれだそうで、ネットで調べて一人で参加する方ですから

よく飛ぶし、お上手でぺリア方式のハーフコンペのハンディが2.4になってしまったほどの成績、

この御仁、言う事がいい・・・60の頃は65歳まではゴルフがしたいと

65才をお過ぎると70までやりたいと・・70を過ぎて75才まで遣りたいと思ってたら、

今は80才までやりたいと思っている・・・と、まさに鏡のような達人でした。

かくありたいものと思う一日で、今日も健康寿命を伸ばす為の一日でした。

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2015/8/23  稲刈るやお日様顔の二人かな  日記

秋刀魚が夕食に出てきました。

初物を大根オロシで頂きました。

まだ小ぶりで脂の乗りもいまひとつですが、縁起物を頂きました。

少し前までは一匹400円もしていたそうですが、168円だったそうで、

思い切って買ってきたと、カミサンが。

これから当分の間は秋刀魚を味わえますね。

子供の頃に岩手の大船渡に居たことがあり、

市場のコンクリートの上にボタ山のように秋刀魚が水揚げされて行くのを

釣に行っていて、毎日のように見ていたものでしたが、

当時はバケツ一杯いつも貰って帰ったものでした。

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さてこの週末の九十九稲刈り真っ盛りです。

大きなコンバインが見る間に田一枚づつ刈り取ってゆきます。

やはり収穫の喜びに溢れ、見ていて豊かな気持ちになりますね。

大概叔父さんが一人か、ご夫婦でコンバインとを操作し、

脱穀した米を軽トラに積み替えて持ってゆくようですね。

稲を刈って稲架を組んで稲を干す風景は殆ど見ませんね

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2015/8/21  別 詩 (范 雲 )  漢詩

漢詩を歌うたびに思うことは、やはり自分自身の琴線に触れる詩文に

出合った時ですが、中国梁 の時代400年代の詩人「 范 雲」の別詩も

そうした詩の一つです。


別 詩 (范 雲 )451 〜 503年

洛陽 城 の東 西 長 らく時 を経るの別 れを作 す

昔 去 るとき雪 花 の如 く今 来 るとき花 雪に似 たり


詩の心・・・・都洛陽の町で東と西に別れて以来、そのままになってしまっていたが、

その友をおもい懐かしむ詩です。

叙情と叙景が織り交じって、尽きせぬ思いが伝わってきます。

別れた昔は、雪が散る花のように美しく降っていたが

今ここでは、再び友に会えぬことを悼むかのように、

散る花もあの時の冷たい雪のように思われるのである。

日本吟道学院ではこの詩に小林旭のヒット曲になった

かの古賀政男さんが詩吟の節調こそ「日本人の琴線に最も響く」と言われたそうですが、

良い詩に巡り合い、それを声にして歌うときに自分の琴線に触れる喜びが詩吟の魅力でもある。


2015/8/18  木鶏に及ばず  エッセイ

木鶏に及ばず

木鶏(モッケイ)は中国の荘子に収められている故事に由来する言葉で、

木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさすのですが、

その逸話は

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昔、闘鶏を飼い育てる紀悄子という名人がいて、

王が献上された一羽の優れた鶏をこの名人に託した。

王が「もうぼつぼついいかな」・・・と尋ねると、

「まだいけません、今、カラ元気の最中です」

10日ばかりして再び聞くと

「まだまだ相手を見ると興奮します」

さらに10日ほどして、待ちかねた王が催促すると

「まだ、ダメです。相手に対して、カサにかかるところがあります」

又、10日ほど待って、しびれを切らした王が聞くと

「もういいでしょう、いくら挑戦してきても、一向に平気、

木彫りの鶏(木鶏)のようにその徳が完全なのです。

どんな相手も、みんな退却するでしょう」と言ったと言う。

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第三十五代横綱双葉山は安岡正篤先生に傾倒していたそうですが、

彼は当時前頭4枚目の安藝ノ海(後の三十七代横綱)に敗れて記録が

69連勝でストップした時、洋行中であった安岡先生に

「未だ木鶏に及ばず」と打電したという逸話があります。


安岡正篤↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E7%AF%A4

親しい友人で12年前になくなった業界新聞の社長さんI氏が「モッケイ二オヨバズ」を

上梓し、その1、2巻を頂いたことがあったが、あの達人から見れば、

さてさて、自分は今どの辺なのだろうか?

「相手を見ると興奮する」、「相手に対して、カサにかかる」・・・・。

いずれにしても生涯木鶏に及ばずなのだろう。

I氏は大正の生まれで、年は親子ほどの差があったが「ウマ」が合い、

I氏行きつけの日暮里下町の安いカラオケ屋で良く歌ったものだった。

詩吟もやり、「芳野懐古」の詩文が好きで得意にしていたものだ。

I氏を思い出し、氏の残した著書「モッケイ二オヨバズ」を思い出し読み返してみた。

I氏は人間偉いものにならなくても、「人をホッとさせるそういう人になりたい」・・・と

生前にお酒を飲むと言っていた。

あの温容な貌が忘れられない。

氏のライフワークとなった日本貴金属時計新聞には20年ほど前に

「モッケイ二オヨバズ」の連載記事が載っていた時期が在ったが、

I氏が元気だったら今の世相、今の貴金属業界を何と評すのかな?

