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2017/3/30  ラグビーに熱中の頃(ニューヨークの思い出-11)  エッセイ

ラグビーに熱中の頃(ニューヨークの思い出-11)

さて、ニューヨークへ踏み出して、

マンハッタンにビルを購入する勢いのあった1986年頃の昔話の続きですが、

高校時代にラグビーをやっていましたが、岩手県は盛岡工業や、

黒沢尻工業が全国区の強さでレベルが高かったのですが、

我が一関一高ラグビー部はやっと15人の部員を揃える弱小チームで

1年生の時には盛岡工業に71対ゼロで負け、3年生の時に初めて、

対外試合で勝利したようなチームでしたが、ラグビーの思いはいつまでも残り、

毎年秩父宮のラグビー場に何度も試合を見に行ったもので、

子供達が小さい頃の日曜日には、3人の子供をつれて出かける先はラグビー場で、

当時の秩父宮は芝生席で大きな木もあり、団栗を拾って子供たちは遊んでおりました。

縁があって当時ラグビーをしていた会社の公認会計士さんの紹介で入ったのが、

ガマクラブというオーバーサーテイの草クラグビーチームでした。

毎夜酒浸りのお腹の出てきた36才には50メートルを走るのにもきつかったが、

毎週多摩川土手で行われる試合には、日本に居る時は出来るだけ、

時差調整と体力作りの為に走ったものでした。

入会した時の背番号は118番で118人目の部員で、

沢山のラグビー仲間と夏には菅平合宿で鍛え、

NYに居る時には、アパートが、

国連本部に近い47丁目の二番街と三番街の間にあったのですが、

一番と二番街のアベニューの間が200メートル以上もあり、

歩道が広く、人通りも少なく、絶好のランニング場所なので、

毎朝100メートルダッシュを繰返し、NYヘルス&ラケットクラブに入って、

仕事の昼は軽く水泳をし、土日には器械運動などにラグビーの為の

トレーニングをしていた事は、健康にも良かったのでしょう。

日曜日に試合をして、そのまま成田に直行してNY便に乗ることもあり、

経済が右肩上がりで、商売も順調な39才には怖いものがなかったのでしょうね。

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(1986年当時のニューヨークオフィスでの筆者)

あれから31年、昔のガマクラブメンバーもそれぞれに歴史を刻み、70代、80代を中心に

毎年5月末に集まり交流を温めている、

すぐに昔の若い時代の自分たちにタイムスリップしてします。

3年後の東京オリンピックではラグビーが正式種目になって全国各地で試合が行われる。

みんなで揃って応援に行こうと語り合っている。

2017/3/29  男物ダイヤモンドリングの別品が出来上がりました  宝石ジュエリー

男物ダイヤモンドリングの別品が出来上がりました

お客様からの特注のダイヤモンドリングが出来上がりました

センターに一キャラ石が入り、周りのダイヤモンドも0.4 ct 以上のものばかりです。

元々はお客様が弊社のヤフーオークションの最低落札価格なしの品物を落札して

所有していたルース(裸石)・ダイヤモンドを ひとまとめに、

リングを作りたいとのご希望でした

これはおそらく、過去何百年に何百万個の指輪が世界で作られてきましたが、

世界中で2個とはない別品でしょう。

この指輪は何代に渡って受け継がれてゆく気がいたします。

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(上から撮った別品ダイヤモンドリングです)

工房職人中村の苦心の指輪です

工房では皆様のダイヤモンド・宝石をどのようなご相談にも丁寧にお作りします

勿論現在の指輪のリフォ―ムも承ります。

Tel 0120-228914(輝く石)

HP →http://www.melindadiamonds.com/

(制作に入る前の写真は以下のような感じでした)↓

男性の方からお手持ちのダイヤモンドルース(裸石)3個を一つの

指輪にして作りたいとのご相談です。

センター石がキャラ石で両脇が5分石ですのでかなりボリュームのある

厚みもあるリングになりそうなデザインになりますが、

お客様と直接相談しながら制作に入ります。

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出来上がった指輪を取りに来られたお客様には大変お喜び頂きました

