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2015/12/31  年の湯に楽しきことを振り返り  日記

2015年も残り一時間で暮れますね。

今年も怪我も病気もなく無難に過ごせましたが、

4年かも同居していた義父が98歳で逝き、暮れ正月は喪中なので

30、31日とNHKのマッサン、あさが来たの一挙放送を見て、

芹沢光治良の「神と人間」全8巻を読み始めてが、まだ2巻目までです・・。 

20代の頃、芹沢光治良の大河小説「人間の運命」全10巻を読んで

大きな影響を受けたものでした・・。

古希を迎えて「神と人間」全8巻をじっくり読んでみます。

会社もまずまず44年目を無難に無事是名馬としましょうか。

詩吟の会も益々盛んで今年は合吟コンクールで女子チームが全国優勝を果たすなど

輝かしい成績も収めたり、秋には日本芸能の集いの開催、熱川旅行など稔多き年でした。

日曜日は出来るだけゴルフをして、歩こうと思ってましたが、

年間20ラウンド位だったでしょうか。

腰椎のヘルニア克服の為にも年間40ラウンドほどは歩きたいことと、

日々一万歩を地道に歩きたいものです。

明くる年も元気で過ごしたいものですね

皆様どうぞ良い年をお迎え下さい。


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2015/12/31  2015年の「金」は3年連続の下落でした。  仕事

2015年のNY「金」相場は1189ドル(1/2 )から1060.9ドル(1/30)と

128ドル(10.7%)下落し21013年から3年連続の下落でした。

今年の最高値は1307.8ドル(1/22)、最安値は1,045.ドル(12/3)でした。

米国の金利引き上げ着手の方向性を織り込む形でダウントレンドを形成しながら

2月のFOMCで利上げが決定され、今後は来年以降の金利の引き上げ幅と、

その回数を織り込む相場になっている。

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(上は2014年7月からのNY金の週足チャートです)

長期トレンドで見てみると、2001年から2012年にかけて12年連続の上昇相場となった後、

それから3年連続の下落相場となっている。

1999年7月の253.20ドルをボトムに11年9月の1923.70ドルまで

累計で1670.50ドルの上昇となったが、

そのピークから今年最安値の1045.40ドルまでの下落幅は累計878.30ドルであり、

13年分の上昇を5年間で半分相殺した相場になっています。

一方東京工業品のグラム建て価格は4603円(1/5)から

4142円(1/30)で461円(10%)の下落です。

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為替は119円85銭(1/2)で始まり、120円40銭(12/31)と僅かに55銭の円安。

最安値は125円85銭(6/1),最安値は116円17銭(8/24)でした。

現在の「金」価格と、120円近辺の為替で計算すると1円の為替の変動はグラム当たり約34円。

円高になれば安くなり、円安になれば高くなります。


2015/12/30  天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも  詩吟

奈良時代に遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂(698年唐70年)

(百人一首では安倍仲麿と名が残っている)

仲麻呂と言えば以下の歌が良く知られている。

天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも

大空をはるかにふり仰いでみると、月がさしのぼって来たが、

この月はむかし日本にいたころ]故郷の春日にある三笠の山にのぼったあの月なのだなあ。

遣唐使藤原清河に従って帰国しようとして、明洲の海辺で、

折からの満月を異郷の空に眺め、望郷の情を詠んだ歌とも言われている

歌の注釈には「もろこしにて月を見てよみける 安倍仲麿」とあるそうだ・・。

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718年、20歳の時に遣唐使(留学生)として唐に渡り、科挙に合格して唐朝の官吏となった。

玄宗皇帝のもと従三品の高位に至り、李白・王維らと交流して文人としても名を成す。

753年に帰国を許され、友人王維らとの別れを惜しむ宴の後、仲麻呂は長安を発ちました。

長江を下り、蘇州あたりでいよいよ出帆という時に仲麻呂が詠んだのが、

上掲の百人一首の中にあるあの歌でした
  
人生の大半を中国で暮らした仲麻呂でしたが、その時の思いを詠んだのは、

漢詩ではなく和歌だったのも、仲麻呂の望郷の念の深さを思わせます。

しかし帰国の途につくものの、暴風に遭って安南(今のベトナム)に漂着し、

又長安の戻り玄宗皇帝に仕え、あの安禄山の乱(755年〜763年)の後、

帰国を果せぬまま唐に五十余年、唐の国に骨を埋めた。

     奈良・・三笠山クリックすると元のサイズで表示します

仲麻呂と親交のあった李白は仲麻呂(中国名「朝衡」・・「晁卿衡」とも言う)の

遭難を知り彼を悼む惜別の詩を残している。

    晁卿衡を哭す  李白

 日本の晁卿帝都を辞し 征帆一片蓬壺を遶る

 明月帰らず碧海に沈み 白雲愁色蒼梧に満つ


(帝都=長安のこと)