晩年は癌と共存しながらも、いつも哲学問答のような手紙をくれたもので、

この方も自分の生き方に影響力を与えくれた人生の達人だった。































2015/8/16  「稲刈るや村一番の心意気」  日記

今朝のゴルフ場への道すがら房総横断道409号線の笠森観音の辺りで

今年初めての稲刈り風景を見かけました。

夫婦お二人で稲を刈り、そのまま脱穀をして作業がどんどん進んでゆきますね。

帰りに見ると大分刈り入れが進んでいました。

若い人が少ないのも日本の農業の縮図ですかね。

周りは黄金田ですから今週は稲刈りがどんどん進むでしょうね。

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今日のゴルフは気温が低いのを見越して行ったのですが、

日中は気温が高くなったようで、水分をこまめに取っていても

気持ちが悪くなるような暑さだった。

難行苦行のような夏のゴルフも健康寿命を延ばすため。

まだまだ10年はゴルフを楽しみに歩こうと思っている。

男性の健康寿命は74歳くらいだそうで、

健康で仕事もゴルフも詩吟も俳句も出来ることが、

この先長く続くことが大事なのだ。

切磋琢磨してゴルフをやる事にする。

明日から仕事も始まる皆元気で出社してきて欲しいものだ。



2015/8/15  「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」  エッセイ

夏休みお盆の15日ですが、土曜日なので、午前中大網、午後は茂原で詩吟教室があり、

この三伏の暑い中、恒例の「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」を吟じました。

武田信玄が禅に帰依し、その師「快川和尚」の恵林寺は武田家の菩提寺とも言われますが、

天正10年(1582年)4月3日織田と武田の戦によって

武田の残党がこの恵林寺に逃げ込んだとして、信長の息子織田信忠によって取り囲まれ

快川和尚は寺を頼って来たものは全て仏弟子として渡すわけにはまいらぬと断り、

火をかけれれ、快川紹喜以下、僧100名近くが業火の中、経を唱え、辞世の言葉を残して

生きながら刮然として焼死するのですが、その時快川和尚が唱えた

「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」という言葉が残っていますが、

詩吟の教室では猛暑の夏に、己を励ます意味に於いても、以下のこの詩を吟じます

夏日悟空上人の院に題すするの詩  杜荀鶴(とじゅんかく)

三伏門を閉じて披一衲を披く

兼ねて松竹の房廊を蔭う無し

安禅は必ずしも山水を須いず

心頭を滅得すれば 火も亦涼し
 

詩意)・・・炎暑三伏の候に寺門を閉じ、きちんと僧衣をまとって座禅する。

この寺院には松も竹もなく、従って、部屋や廊下を暑い日ざしからさえぎる何物もない。

安らかに座禅するには、必ずしも山水の地に出かける必要はない。

無念無想の境地に入れば、火中にあっても涼味を感ずるものだ。

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快川和尚の兄の子の朴蔵主はまだ子供なので、

快川和尚は「お前はここから脱して、私達の最後を後世に伝えなさい。」と命じます

その若い僧は後に末宗和尚となり、徳川家康からの寄進を受けて恵林寺を再建しています。

こうして恵林寺の「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」の名言が禅寺の遺喝として

今も伝えられているのかもしれません。

板垣退助が暗殺された時に「板垣死すとも自由は死なず・・・」といったのは

おそらく後世の創作されたものでしょうが、

心頭を滅却の話は焼死を免れた子供の僧たち、或いは取り囲んだ織田方の武将から

伝わっていったものでしょう。

猛暑の昨今、家の中でも暑いですが、この詩を思い出し吟ずることで

自身の心に喝を入れるものです。

しかしこの言葉は500年以上も前に唐の杜荀鶴(とじゅんかく)の言葉が

遣唐使によって伝えられ、書き写しを経て快川和尚も知っていたのですね。

松尾芭蕉も奥の細道平泉の一節で「杜甫」の「春望」の一節の

国敗れて山河あり 城春にして草木深し・・・を引用している。







2015/8/14  「海涼し水平線を見つめをり」  日記

今朝は3時半に起きて「全米プロ」を見てしまったので、

ゴルフに出かけるのはは止めて

海辺の散歩をたっぷり2時間。夏休みですから家族連れが多いですが、

波が高くウインドサーフアーにはいい波ですね。

夏休みも3日目、のんびりしましたね。

思いのほか暑さが気にならなくなったので、読書も昼寝も快調ですね。

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2015/8/13  「ミンミンの山ひたすらに歩くなり」  日記

暑さの中のゴルフを敬遠してましたが、

夏休みですから雨予報の中を出かけてきました。

ラッキーにも半分以上は曇り、晴れのラウンドで気温もいつもより低く、

15,000歩の快汗でした。

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280ヤードほども飛ばす若い方と一緒で力が入りますね。

自分の認識が何時になっても判っていても気持ちだけは若いものだ。

早く寝て明日も出かけようかな?