2017/3/28  春暁  漢詩

「春眠暁を覚えず・・・・・」で始まるよく知られた

孟浩然の「春暁」を吟詠・・・鳥の鳴声に目覚めるこれからの季節感だ。

まあ、小生のような田舎暮らしだから、小鳥の声に目覚めるとは言うのだろうが・・・。

毎朝の目覚めは鶯のホーホケキョで一日中鳴いている・・・・。

  「春暁」  孟浩然

春眠暁を覚えず

処処に啼鳥を聞く

夜来風雨の声

花落つること知んぬ多少


詩の大意・・・春の夜の眠りは心地よく、朝が来たのにも気づかなかった。

あちらでもこちらでも鳥が啼くのが聞こえる。

昨夜は一晩中、雨まじりの風が吹いていたが、

花はどれくらい散ってしまっただろうか。

孟浩然の「春暁」の朗読↓

http://kanshi.roudokus.com/syungyou.html

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孟浩然(689-740)は盛唐の代表的詩人で「李白」は12歳年上の孟浩然を漢詩人として

大変尊敬しており、大先輩の旅立つに際し、

「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」の詩を作っている。

  黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る  李白

故人西のかた黄鶴楼を辞し

烟花三月揚州に下る

孤帆遠影碧空に尽き

唯見る長江の天際に流るを


詩の大意・・・・・烟花三月に孟浩然が乗った舟を李白が楼の上からジーッと

見守っている、どんどん小さくなって、

しまいには水平線と青空に溶けるように見えなくなってしまう。

尊敬する大兄を送る李白の情が溢れている。

漢詩は読んでゆくと千年以上も前の文化・文明の頃の古人の想いと情景が広がってきて、

それを吟詠すると自分自身の思いが広がってくる。

黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送の朗読You Tube↓

http://kanshi.roudokus.com/koukakurou-moukounen.html

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春はあけぼの。

やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。


春はあけぼのの頃がよい。

だんだんに白くなっていく山際が、少し明るくなり、

紫がかった雲が細くたなびいているのがよいと清少納言は上掲の二人の中国の詩人よりも

150年ほど後に世に生まれ、平安時代にこの有名な後世に残る傑詩を記している。

このような春を感じるのに、もう少しですね。

クリックすると元のサイズで表示します(写真は大門さんの提供)

タグ: 春は曙

2017/3/28  初桜外国の人多かりし  日記

「初桜水辺に近きところより」

昨日の寒さから一転暖かな昼下がり、上野公園、不忍池を散策しましたが、

桜もまだまだで、今年は例年より遅いようですね・・・.

予報のように週末に満開になるのかしら?

人は沢山出てますが、まだ一分咲きにもならんようですが・・・。

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例年の今頃は見頃を迎えているのですが、

やはり今年は寒い日が結構あったので遅れているのでしょうね。

それとも今日の15度ほどの気温から明日以降の14度以上の気温で一気に開くのかしらね?

満開の桜は綺麗ですが、半開の桜が自分は好きだね。

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まあ毎日の散歩が楽しみになりますね。


2017/3/27  「現世の魂を清めて春の雪」  日記

朝方の出勤前の時ならぬ「ボタ雪」に車が雪の備えが無い為に出られない。

雪が小止みのなって道路が溶けて駅へ行ったら強風で特急電車は運休・・・。

トホホの午前中でした。

昨日、一日降った雨で田圃は水が入ったみたいに満々とした水・・・。

そのまま気温が下がったので雪になったみたい。

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結局は月曜日なのに出社出来ず、家でのデスクワーク。

あまりに寒いので近くのサウナ付きの健康ランドで高校野球を見て、

暖かな施設で千円払って久々のサウナでたっぷり汗を流してゆっくりしてしまった。

大阪桐蔭と静岡の試合も熱が入ったね。
タグ: 春の雪

2017/3/19  白木蓮に明るき空となりにけり  日記

暖かな日曜日は2週間ぶりのゴルフに、

花粉症対策をしてマスクにメガネでしっかりガード・・

久しぶりに1万4千歩を鶯の声を聞きながら歩きました。

良くご一緒する同年代の方とペアリングでしたが、良く飛ばす方で

こちらも力が入ります。

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帰宅すると我が家の辛夷も一日で大分開いてきました。

明日も暖かいようで、桜の蕾も一気に膨らんでくるかもしれませんね。

白木蓮が方々で見頃になってますね。
タグ: 南総CC

2017/3/17  サイコロ遊び  仕事

サイコロ遊び(ニューヨークの思い出)