(蓬壺=海上の神仙の島々)

(蒼梧=中国東南の海岸地帯をさす

仲麻呂と同い年の友人李白は仲麻呂を「明月」にたとえています。

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唐時代には外国からの留学生を受け入れていた大国であったに違いない、

当時の日本から見れば唐は憧れの国であり、小野妹子からの遣隋使、遣唐使として

渡り、彼等が日本へ帰って、唐の文化・書物や政治・経済や食物の諸制度を持ち帰り

彼等は当時の官僚機構の中では重要な位置を占め、日本国のリーダーであったのだ。

しかし当時の舟で大海を渡り、また戻ってくる事も大変な事であり、

幾多の遭難によって有意な人材を失ったものとも思われる。

又当時、隋・唐に渡った若者も言葉で苦労し、望郷の念に駆られたことは容易に想像できる

因みに当時の日本の人口は500万人程度と推定されているが、勇気ある若者は居たのだ。



2015/12/28  呪いのダイヤモンド伝説  宝石ジュエリー

スミソニアン博物館に展示されている、ホープダイヤモンドのことについて

権力と富の象徴として人の手を渡った、その呪われたダイヤモンドを取り巻く歴史について・。

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(フレンチブルーの当初のダイヤ)

このダイヤモンドが発見されたのは数百年も前の1600年代だそうです。

当時、ダイヤモンドの産地として有名だったインド南部のコラールという町で、

農夫が発見しました。

それから間もなくペルシア軍がその地に侵入してきて、農夫を殺しその石を持ち去ります。

ペルシア軍の司令官はその青いダイヤモンドを国王に献上し、

その後、その司令官は息子の失敗を取らされ死刑になり、

国王も臣下の謀反で殺されてしまいました。

そして17世紀。

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フランスの業商人、ジャン・バティスト・タヴェルニエがインドの寺院に祀られていた

