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2015/9/30  「爽やかや歩幅大きく歩きけり  日記

平日でしたがお付き合いで真名CCへ・・。

近いので9時前に家を出る、のんびりゴルフで朝方一仕事も出来ました。

フェアフエィの両側がメタセコイヤでセパレートされたホールもあり、

元が造園会社経営のゴルフ場だけに美しいコースです。

バックから打つと南総CCと変わらぬ距離があり、

饅頭型のツーグリーンで難しいタッチが要求されます。

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爽やかな秋晴れで、たまにはホームコース以外のゴルフ場もいいね・・。

健康寿命を延ばすにはゴルフが自分には一番良いのかもね・・。

週一回くらい廻れるといいね・・。

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タグ: 真名CC

2015/9/29  米利上げ観測からNY「金」は下落、1132ドル(14ドル安)  仕事

昨日の欧州時間から弱含みに推移していた「金」相場はNY時間に入り大きく下落しました。

きっかけはニューヨーク連銀のダドリー総裁が、

年内に利上げが実施されるとの見通しを再確認し、

10月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でも利上げ決定の可能性があることを示唆したことから、

また先週はイエレンFRB議長も同じ内容の発言を行っており、

16〜17日開催のFOMCが年内利上げは不可能との見方も広がり始める中、

1127ドルまで売られ、1132ドル(14ドル安)近辺でした。

FOMCの9月の会合での利上げ見送りは、

あくまでも国際情勢の不透明化に対応したものであり、

利上げ着手の流れは変わっていないことが、改めて認識されました。

これは当然に「金」価格に対してはネガティブな材料であり、

8月後半からの中国を端とする世界同時株安から安全資産として買われ

上昇した相場の修正局面に入っているのかもしれません。

またNY市場で119円台の円高となったことから、

東京工業品の「金」は10時半現在4359円(前日終値比62円安)で推移しています。

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(上は東京工業品の2015年6月からの日足チャートです)

中国経済の低迷、減速懸念から売られた8月末からの世界同時株安では

昨夜のNY市場は16,001ドル(312ドル安)、

今朝の東証株価は11時現在17,072円(572円安)と大きく下落して始まっている。

アジアの株価指数も軒並み安く、中国の経済指数の落ち込みから、

香港ハンセン指数は20,457(728安)と3.55%下落しいる。

10月の中国全人連で大きな経済対策が出てくるまで、世界の株価も安そうですね。

しかし、昔から相場は下がれば買われ、上がれば売られる流れですから、

投資家にとっては転換ポイントの勘所ですかね?

まあ素人は蚊帳の外で市場を眺めて、詳論家になっていた方が賢明ですね。

2015/9/28  名月や優勝マジック点灯す  日記

ヤクルトスワローズが、首位決戦の巨人戦を1勝1敗とし

マジック3が点灯しました。

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(昨日の巨人戦で投打に活躍の小さな大エース石川)

2年連続最下位のチームが、優勝まで残り3勝です。

子供の頃から鉄道員であった父の影響で、前身の国鉄スワローズのファンで

18歳で上京したときには産経新聞の販売店に住み込みだったのですが、

その時にはサンケイスワローズで産経新聞が経営を肩代わりしており、

そうしたこともあって、18歳ごろには神宮球場に足を運んだものでした。

その60年を万年Bクラスの弱いチームを応援してきたわけで、

お陰で思い通りにことが運ばない悔しさを子供の頃から味わい、

鍛えられたために、辛抱強い性格が出来たのかもしれない。

37年前の1978年に広岡監督の下で初優勝をしたのだが、

その年の9月にスワローズの優勝を見届けることなく、父が亡くなり残念に思ったものだ。

その後は又低迷したが、1990年代は野村監督の下、何度か優勝をし黄金時代だったが、

2001年に若松監督で優勝して以来は低迷期に入り、

今期の真中新監督の下で優勝にリーチが掛かり、14年ぶりの美酒が目前だ・・。

今夜は神宮で中日戦、明日は広島戦,明後日は阪神戦でほぼ決着が付きそうだが、

今シーズンは何度か通った神宮で、優勝をこの眼で見届けたいが、

もうチッケとが満員で取れない。

家でテレビ観戦になりそうだが、

巨人、阪神、広島フアンのお友達にはすまないが、

お陰で焼酎を片手に美酒に酔ういいシーズンとなった。


2015/9/26  日本芸能の集いリハーサル  日記

10/10の日本芸能の集いまで残り2週間になりました。

昨日は横浜教室、

今日は大網地区5教室のの合同練習も仕上げの時期の頃で熱が入ります・・。

女子の大合吟は「母恋唄」、男子は「吉田松陰作の「辞世」です・・・。

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その他女子は「故郷」、「荒城月夜の曲」、「田原坂」、「娑婆唄」を