春の夜はふと昔のことを思い出し、昔の知り合いを懐かしく思い出したりします。

小生がニューヨークに進出した頃の1979年頃のニューヨークは

実にエキサイティングな街で、

あらゆる業種も時代の先端を走りたくて

ニューヨークにオフィス、駐在事務所を作り、また研修社員を送り

視察団を波状攻撃のように送っていた時代でした。

音楽家の卵もブロードウエイに憧れて、また一旗組も着の身着のまま住み着いて

みんなが夢を追いかけていた時代でした。

もちろんバブルのずーっと前で右肩上がり経済の、総中流意識が芽生える前です。

当会社がマンハッタンの五番街の角のビル580のビル8階の

ユダヤ人の会社を間借りして、

パートナーにコミッションを支払ってスタートしたことは正解でした。

お蔭で「寄らしめず、知らしめず」のユダヤ人同士の

生の取引を知ることが出来ました。

そんなニューヨークでの仕事で、よく協力して働いてくれるのが、

黒マントとに黒い帽子を一年中同じ格好をしている宗教そのものの

暮らしをしているハシデックジューです。

ある時に会社の湯飲み茶碗にサイコロを3個入れて転がし、サイコロの目の合計で遊ぶ、

その世界では「チンチロリン」と呼ばれるサイコロ遊びを彼らに教え、

夕方仕事が終り、商品をセーフ(貸金庫)に入れ、或いは商品をオーナーに返してから、

会社で1ドルを賭けて茶碗の中にサイコロを転がし、

髭モジャのジューとサイコロ博打に講じたこともあったが、思い出すだけで滑稽な話で、

あのユダヤ教の戒律に従って、金曜日の日没から土曜日の日没まではシャバード(安息日)で

電気もテレビも文明の利器は一切使わず、車にも乗らず外出もせず、

家でお祈りをして火もガスも使わずにユダヤ教の教えの

週に一度の安息する彼らが目の色を変えて一ドルの賭け事に講じる姿は、

これってシャレになるのかな?(この話は30年以上前の時効だからね)

しかし、これはすぐに飽きてしまって続かなかったね。

10年前の2007年にNYに8年ぶりに出かけDDC(ダイヤモンドデイラーズ倶楽部)で

昔商売をしたブローカー諸君と再会した時はお互いの健康と無事を喜び合ったもので、

10年ぶりにミスターオー(小野寺の略称)が来ているぞと、噂が広がり、

昔馴染みのブローカー諸君数10人とその後の8年のお互いの消息を話し合ったもので、

商品の仕入れ、検品は一緒に行った弊社の仕入れ部長に任せ、昔話に花を咲かせたものでした。

やはり年齢からして30年以上も前からの付き合いのある人だと、定年は無いものの、

引退した人や、亡くなった人も居て、

いろんな人の消息を聞くなか、お互い年月を感じたものでした。

長い間、離れていても時折思い出したり、

夢の中で会話をしているのですが、

忘れられないナイスガイ達です。

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2017/3/15  親愛なるブローカー・ジュ―イッシュ(ニューヨークの思い出)  仕事

親愛なるブローカー・ジュ―イッシュ(ニューヨークの思い出)