ラマ・シタという神像の眼からそれをくり抜いて盗み取りました。

タヴェルニエは帰国するとルイ14世に売り、男爵の位を授けられます。

しかしその後ダヴェルニエは、息子が投資に失敗し全財産を失い、

野犬の群れに殺され変死体で発見されました。

ダイヤを買ったルイ14世は天然痘で死に、 それを受け継いだルイ16世と

王妃マリー・アントワネットはフランス革命でギロチンで処刑されました。

クリックすると元のサイズで表示しますマリー・アントワネット

フランス革命後、新政府に保管されていましたが、1972年に再び盗まれてしまいます。

持ち主が何度変わっても、呪いが終わることはありませんでした。

盗まれた青いダイヤはアムステルダムの宝石師のところへ。

その宝石師の息子が密かにそのダイヤモンドを盗み出しそのショックのあまり

宝石師は死んでしまいます。

息子も盗んだダイヤモンドで大金を手に入れますが、すぐに使い果たし自殺・・・。

1830年頃、このダイヤモンドはロンドンで競売に出され、

呪いの噂は誰もが知ってはいましたが、

ダイヤの価値はもちろん数々の伝説から誰もが手に入れたがりました。

ブルーダイヤを競り落としたのは、実業家のヘンリー・フィリップ・ホープでした。

彼は、オークションでホープを手に入れた時が人生の絶頂期で、

それからは坂道を転がるかのように多くの不幸に見舞われました。

ホープはダイヤを買った数年後に破産、ホープも死亡しました。

しかし、一族はこのダイヤを手放さず、ホープ家は4代に渡ってダイヤを所有、

そして富豪だった一族は地に落ちました。

そしてこのダイヤは、呪いのホープダイヤモンドと呼ばれるようになるのです。

この後、ホープダイヤモンドはしばらく人々の手を転々とします。

フランスの宝石ブローカーは、気が狂って自殺し、

パリの女優ラドル嬢は舞台上で愛人のロシア人に射殺され、

その愛人も革命家に殺されてしまいました。

トルコのスルタンは革命によって王位を追われ、

ギリシアの宝石ブローカーは妻子と一緒に自動車で崖から転落死。

あの有名なマリリン・モンローも、主演映画の中で、本物のホープダイヤを身につけました。

彼女の変死も周知の事実です。

そしてホープダイヤモンドはピエール・カルティア氏の手によってマクリーン夫人の元に。

クリックすると元のサイズで表示します(マクリーン夫人)

カルティア氏はマクリーン夫人にホープダイヤモンドの不幸な呪われた歴史を話すと、

興味を持ったマクリーン夫人は、

ホープダイヤモンドを見せられるとすぐにそれを購入しました。

アメリカで出版業を営む大富豪の息子マクリーン氏の夫人は鉱山業者の大富豪の娘でした。

そして夫人はホープダイヤモンドを牧師のところに持って行き、

祝福をしてもらい、それをお守りとして身につけ、

愛犬の首にかけて、パーテイに現われたり、婦人の絶頂期でした。

マクリーンの長男が交通事故死しました。

さらに夫は精神病で死に、娘までも変死しました。

マクリーン夫人のダイヤモンドを100万ドルで買い取ったニューヨーク宝石商の

ハリー・ウィンストンは1958年、スミソニアン博物館にこれを寄贈しました。

なおスミソニアン博物館への寄贈は2ドル44セントの普通郵便で配達が行われました。

今でもホープダイヤモンドはこの博物館の一部屋にあり、

このダイヤモンドが一つだけが展示されてあり、一番の人気スポットとなっています。

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フレンチブルーの67ctは盗難後にリカットされ、

現在の45.5ctのホープダイヤモンドになり、

指輪になっていたホープダイヤモンドは、現在は上の写真のようにネックレスに

作りかえられてスミソニアン博物館に大勢の人達に夢とロマンを語りかけている・・・。

寄付をして名を上げたハリー・ウインストンが

ホープダイヤモンドを取り巻く「呪いの歴史」のなかで最も賢かったようです。

しかしながら呪いのダイヤモンド伝説

実は歴史のストーリーとして語り継がれてきたものだったことが

実際に所有していた人達の平均寿命などが、平均よりも長寿であったそうです。

ダイヤモンドの輝きは人を幸せにするものです。

今までの商いを通して扱った最も大きなダイヤモンドは40ctだったが

こんな歴史に残るようなダイヤモンドを扱ってみたいものだね・・・。



2015/12/25  玄関に一礼仕事納めけり  日記

本日で仕事納めです・・・。

経営者とすれば大晦日までも商売はしたいのですが、

今年は暦の関係で業界に並んで、早めの仕事納めとなりました。

44年目になっても一年の納めの日は、今年も無事に越年できることへの

お得意様、お客様、そして社員の方々への感謝の気持ち一杯です。

1940年、80年代はこんな日は皆で一杯飲みに行ったものでしたが、

今は全く普段と同じように三々五々それぞれが帰路に着く感じですね。

決して物足りなさを感じることはありませんが、

当たり前の週間になったということですね。

ところで、岩手に住む親しい友人の奥様が他界されて明日から一関にお弔いに行って来ます。

自分が一関の行くたびにいつも泊めてもらいお世話になっていた奥様でした。

思えば自分は親戚以外の家に泊まっていたのはこの友人宅だけだったなァ・・。

それだけに奥様にはお世話をお掛けし、

思いは深いのですが、世の常とはいえ辛いものですね・・。

それが済んでからが年末休暇ですね。

そんなわけで明日の東金・土気の詩吟教室は教場長さんにお任せです。
タグ: 仕事納め

2015/12/21  歳晩のアメ横に人溢れけり  日記

今週末で会社も年内の仕事納めになります。

昨日(20日)の弊社のヤフーオークションもクリスマスセールで賑わいました。

早速本日の入金確認分10数点を発送しました。

クリスマスプレゼントやいろいろな夢がそれぞれにお有りのことでしょう。

会社のすぐ傍のアメ横商店街も着膨れた人達で賑やかになって来ました。

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アメ横が値段の安さで定評がありますが、各店舗とも訳有り商品の仕入れのみならず