グループに分かれて詩舞を交えて吟じ、

男子は「名鎗日本号」、「壁に題す」、「京都東山」、「金州城」、「焦心録後に題す」を

剣詩舞、槍を交えて吟じます。

80歳以上の男子は「長寿吟」、女子は「天寿の花」を吟じます。

男子は着物袴で吟じるので、延べ40名が袴の着替えに、

着付けが大変で、4人の女子がその大変な役割を分担して頂くことになっている。

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日本芸能の集いは清風会の剣詩舞入りの詩吟のほかに

坂東流京弘女の会、津軽三味線まさあき会、民踊の咲雀会、越中おわら愛好会、

新舞踊の音芽会、花水木流清若会、若竹の会、尺八の松英会とのコラボレーションで

行います。

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それぞれの会は伝統あるプロ集団ですから、清風会の詩吟も熱が入るわけです。

運営は企画立案から、当日の舞台進行、音響、照明とも清風会のスタッフが分担して行います。


2015/9/23  今夜10時半、日本VSスコットランドのキックオフ  日記

今夜10時半、日本VSスコットランドのキックオフが

待ち遠しいですね・・。

以前のワールドカップでは2戦とも負けているけど、

南アを下した勢いで勝って欲しいですね・・・・

先発のウイング福岡、ハーフ田中、主将のマイケル・リーチ、

五郎丸のキック、他全員に注目、試合前の調整も順調のようだ・・。

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連日の新聞、テレビでラグビーが取り上げられて、

ラグビーを知らない人も、ラグビーを話題にしている。

昨夜のNHKアスリート魂ではキッカーの五郎丸選手が取り上げられていました。

子供達の憧れになって、将来はスポーツ選手に・・・。

五郎丸選手のようになりたいと、少年ラグビーを始める子供たちも増えると嬉しいなあ・・。

4年後の東京オリンピックでは7人制ラグビーが正式種目なので、

これから盛り上がってゆくだろうね・・。

今夜の試合は是非とも勝ちたいね・・・。

2015/9/22  曼珠沙華頭巾新たに六地蔵  日記

里山の畦道に川土手に畑中に曼珠沙華の咲く好時節の

シルバーウイークは出来るだけゴルフをしたい思ってましたが、

好天に恵まれ、連休二回目のゴルフを若いお二人との組み合わせで楽しいひと時でした。

お二人小学校からの同級生だそうで50歳を過ぎて、共に地元に住み

竹馬の友と50を過ぎても共にゴルフを一緒に楽しむお二人は羨ましくもありでしたね・・・。

自分は一昨日も来てましたよと言うと・・・たいした馬力ですね・・・・と

敬意を表していただきましたが、68歳は年寄りに思えるのでしょうねね?

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しかし健康寿命を伸ばし、美味しいお酒を飲むにはゴルフと仕事が一番だと

思ってますがね・・・。

連休最終日の明日は九十九里を南下し大原の裸祭りを見にドライブしようかな。

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(汐踏みの佳境に入る裸神輿)