さて昨日8月12日は日航機が御巣鷹山に墜落事故を起こして、あれから30年目になるようです。

あの日は子供たちは盛岡の実家に里帰りしていて、

自分はラグビーチームの夏合宿に前日から新日鉄君津のグラウンドで汗を流していました。

コーチは後に早稲田ラグビー部の監督となった元オールジャパンの佐藤さんでした。

合宿から夕方当時の船橋市東中山の自宅に戻って、

テレビを付けたらこの事故の模様が映し出されていてビックリしながら、

一晩このニュースをみていてました。

この飛行機事故は500人以上の犠牲者がでた大惨事でしたが、

自衛隊機が誤爆をしたとか、米軍機が撃墜したとか、

その証拠隠滅のために自衛隊内部の沢山の隊員自殺者など

闇が深いようですね。

犠牲者やその遺族にとっては堪ったものではないのですがね・・・・。




タグ: 夏のゴルフ

2015/8/11  夏休み心うきうきしてゐたり  日記

明日から16日まで会社は夏休みです・・・・。

ゆったり気分の今宵は最近はまっているホッピイーをやってます・・・・。

畑の恵みの枝豆、トマトとポテトサラダが主食ですね・・・。

さて明日からの連休は健康増進の運動メニューの実践(真夏のゴルフですね)と

心身のオーバーホールと読書ですかね。

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2015/8/10  颯爽として輝いた大和撫子(ニューヨークの思い出)  エッセイ

颯爽として輝いた大和撫子(ニューヨークの思い出)

2009年6月に「NYの戦友逝く」でご紹介した

実質的なNY社長であったK女子はとても有能な人で、

高い教養と、育ちの良さを感じさせる大和撫子の気品と、

アメリカ人の旦那さんを持つ米国流合理的な思考を併せ持つ魅力的な人で、

取引先は勿論対外的にも信頼されておりました。

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日本にダイヤモンドが飛ぶように売れていた頃の1980年代始め、

ダイヤモンドの販売商品構成上、大粒ダイヤが豊富で、

小粒なポインターやフアンシーシェープ(変型)やテーパー、カレーなどの

ダイヤモンド・宝石リングの製品を造る材料となるダイヤの研磨石の

少ないNYの市場の限界を分析し、

いち早くイスラエルの進出を提案して、自らイスラエルの市場開拓に出かけ、

イスラエルメリンダの基礎を作ってくれました。

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仕事以外にも幅広い交際範囲を持っていましたが、

機知に富んだユダヤの小噺をいつも研究していて、

小生がNYへ来る度に「何か面白いネタ仕入れた?」と聞くと、

身振りそぶりで「間」をもった話し方で日本から来るバイヤーさん達にも

楽しそうに聞かせてくれました。

ハシデックのブローカー諸君ともジョーク・小噺の新ネタを話し合うのが、

お互い楽しそう・・。

日本人はカラオケで飲んで歌い、俳句や短歌、川柳などで自己表現をしますが、

ユダヤ人は他人に受けるネタを仕入れ、考え、それを発表する事に喜びを感じるそうで、

気の利いたジョークが話せる、小噺で人を惹きつけ魅了させることが、

その人のハイステージのような感じがありました。

出張に出かけるセールスマンは出張先でそのネタ仕込みと研究に余念がないと言う話も

小耳に挟んだ事がありました。

K女子のような若い小柄な日本人が

ユダヤ人の黒マントのハシデックやダイヤ業界の大所のオーナー社長と

ケンケンロウロウ(イエスorノー)とやり合って何十万ドル、何百万ドルのチェックを

切って渡り合い一歩も引かない姿は、

当時のNY47丁目でも語り草でしたから、まさに颯爽と輝く大和撫子でした。

ダイヤモンドビジネスの中では、マネートークという言葉があって

幾らの値段、支払いは?

今すぐのチェック(小切手)?

など現実的な一面と、ダイヤモンドの石そのものの評価による価格交渉力と

やはり、人を魅了するその人の雰囲気とがありますが、

K女子はそれらの能力、魅力が伴ってのスーパーバイヤーとして

今でもユダヤ人仲間の記憶に残っていることでしょう。

あちらの世界でも、巧みな小噺を考えてあちらの仲間を集めて話しているのだろうか?

夢の中でそんなストーリーが出てこないものかしらね?

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秋雲が立ちめっきり涼しくなった今宵はK女子の思い出に浸りながら

冷蔵庫に2ヶ月前に飲んで、そのまま忘れていた越後のお酒・中取り生貯蔵酒

「越の中川」を取り出してみた・・。

焼きナス、トマト、キュウリと畑の恵みを肴に今宵も一杯。

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