各店舗とも大量仕入れや、包装コストの削減やら仕入れの企業努力があるそうです。

中東系や中国、韓国系のお店も増えてきました。

彼らも商売上手で客呼びも上手いものです。

従って外国人客も多いわけです。

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まだ21日ですから、数え日になれば特にラスト3日になれば

歩くのも押し合いへし合いになるわけで、

靴屋さんなども商品を片付けて、カマボコを売るのだそうです。

アメ横の賑わいに年の暮れを感じますね。

またしても一年の速さを思うこの頃です。


2015/12/21  焦心録後に題す(高杉晋作)  漢詩

高杉晋作は吉田松陰門下で長州藩で奇兵隊を組織し維新回転に活躍をした志士だ。

1839年から1867年の28年の短い生涯を熱く生きた日本人好みの高杉晋作が

幕末の志士に向けて発した檄文があの熱き思いを記した「焦心録後に題す」が今注目される

  焦心録後に題す 高杉晋作

内憂外患 吾州に迫る 正に是れ 存亡危急の秋

唯邦君の為家国の為 焦心砕骨 又何ぞ愁えん


詩の心・・幕府が政権に固執し、尊皇攘夷派の中にも内紛・分裂が生じて国内は混乱、

外国からは軍艦でもって威嚇されるなど、内憂外患が噴出し、

まさに危急存亡の時に当って、志のある者は身分を問わず、

心を一にして事に対処せよ、若い藩士たちに、 「焦心録」 を書いて激励した。

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長崎から上海に遊学の経験を積んだ高杉晋作は、

世界観を備えた数少ない幕末の志士だったが、

病に倒れ維新を見ることがなかったが、この人が維新政府に入っていたなら

歴史は又変わっていたかもしれない。

下の写真の中が晋作、右側が伊藤博文

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今年は安保法案などの諸問題が起き、まさに「内憂外患」の秋(とき)だ


今や国民の間には正に高杉晋作が発した「焦心録」・・・・。

胸を焦がす熱き思いを志士に伝える檄文が平成の民に出てきそうだ。

権力欲だけで国家を導く能力のない人達を退場させ、挙国一致内閣を作り

国家存亡の危機」に立ち向かう秋(とき)かもしれない。

大新聞、マスコミには今やそのような良心はない。

草の根で一般の名も無き民の声・・・焦心録に呼応して国家存亡の危機に備える時かも。

https://youtu.be/OIR2wx3rhnE

(クリックで動画が見れます清風会男子の合吟「焦心録後に題す」

27.10.10日本芸能の集いの舞台)


2015/12/19  辞世  (吉田松陰)  漢詩

安政の大獄で僅か30歳で世を去った吉田松陰

幕末の尊皇攘夷の思想家・教育家・兵学者として

維新の回天に活躍した高杉晋作、久坂玄瑞、木戸孝允(桂小五郎)、吉田稔磨、

品川弥三郎、入江九一、後の総理大臣・伊藤博文、山縣有明などの

名立たる維新の指導者を育てたとされる。

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https://youtu.be/ic7tM-JEuNU

(クリックすると27年10月10日に日本芸能の集いで吟じた清風会男子の「辞世」が見れます)

松蔭によく似てる絵 クリックすると元のサイズで表示します

松陰の教育の原点となった野山獄に松陰が投獄されてから1年2か月が経ち、

野山獄を出た松陰は藩から自宅謹慎を命じられ、

実家の杉家に「幽囚」の身として戻る。

出獄後、松陰は自宅に設けられた幽囚室で、

親族・近隣の者を相手に「孟子」の講義を再開。幽囚室での「孟子」講義は、

単なる解説ではなく、松陰独自の解釈で高い評判となり、

次第に萩城下に広がっていくこととなる。

松陰は学問を「人間とは何かを学ぶことである」と言った。

また「学者になってはいけない。 実行しなければならない」とも言い、

学んだことを活かし実行に移す大切さを強く説いた。

脱藩や密航を試みるなど、実行に実行を重ねる松陰であったからこそ、

門弟に対し説得力があったののだろう。

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当時の熟の写真らしいクリックすると元のサイズで表示します