2015/9/20  ジャパンラグビー歴史的勝利  日記

ジャパンラグビーが快挙です。

世界ランク3位の南アに歴史的勝利です。

夜中の12時半の起きて3時までテレビで応援してましたが、

低いタックルから素早く起きて又タックルに行く15人の侍ジャパンに涙が出るほど感動して

見ていました。

32対29のリードを許して迎えた残り2分、相手ゴール前で得たぺナルテイで

敢て同点ゴールを狙わず、スクラムを選択して連続してボールを出して攻め、

ついに左へ展開してウイングが逆転のトライ・・。

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見ていて感動で体が震えました。

ワンフォーオール🏃オールフォーワンのラグビーの原点を見るようでした。

20年まえの南ア開催のワールドカップでニュージーーランドに145点も取られて惨敗をした

昔を覚えているので、ラグビーファンには感動もひとしおです。

テレビニュースも大金星のジャパンラグビー一色ですね・・・。

ラグビー人気に繋がって行くといいね・・・。

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2015/9/19  バレンテイン復帰一号  日記

明日から大型連休ですが、神宮ではペナントを左右する大一番の巨人戦を

ネット裏から天敵マイコラスを打ち崩せるか、小川が巨人打線を封じ込めるか

興味深く見ていました。

ビールを飲みたいのですが、満員の座席の真ん中に入ってしまって、

トイレに立つのが大変なので、手元のビールも飲まずひたすらの観戦でした。

復帰のバレンティンもヒットを打ち、6回には待望のホームランが出て、

まさか入るかの打球がライトスタンドへ・・・。

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この調子では毎試合一本はホームランが出るかな?・・・・と

負け試合に光明ありでしたね。

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2015/9/18  チリ沖地震津波  日記

チリ沖でM8.3の地震が発生し、一昼夜かけて、今朝方太平洋岸に押し寄せてきました。

九十九里の大網白里海岸にも未明から津波に警戒して「海、河口に近寄らないように」と

防災放送が繰り返し流れていました。

我が家は海から7キロ近く離れているので、平坦な浜辺とはいえ全く安全なのですが、

1960年に同じチリ沖地震津波が三陸海岸を一昼夜後に襲い、大きな被害が出た大船渡に

中学3年生のときに翌年転校したのですが、

その当時の漁師町の下船渡の同級生の話を今でも覚えているのですが、

未明に大船渡湾の潮が引いて海底が見えたそうで、

高波が来るのではと心配したそうですが、前触れの地震もなく不思議だと海を見てたら

黒い波が一線をなして襲ってきたのだそうです。

1960年ですから当時は携帯も、デジカメもなく、映像は残ってないのですが、

大型タンカーも寄港する港ですからかなり水深は深いのですが、海底が見えて歩けたそうです。

津波は押し寄せてくる波よりも、引く波の方が力が強く、

押し倒す力より引き倒す力が強いのだそうで、当時の大船渡市では53名の犠牲者が出たそうで、

転校していった中学では同級生の一人が犠牲になられたそうでした。

鉄道員の父の転勤で大船渡に行ったのですが、駅舎も鉄道宿舎も津波で流され、

新しい駅舎で、自分たちの住む宿舎も新しい建物で3メートルほどブロックを積み上げて

一階を高くしていました。

町の至るところには「災害は忘れた頃にやってくる」・・と横断垂れ幕があったのを

記憶している。

明治29年と昭和8年に三陸津波が記録されており、

たまたま自分の母親は昭和8年の津波を大船渡で夜中に避難した経験があったそうで、

夢中で逃げたら何故か枕を持っていた話などを聞かされていました。

その後の1960年のチリ沖地震津波、そして2011年の3.11東北大震災と

大船渡の町は大きな被害を受けたのです。

先日高校の卒後50年同窓会に出かけた折に、

同じ高校へ行った大船渡中学時代の同級生とも会い、

大船渡の様子を聞いたりしましたが、まだ鉄道は陸前高田までしか通ってなく

その先をバスで大船渡まで一時間ほどですが、

町は復興途上だそうで、当時一年間しか居なかった自分のことを

大勢の同級生は覚えているそうで、嬉しいことを聞かされましたが、

ふと、チリ地震津波で50年以上前のことを思い出したりしています。

いつか大船渡を訪れ、昔の同級生と話合いたいものだ・・・。

2015/9/15  神宮球場のビール  日記

プロ野球ペナントレースも終盤ですね。

ヤクルトスワローズも14年ぶりに優勝を目指して選手層の薄いなか頑張ってます。

今夜はネット裏から館山と三浦の両ベテラン投手の投球術を自分なりに攻め方を推理しながら

レジェンドの球筋を見てきました。

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浜の番町も130キロ前後の球を低めに集めてのボールの出し入れは流石だね・・。

まだまだやれそうだね。

館山は数回の手術を経て、完全復活だね。

残りの試合もエースとして活躍してくれそう。

しかし首位の勢いですね・・・。

オンドルセフ、バーネットの好投、女房中村のサヨナラヒット、

優勝へまっしぐらの神宮球場。ビールが美味かったね。


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試合が9時前に終わって余裕をもって九十九里まで帰れました。