ニューヨークへ会社を設立したのが、1979年で今から38年前であり、

筆者も32歳の怖いもの知らずだった。

ニューヨークのダイヤモンド街に会社を出すということは

ユダヤ人社会の中に生きるということだった。

ニューヨークのダイヤモンド商は殆んどがユダヤ人で、

当時は当地でインド人やその他のアジア系を見かけることはなかった。

ユダヤ教の中でも宗派が沢山あって正統派の一年中、

黒マントを着て宗教の教えに従っての日常生活は食べ物や休息日など

いろいろと違った生活ですが、

シナゴーグ(お寺)の違いによって黒帽子の形も微妙に違うようだが、

総じて家族思いで、ユーモアを解し、義理人情に通じた彼らには当初から親しみを感じていた。

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ダイヤモンド産業に働く人々は大きく分けて、

@マニファクチュア呼ばれるダイヤモンド原石を仕入れ、研磨する人と、

その工場で働く研磨職人、

A原石や研磨済みダイヤモンドを買って商売をするデーーラー、

B売り手と買い手の間に立って商売の仲介をするブローカー、47丁目の路面店舗には

Cエクスチェンジと呼ばれるダイヤ・宝石の小売店があり、

また宝石の器材や本を売る店やダイヤモンド・宝石の鑑別(レポート)の付帯ビジネスもあり、

五番街の47丁目角の五八〇はビルごとダイヤモンド業者数百社が入っている。

メリンダ・ダイヤモンドは1979年にこの五八〇ビルの8階801号室の

ユダヤ取引業者の事務所内に設立登記し開設された。

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NYの会社での仕事はダイヤモンドの買い付け、仕入れです。

販売先である日本のお得意様の注文と売れ行きの良いものの品筋を買うことだった。

常時は駐在している日本人社員のI女子が指示を受けながら仕入れをするが、

毎月1,2週間は自分もNYへ来て仕入れをし、3週間は日本の会社で販売に精を出す日々だった。

競争力のあるダイヤモンドが 2ct、3ct,5ctが当時は飛ぶように売れたものでした。

現在の中国も香港も及ばぬ経済力と消費意欲が1970〜80年代はあったのでした。



タグ: NYの思い出

2017/3/14  マサダの要塞(イスラエルの思い出)  日記

マサダの要塞(イスラエルの思い出)

白虎隊は最後まで官軍に抵抗した徳川幕府方の会津藩の少年隊士が飯盛山で

お城が火に包まれるのを見て、

もはやこれまでと、お互いに刺し違え、又腹を切って最期を遂げた悲運の歴史の

「花も会津の白虎隊」と知られていますが、この歴史の元祖のような話が、

西暦73年ローマ軍に攻め落とされ、

ユダヤ人の集団自決で知られた「マサダの要塞」が死海の近くにあり、

前からここを訪れてみたかった所でした。

西暦66年にローマ帝国との戦争が始まり(ユダヤ戦争)、

70年ローマ軍によってエルサレムが陥落した後、

熱心な党員を中心としたユダヤ人九六七人がマサダに立てこもり、

ローマ軍1万5千人人がこれを包囲し、ユダヤ人たちは2年近く抵抗したが、

73年についにローマ軍によって攻め落とされた。

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(ローマ軍がマサダ要塞を包囲した跡地)

陥落直前にユダヤ人たちは、投降してローマの奴隷となるよりは死をと、

2人の女と5人の子供を残して全員が集団自決したという悲惨な歴史を読んだことがあった。

その歴史的経緯から現在でもなお多くのユダヤ人にとって特別な思い入れのある場所であり、

ユダヤ人全滅の悲劇を再び繰り返してはならないという決意から、

イスラエル国防軍の入隊式がマサダ頂上で行われ、

国家への忠誠を誓うのだそうだが、

この要塞の跡地を訪ねての翌日はユダヤ人との仕入れのファイトがいささか鈍ってしまい、

値段を押し切られてしまった記憶がある…まだ筆者が40代の青二才だったのだ

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(マサダ要塞に立つ筆者)

最近イスラエルやニューヨークでダイヤモンドの仕入れをしていた頃の夢を良く見る。

相手のユダヤ人も良く覚えている業者で、具体的な石目や値段も出てくるのだが、

夢心理学ではどういう症候なのかな?