松蔭の教えの骨子を抜き出してみると以下のような言葉が並ぶようだ。

「至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり」

「志を立ててもって万事の源となす」

「志士は溝壑に在るを忘れず」

「己に真の志あれば、無志はおのずから引き去る 恐るるにたらず」

「凡そ生まれて人たらば宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし」

「体は私なり、心は公なり 」

「公を役にして私に殉う者を小人と為す」

「人賢愚ありと雖も各々十二の才能なきはなし」

「湊合して大成する時は必ず全備する所あらん」

以下の二つの死生観は松蔭の生き様そのものなのだろう

死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし

生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし


この考え方が死を恐れず、彼の短い人生が後の世まで人の心を打つのかもしれない。

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密航の罪で捕らえられ、野山獄から伝馬町の獄に移された後

評定所の役人の態度から死を覚悟した松陰は、

家族への「永訣の書」と門下生達に向けた「留魂録」を

伝馬町牢獄で記した「留魂録」は、門下生達によっていくつも複写され、

志士たちのバイブルとなる。

クリックすると元のサイズで表示します 「留魂録」

立志尚特異 (志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない)

俗流與議難 (世俗の意見に惑わされてもいけない)
 
不思身後業 (死んだ後の業苦を思い煩うな)

且偸目前安 (目先の安楽は一時しのぎと知れ)

百年一瞬耳 (百年の時は一瞬にすぎない)

君子勿素餐 (君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ)

30年に足らぬ人生の中から、どうしてこのような生きる哲学が松蔭に出来たのだろうか

今は大学まで進むことが平均となり、書物も豊富で又、インターネットによって

松蔭の学んだ孟子も何でも学べる時代だが、

どうしたことか松蔭のような国を親を思い、自身の心を高める思想が育たず、

拝金主義と享楽、人に対する思いやりも足りないような気がするが・・・・。


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そして安政6年(1859年)10月27日、評定所から「死罪」が言い渡され、

即日処刑が行なわれた。

吉田松陰、30歳という若さであった。

死に際しても平静かつ潔い松陰の姿に、首切り役人などは胸を打たれ、

その様子を後々まで回顧したといわれている。

維新の先駆者となり、その死を持って門下生達へと強烈に引き継がれた松陰の想い、

志は、後の世で大きく花開くこととなる。

   辞世  吉田松陰

 * 身はたとい 武蔵の野辺に 朽ちぬとも とどめおかまし やまとだましい

 * 親思う 心にまさる 親ごころ 今日のおとずれ 何と聞くらむ


親に当てた自分が親を思う以上に、親は自分のことを思っていてくれる、

親に先立つ不幸を松蔭は思ったのだろう・・この辺が松蔭の人間味溢れるところだ。

 吾今国の為に死す 死すとも君と親とに背かず

 悠々たる天地の事 鑑照は明神にあり


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2015/12/18  春望(杜甫)  詩吟

今冬一番の冷え込みとなった本日の詩吟教室では杜甫の「春望」を吟詠・・。

  春望  杜甫

国破れて山河在り 城春にして草木深し

時に感じては花にも涙を(濺(そそ)ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火三月に連なり家書万金(かしょばんきん)に抵る

白頭掻けば更に短かく渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す


クリックすると元のサイズで表示します(杜甫)

【通 釈】

長安の都は戦乱のために破壊されてしまったが、自然の山や川は昔のまゝ残っている。

城には相変わらず春が訪れて来たが,草木が生い茂っているのみで もの悲しい。

こんな時世には、花を見ても、楽しい筈なのにかえって涙ぐんでしまい、

心をなごませてくれる筈の小鳥のさえずりにも(警戒心から)心を驚かすのである。

戦火は三か月ものあいだ続き、家族からの手紙は、なかなか届かず、

万金にも値するほど嬉しい。

自分のしらが頭をかくと、心労のためか髪の毛も短くなってしまい、

冠をとめるかんざしさえも挿せないほどになってしまった。

杜甫の得意とする絶唱だ。

クリックすると元のサイズで表示します(安禄山)