まさに忙中の閑・・・東京音頭を大声で歌ってきました。

2015/9/14  重陽の節句  漢詩

重陽とは五節句の一つで、9月9日のことで、

旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句とも呼ばれ、邪気をはらい

小高い山に登って豊作を祝い、宴を催す習慣があったと言う・・・

平安の貴族もこれに習いさまざまな宴を催したのだそうです。

九十九里地方も稲刈りが大分済み、収穫の秋の豊かな里の雰囲気があります。


重陽後一日とされる「九月十日」は、詩吟のまず第一歩、

「菅原道真」の詩文を思い出され、それぞれの詩吟教室では道真の詩を吟じます。

845年から903年の人ですから平安の時代、

宇多天皇の時代から信任の厚かった菅原道真は醍醐天皇の右大臣として権勢を誇っていた。

重陽後一日の九月十日、清涼殿では醍醐天皇の主催する詩を作る宴が開かれていた。

その時の醍醐天皇の出された[題」は「秋思」・・・。

居並ぶ重臣が日がな一日、詩を作り、それを発表して一日を送る優雅な貴族文化だった・・。

そこで作った道真の[秋思」の詩に醍醐天皇は痛く感動し、

ご自身の召されていた衣を脱いで道真に褒美として下されたという。


    秋思 菅原道真

  丞相年を度って幾度か楽思す 今宵物に触れて自然に悲し 

  声は寒し絡緯風吹くの処 葉は落つ梧桐雨打つの時 

  君春秋に富み臣漸く老ゆ 恩に涯無く報猶お遅し知らず  

  此の意何かに安慰せん 酒を飲み琴を聴き又詩を詠ず

詩の心・・・自分は多年のわたり、天皇の御恩を授かり、

お蔭でもって、幸運な生活を送ることができた。

今宵は、秋の風に触れ、感傷的になり、悲しくなってきました。

虫の声は寒々としており、吹き渡る風の中に、桐の葉に雨が落ちる音が聞こえ、

それが益々、孤独感を強めていきます。

天皇は、まだ若く、これからの未来に楽しみもいっぱいあろうかと思いますが、

臣である私共は、既に老境を越えるところにあります。

それゆえ、陛下へのご恩に対して報いるには、時間がないことを悲しみます。

このようなどうしようもない状況で、自分の心を慰める術が見当たりません。

せいぜい、酒を飲み、琴を聴き、詩を詠じて、気を紛らわすしかない状況です。

私が十分にご奉公できないことをお許しください・・と道真の素直な心境を詩に託したもの。

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今の社会と変わらないような、同僚のねたみ、嫉みから、道真は天皇に左遷され

九州大宰府に流され、門を一歩も出ることなく蟄居の暮らしの中、

悲嘆のうちに2年後になくなるのですが、その後の都で道真を陥れた左大臣藤原時平親子、

天皇一家が非業の死を遂げ、清涼殿に雷が落ちたり、都には疫病が流行り・・・

道真の祟りと怖れられ、道真の霊を慰めるために天満宮がもうけられ、

代々の学問所の出身である道真を学問の神様として祀り、

全国に天満宮が出来たという。(近くにも湯島天満宮があります)

さて、道真の左遷の理由ですが

「醍醐天皇を廃して、道真の娘が嫁いだ斎世親王(醍醐天皇の弟)の擁立を企てている」

というもので、道真には一言の弁解も許されなかったというのが、通説のようです。

そして、大宰府に流された道真が一年後に作った詩とされるのが

詩吟の最初の頁に出てくる「九月十日」である


      九月十日 菅原道真

   去年の今夜清涼に待す 秋思の詩編独り断腸 
   

   恩賜の御衣今此に在り 捧持して毎日余香を拝す


詩の心・・・思えば昨年の今夜、重陽後の宴に召され、

清涼殿で陛下のおそばに侍べっていた。

秋思の題を賜り、諸臣それぞれ詩を作ったが、

ひとり自分の詩だけが悲しみに満ちたものになってしまった。

しかるに、陛下は大層おほめになり、御手みずから御衣をぬいで賜った。

それをいまも大切に持参している。

毎日その御衣を捧げては、その移り香を拝しているのである。

冤罪にてこうして太宰府に流されているのに、少しも君を怨むことはない。

こうして道真は一歩も門を出ることなく、大宰府にて亡くなるのですが、

千載の後まで道真の詩は語り継がれ、吟じられ学問の神様と崇められています。

重陽の頃になると朝晩の涼しさが感じられて、秋の深まりを覚えます。


2015/9/12  秋高し貸し借りの無き友の居て  日記

日本芸能の集いまで、残り一ヶ月、大網地区5教室の合同練習です・・・。

進行シナリオも出来上がり、会員の行動予定表も出来ました。

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参加団体や知人への案内も済み、広告媒体の段取りも終わり、