2017/3/13  サマータイム  日記

3月12日から米国はサマータイムになりましたね。

米国は今までより1時間時間を早めたことにより、

日本との時差はニューヨークとは14時間あったものが13時間に

ロサンゼルスとは17時間あったものが16時間に知じまりました。

いずれも日本が早い訳ですが、時間を1時間早めれば、今まで8時に家を出て居れば、

ウインタータイムの前日より1時間早くなり、

夕方7時に帰宅していたとすれば、

6時にウインタータイムの前日より1時間早く帰宅することになり、

朝が早くなり、夜の日照時間が長くなるわけで、

所謂アフターファイブ以降がまだ明るく、個人の活動時間が長くなり

消費が活発になり、電気代も節約できる効果がある訳です。

日本でもサマータイムの導入は何度か議題になってましたが、まだですね。

仕事で年の3分の一以上をNYに居た昔は、夕方は8時過ぎまで明るくて

一杯飲んで夕食をして帰る時間になっても外は明るいので解放感があったのを覚えてますが、

日本もサマータイムを導入して1時間早めたらいいのにと、いつも思ってます。

因みに米国のサマータイムは今年は11月5日までだそうですね。

2017/3/9  「鶯の初音たしかむ朝かな」  日記

「鶯の初音たしかむ朝かな」

朝は寒かったけど日が差して暖かくなりました・・

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庭先に鶯の声を聞きました大分鳴き方もさまになってきたようです・・

やはり毎年この頃でしょうか・・鶯の初音を聞くのは・・・。

春の気配が庭先にも感じられます・・

食べごろの蕗の薹も出ていたので

今晩も蕗の薹の天麩羅揚げようかな

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2017/3/6  「ふきのたふ大地つぶやくやうに出づ」  日記

肺炎の予防接種なるものを初めて行いました。

70才でやって2回目に5年後の75才で2回目をやるのだそうです。

インフルエンザの予防注射もやったことが無かったけど、

大網白里市の市からの援助金2千円を差し引いても6千6百円なりですが、

やはり肺炎の予防は古希をすげれば必要かと素直に思った次第・・・。

会社を昼過ぎに早引けして、病院へ帰りは本降りの雨となっていた。

夕方小ぶりに鳴った頃を見計らって庭隅の蕗の薹を摘んで今夜は天麩羅に・・・

しかし自分で天麩羅を揚げなさいとカミさんに。

初めての天麩羅揚げ挑戦ですが、

料理を作るのはは元々好きなので、ついでに椎茸も・・。

春の味覚ですね・・・鹿児島の芋焼酎「三岳」のお湯割が進みます。

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タグ: ふきのとう

2017/3/3  「春の夜に故里の酒求めけり」  日記

「春の夜に故里の酒求めけり」

週末金曜日の帰りの特急電車、ホームのキヨスクで陸前高田市の酒

「雪っこ」を見つけて、まず電車の中で飲むことのない花金の楽しい夕べでした。

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安倍夫妻がいよいよ追い詰められてきたようです。

我が世の春は永遠には続かにものだね・・・。
タグ: 花金

2017/3/1  日本の春節景気の昨今  日記

今年の春節での中国人の動向は以前のあの「爆買い」の様子とは変わってきたようです。

どこかの調査を見ると春節で出かけるのを止めてノンビリする人が増えたそうです。

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化粧品や時計・貴金属や電気製品が中国人観光客によって大量に買われた数年前とは変わって、

日本の習慣、伝統芸の体験とか、地方都市を選んで旅行する人も増えたのだそうです。

日本の化粧品などは中国で買うと関税などの税の他贅沢税など62%も掛かるそうで、

時計も同様に57%掛かるそうで、貴金属・宝石類も関税、贅沢禁止令の引き締めで贅沢税が

30%もかかり、前のように中国の需要が景気を後押しはしてくれません。

しかしながら、年間に1千万人以上の来日観光客が来てくれる。

観光立国の日本はこうしたお客様方を習慣の違いやマナーなどの問題も理解して

大事にしてゆかなくちゃね・・。

小生の地元では東金日中友好協会が、地元にある城西大学に留学生数十人を

毎年招いて交流を図ったり、キャンバスを訪れての交流の草の根運動をしているが、

中国からの留学生はとても真面目で勤勉で、寸暇を惜しんんで勉強している。

観光で来られる富裕層とは又違う中国人を見るようです。

また会社でやっているヤフーオークションの販売チャンネルで

宝石・貴金属に入札して落札して買ってくれる在日の中国の人も多いのですが

多くはラインなどを使って中国のユーザーに売り繋いでいる人たちも多いようです。





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