杜甫・・・西暦700年代盛唐時代の詩人。李白と並んで詩聖と称せられる。

その詩は枯淡にして寂寥、その人生は任官試験に何度も落ち、仕官が叶わず、

その生活は戦乱と貧困の連続であった。

だいたい三十五歳ぐらいまで、呉・越・斉の間を遊歴しているが、

この間に李白・高適と交わり詩を賦したりしている。

また、進士の試験を受けたが及第せず、安録山の反乱に会い、

賊軍に捕らえられ長安で困窮の生活を送った。

59歳にして貧困の中に生涯を終える。


俳人松尾芭蕉は杜甫の影響を受けた一人であった。

有名な「奥の細道」の冒頭の一節が杜甫の「春望」の一節から引用されている。

さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時のくさむらとなる。

{国破れて山河あり、城春にして草青みたり}と、

笠うち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ。

遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂は杜甫の「春望」を作った同じ時期の、

同じ長安に玄宗皇帝のお傍要人として仕えていた。

クリックすると元のサイズで表示します(玄宗皇帝)

安禄山の反乱に(安史の乱)に長安を追われた玄宗皇帝に従って仲麻呂も

蜀(現在の四川省)へと逃れるが、護衛の兵が反乱を起こし、

玄宗のナンバー2の地位にいた楊国忠は安禄山の挙兵を招いた責任者として

断罪されたあげく、息子の楊暄・楊・楊曉・楊晞兄弟と共に兵士に殺害された。

その上に兵らは、皇帝を惑わせた楊貴妃もまた楊国忠と同罪であるとして

その殺害を要求し、やむなく玄宗の意を受けた高力士によって楊貴妃は絞殺された。

世界の三代美人と称された楊貴妃の悲運なる最後であったが、

阿倍仲麻呂の妻となった「楊春琴」は、当時「楊家にあらざれば、人にあらず」と言われた

楊一族の出であった。

       (楊貴妃)クリックすると元のサイズで表示します

楊貴妃の死については諸説が有るようだが、

仲麻呂は楊貴妃の最後の姿を見たとも言われる。

歴史のミステリーは調べてゆくと奥が深い・・・。


2015/12/17  FOMCを受けて、金融・「金」市場は好感して上昇  時事

米連邦準備理事会(FRB)は16日の米連邦準備委員会(FOMC)で、

短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を

年0〜0.25%から0.25〜0.50%に引き上げた。

利上げは9年半ぶりで、2008年末から続くゼロ金利政策を解除。

未曽有の金融危機に対処した前例のない大規模緩和策は終幕を迎え、

世界のマネーの流れを変える転換点となることに。

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記者会見するイエレン議長=AP

利上げは全会一致で政策金利は17日から適用される。

FOMC終了後に記者会見したイエレン議長は「米経済の回復が続き、

中期的に2%の物価上昇率目標に達すると確信したため、利上げを決めた」とした。

今回の会合でFF金利の誘導目標を0.25%引き上げたのは市場の予測通り。

今後は先行きの追加利上げのペースに焦点が移るが、

議長は「利上げ後も緩和的な政策スタンスが続く」とし、

徐々に金利を引き上げていく考えを示した。

16日公表したFOMCメンバーによる政策金利予測(中央値)では、

16年、17年にぞれぞれ1%ずつの金利上昇を見込んでいる。

0.25%ずつの引き締めペースであれば年4回の利上げを予想していることになる。

FRBが利上げに踏み切ったのは、

米国の景気拡大局面が6年強に及び、雇用情勢も金融危機前の水準まで改善したため。

当初は9月に利上げに踏み切るとの観測があったが、

直前に中国の景気減速をきっかけとする世界同時株安が発生して、

利上げを見送った。金融資本市場の動揺が落ち着き、

市場関係者が十分に利上げを織り込むのを待って、

9年半ぶりの利上げを決断した。

ただ、FRBの政策目標である物価上昇率は伸び悩んでいる。

主要な指数の個人消費支出(PCE)デフレーター(食品とエネルギーを除く)の

上昇率は1.3%にとどまり、FRBが目指す2%には遠い。

物価上昇率が高まらなければ、追加利上げのペースがFRBの想定より遅れる可能性もある。

FRB声明と議長会見を受けてNY株式市場は224ドル上昇の17,749ドル、

ドル・円も122円台へのドル高・円安に

東証株価も17日の前場は19,486円(436円高)と前日に引き続き大幅高で反応した。

今回のハト派的金利政策の変更と市場予想通りの上げ幅と、

2016年の上げ幅が0.25%を4回のFOMCで実施する見通しとなったことから

NY「金」は1062ドルから1079ドルまで上昇し、

1072ドル(11.1ドル高)、プラチナも871ドル(18ドル高)と大きく上昇した。

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(上はNY金の2015年9月からの日足)