会場の東金文化会館との打ち合わせも終了し、本番を待つばかりで

練習に熱が入りますが、まだまだ納得の行くところまでは精度が上ってこないかな?

途中「河内男節」のお面踊りの息抜きも・・・。

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2015/9/9  「虫の夜に時計の位置を直しけり」  日記

大雨の一日で、豊春教室は予定通りに、やるのかどうかを事前に確認したところ

教場長、幹事さんとも大丈夫ですね・・・・というわけで春日部に出かけたけど、

駅までの車で送迎してもらいましたが、5mも歩けばびしょ濡れの

土砂降りでしたが、10人全員が揃ってサムエル・ウルマンの「青春抄」、

頼山陽の「述懐」を皆で吟じてきました。

大雨で電車の不通を心配して帰り道は寄り道もせず真っ直ぐに帰ったけど

家に戻った8時過ぎには雨も上がり

虫の夜となりましたが、明日もまた一日雨予報ですね。

2015/9/7  「我も古希君も古希なり豊の秋」  日記

昨日岩手県立一関一校卒業50年古希を祝う集い」に出かけてきました

50年ぶりに会う人たちが殆どで、

なかなか名前と顔が一致しませんでしやが、次第に名簿を頼りに昔の記憶が

蘇ってきて、昔の思い出話に花が咲く。

300余名の同級生のうち、元気な100名の仲間が全国各地から一関市厳美渓の

「いつくし園」に集った。

気持ちは18歳のままで、当時の思い出を語り合った楽しい一夜だった。

同じ時代を共有した戦友のようなもので、お互いに70年の歴史を刻んでいる訳で

頑張って生きてこられたお互いの姿に、大いに元気を分かち合ったものです。

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2015/9/5  サムエル・ウルマン  エッセイ

サムエル・ウルマンの青春(youth)には己を勇気付ける、人を元気にする詩です。

青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心 

安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ 

年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる 

歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ

苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の

如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう

年は70であろうと16であろうと、

その胸中に抱き得るものは何か

曰く「驚異への愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる 

事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く 

求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる 

人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる

希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大そして

偉力と霊感を受ける限り、人の若さは失われない
 
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽い 

つくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ 

人は全てに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる

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サミュエル・ウルマン  

1840年ドイツ南部に生まれ(ユダヤ人)、1851年11歳の時に米国に移住1860年、

20歳で南軍に入隊し、1861年南北戦争勃発いらい1865年南軍が降伏するまでの間、

二回負傷し左耳の聴覚を失いました。

同時期、25歳の彼はニューオルリンズでビズネスの傍ら慈善活動に従事しました。

以後、バーミンガムに移り金物店を経営するとともに、教育委員となり、

又ユダヤ教寺院の創設に尽力しました。

1901年、61歳のとき彼の名前を冠した学校を設立し、

現在でもアラバマ大学の一部として存続されています。

1924年バーミンガムで永眠しました。

享年84歳。生涯にわたり敬虔なユダヤ教徒でありました。

1920年、80歳の誕生日を記念して詩集「80年の歳月の頂から」

(From the Summit of years,Four Score)が家族や知人によって編集され、

1922年、私家版として出版されました。

その詩集の巻頭を飾ったのが「Youth」=「青春とは」で、ウルマン78歳の時の詩です。

詩吟教室ではこの長い詩を以下のように要点を凝縮して2分内外で吟じている。


 青春抄 サムエル・ウルマン

青春とは人生のある期間ではなく

心の持ち方をいう

逞しき意思 燃える情熱 これを青春と言う

年を重ねても人は老いない

理想を失う時に老いが来る

人は希望と共に若く

九十だろうと百歳だろうと青春にして已まん


今日は午前は大網教室で、午後は茂原教室でこの詩を皆で高らかに吟じました。





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