金融危機以降の世界経済は、大規模緩和であふれた低利のドル資金を借り入れ、

新興国の金融資産や原油などの商品に投資する流れが強まった。

米国が利上げ局面に入ることでマネーの巻き戻しが起きて、

新興国の通貨安や原油などの商品安につながりやすく、原油は35.52ドルと1.83ドルの下落、

CRB商品指数は171.81と2.415ポイントの下落で反応し、利上げをめぐる不透明感が払拭され、

金融市場はFOMCを受けて好感して受け止められている。

2015/12/16  燃ゆるものなほ欲し冬もみぢ  日記

10月の陽気の20度を越すお天気になりました。

前から天気予報を見ながら狙いを定めていたゴルフへ出かけました。

平日だったけど、ネットビジネスの自分の記事更新の仕事は融通がきく。

但し、9時半からの「金」プラチナの買い取り相場更新には、

ゴルフカートに乗りながら移動中の仕事になってしまいます。

南風の暖かな一日をセーターを脱いでシャツ一枚で過ごせました。

半袖の人たちも居ましたが、流石に半袖を用意する発想まではなかったね・・。

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柔らかな芝生の上だと気持ちよく歩けます。

腰椎のヘルニアもちの自分には1万6千歩を歩くのはゴルフ以外にないようだ。

コンクリートの上だと足腰の動きがぎこちないのでなかなか歩けないけど、

芝生の上はスムーズに歩けるようで、浜辺の砂浜もそう長くは歩けないようで

ゴルフは自分の健康寿命を伸ばす一番の効能だと思っている。

今日はカミさんと組み合わせの40代のパワフルな方と一緒に

12月としては暖かな最高の一日でした。

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2015/12/13  日本の債務とダイヤモンド・宝石  仕事


日本全体の政府総債務残高(地方を含む)は2015年で1229兆円(内政府の純債務は629兆円)、

一人当たりに換算すると1024万円だそうですが、日々増加しているそうです。

さて、それに対して個人の貯蓄が1400兆円あってそれが国債・地方債の

受け皿になっているから、対GDP比ではギリシャよりも悪いのですが、

比較的に安心だという評価が世界に共通しているようです。

その他に個人には家屋など不動産などの資産がありますが、

これは住んでいるので容易に売却する事が出来ません、

車や洋服、家具調度品、日用品なども売っても幾らにもなりませんが、

タンスの中に眠っているダイヤモンド・宝石・貴金属類は売れば相当なお金になります。

何しろ戦後に推定で100兆円内外のダイヤモンド・宝石・貴金属が売られましたので、

流通マージンや加工など付加価値を差し引くと30兆円から50兆円の素材原価価格があります。

これらが「金」プラチナと同じ様に現金で売れると浸透してゆけば、相当なお金になります。

特に「金」プラチナは1990年代に較べると 現在は約倍以上になっています。

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意外に注目されていませんが、それらは株・有価証券並みに流動性が高いものです。

株式は売却後4営業日後の現金化ですが、

ダイヤモンドは売りにお出でいただくと、その場で現金化になります。

先日も東北からのお客様が上京されてダイヤモンド一個をお売り頂き、

500万内外の現金をお持ち帰りになりました。

その時間は凡そ15分でした。

ダイヤモンド・宝石が現金になることを宣伝して行きたいものです。

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2015/12/13  鴨の陣いざ鎌倉へ参らうか  日記

先週は詩吟教室の忘年会が重なってしまった。

水曜日は豊春、木曜日は上野・幕張本郷合同、金曜日は横浜・戸塚合同、

昨日土曜日は大網。土気、東金、茂原合同で飲む機会が多くかった。

利害関係のない趣味の仲間と飲む酒はいいものです。

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下の息子からもお酒をコントロールできる年齢のはずですからと・・・。

きつい一言を貰っているのだが、

家飲みをしている分には殆ど、一合か、二合の適量範囲ですが、

宴会は多くなりがちなので気を付けなければね。

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仕事関係で飲みに行ったり、忘年会は最近は殆ど無くなりましたね。

仲間が高齢や、引退した方もあり、

昨今の取引先は大分年齢差がある若い方々が主力になっているおり、

会社の社員も同じですが、昔の人たちのように外出飲みには行かず、

家庭中心が多くなった所為ですね。

我々の20,30代の頃のサラリーマンは良く仕事もして、

退社後も接待とか、麻雀とか真っ直ぐに家に帰る人たちが少なかったくらいで、

そして翌朝は遅刻はタブーで、よく働き、よく遊んだもので、

そんな頃が懐かしい。

香港や、ニューヨーク、イスラエルと毎月出張滞在の多かった、

30代、40代の頃は現地で社員や取引先や、麻雀・ゴルフ仲間と

連日の飲み会や食事が日常的だったが、

今、会社で海外主張へ行く社員は殆ど一人でホテルか、

行きつけの店かで過ごすほうが気楽でいいと言っているが時間の過ごし方も

ここ数十年で大きく変わっている所為でもあるようだ。


2015/12/10  一将功成って万骨枯る  漢詩

世界のどこかに戦争、紛争は絶えない。

景気の悪化による失業などで生活苦の紛争も絶えない。

IS(イスラム国)のテロによって先日もパリで多くの犠牲者が出たばかりだ。

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中国の唐の末期の頃の詩人「曹松」が 「已亥の歳」(897年)と題する詩文に

「一將 功 成って  万骨 枯る」と当時の世相を叙しているが、

1100年以上経た今の世相にも当てはまるようだ。


  已亥の歳  曹松 

沢國(たくこく)の江山(こうざん)  戰圖(せんと)に入る,

生民 何の計あってか  樵蘇(しょうそ)を楽しまん。

君に憑(よ)って話す莫(な)かれ  封侯(ほうこう)の事

一將 功 成って  万骨 枯る。


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詩の心

「已亥の歳」とは(唐末の黄巣の乱(875年〜84年)の最中

水の豊な長江下流の民衆は黄巣の乱でひどい戦禍を受けた。

民はぎりぎりの暮らし(樵蘇)のなか、どのように暮したらいいのか。

君よ戦争で手柄を立てたなら、大名に取り立てるなどと(封侯の事)言わないでくれ。

君の功績は多くの兵卒の犠牲の上に成り立っているのだから。

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曹松(晩唐の詩人)の後の中国の紛争の歴史、世界各地での戦争、宗教戦争、

最近ではイラク戦争、果ては金融立国の成功と挫折の陽と陰による世界的不況など

いつの世にも「一將 功 成って 万骨 枯る」は意味深長な名言に響きます。

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2001年9.11のNYのツインタワーに飛行機が突っ込むテロによる

大惨劇の模様をテレビの中継を見ていたのは

ついこの間のことだった。

イスラムとキリスト教の国には考え方も暮らしもまるで違うし、

宗教戦争は歴史の繰り返しだ。

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現在の列国の指導者、北朝鮮は元より、中国、最強の米国、日本国のリーダー、

果ては企業のリーダーなど「万骨枯る」の図になってはいないだろうか。

しかしながらどんな時代にも民衆は楽しみを希望を持って子孫に繋いでいるものだ。

(写真は全てロイター) 

花鳥風月はどんな時代にも誰にでも平等に変らずに廻り、音楽、文化、芸術などの

人の心には兵卒も将軍もない。












2015/12/10  「品書きに鰭酒を見し笑顔かな」  日記


豊春教室の詩吟の帰りに恒例の反省会です。

ついつい教室の稽古時間よりも長くなってしまいますが・・・。

お陰でお風呂から上ると午前様ですね。

明日から土曜日まで毎日格詩吟教室では忘年会の予定ですね。

ほどほどにしないとね・・・。

息子からもお酒をコントロールできる年でしょうと・・・。

きつい一言も貰っているしね。

しかし鰭酒の旨さは酒飲みでないと判らないね・・。

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タグ: 鰭酒




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