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2017/6/7  東京オリンピック(1963年)から一年後の世相  日記

NHK朝の連ドラ「ひよっこ」は自分と同じ戦後の昭和21年生まれの主人公

「谷田部みね子」さん役を有村架純さんが演じている。

日本が高度経済成長に入る頃の時代で、世相も人情も小昭和の良き時代を映して

自分たちの生きてきた時代を思い出しながら

何時も楽しみに見ている。

今日は赤坂のレストランに就職が決まってめでたしでしたが、

みね子さんの今後はどうなるのかな?

当時の昭和41年(1964年)の大卒初任給(公務員)は17.100円、

高卒初任給(公務員)は12.400円だった。

因みに自分はみね子さんが向島電気に入り上京した頃に

18歳で新聞屋さんに配達で入り、住み込みで食費を引いて給料は9,000円だった。

当時の新聞は休みがなく、日曜日の夕刊だけが配達がなかった。

思い起こすと牛乳は18円、 ラーメンが60円、

当時は入ったことがなかったが、喫茶店のコーヒーが70円・・。

アメリカンと言ってオーダーするのが格好良かった。

銭湯にも行ったが当時は23円、新聞購読料は450円で月末には集金に回ったものだ。 

映画は300円で、当時池袋の日勝地下の100円の土曜日の深夜映画には良く行ったものだ。

高倉健・鶴田浩二のヤクザ映画全盛の頃で、吉永小百合や浜田光男の青春映画、

勿論石原裕次郎の日活、永田ラッパの大映の勝新太郎や東映の時代劇など映画全盛だったね。

初めてナイターを見に神宮球場へ行ってカクテル光線は綺麗だった。

王さん、長嶋さんの全盛期で金田や野村、中西、稲尾、杉浦などの往年の名選手が居た。

給料などは今は10倍以上に、山手線の初乗りが10円だったのが16倍になっているが、

インスタントラーメン10円が10倍位かな?

あれから50年以上経っているわけだね・・。

2017/6/7  109円台の円高局面に突入・・円高と金相場の関連について  仕事

米指標の中でも注目度が高い雇用統計の発表が終わり、

市場の関心は8日の米英政治イベントに移っている。

米国ではトランプ政権とロシアとの関係を巡る疑惑「ロシアゲート」で、

トランプ氏に米連邦捜査局(FBI)長官を解任されたコミ−氏の議会証言で、

「司法妨害があったと証言すれば円高材料になる」との観測が優勢だ。 

一方8日の英総選挙ではメイ首相率いる保守党が大幅に議席を伸ばして

圧勝するとみられていたが、

しかし、直近の世論調査では逆風が吹いている。

メイ首相の保守党が伸び悩むと、比較的安全とされる円が買われ、円高が見込まれることから

昨日からドル・円では110円を、ユーロ・円では124円を切る円高になっている 。

13時半現在のドル・円相場は109円57銭、

ボリンジャーバンド は108円95銭にあり、この界隈が円相場の上値支持線となっている。

ユーロ・ドルは1.12646のドル安で

日経ドルインデックスは96.63で昨年末12/16の103.29から大幅なドル安になっている。

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(上は2017年2月からのドル・円の日足チャートです)

又、この間にNY「金」は昨年末の1150.9ドルから昨日の1293.6ドルまで1

42.7ドルも上昇している。

「金」相場にとってはトランプ政権はその不安定さから歓迎されており、

仮にトランプ氏が弾劾にあったり、

辞任することがあれば、「金」相場にとっては逆風になる。

さて8日の米英エベントが無難に過ぎれば、

「米利上げへの期待感からFOMCに向けてドルが買われる」

上昇した「金」相場には利食いの売りが入り急落するとの見方もある。

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(上は2015年12月からのNY金の週足チャートです)

国内の東京工業品のグラム建て価格はドル建て相場の上昇と、ドル・円相場の円高を相殺して

本日は4538円近辺で推移している。

昨年末の4300円から238円の上昇に留まっているのは

円相場が年末の117円台から109円台への大幅上昇に相殺されている為です。

因みに現在の相場状況では一円の変動はグラム当たり42円の変動があり、

円高になれば安くなり、逆に円安になれば高くなります。

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(上は東京工業品の2015年12月からの週足チャートです)





2017/6/6  「試し掘る新ジャガイモの丸々と」  日記

ジャガイモを一株だけ、試しに掘ってみました・・梅雨入り前に掘ってしまいますかね。

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今夜の食卓はジャガイモの丸ごとの素朴な煮物、玉ねぎと、イトコン油揚げだけで

肉はなしでした。

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一昨日とってきた筍の焚き合わせで冷酒を一杯頂きました

2017/6/4  口あけて顔の見えなき燕の子  日記

ゴルフ日和の日曜日、早起きをして出かけ8時半には着いたのだが、

結構込んでいてスタートしたのが10時前でした。

ゴルフ場のクラブハウスの軒下に燕の巣がありました、親燕がせっせと餌を運んでます。

ツバメの巣は子供の頃には何処の軒下にも毎年来たものでしたが、今はなかなか見ませんね。

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湿度が少なく気持ちの良いこんなゴルフ日和も今週一杯まででしょうか?

そろそろ入梅の季節ですね

今週の英気を養う1万6千歩の快汗です。

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タグ: 燕の巣

2017/6/3  判官びいき  

鎌倉時代、兄頼朝に追われ、山伏姿で

昔世話になった奥州の藤原氏を頼って義経主従が通った安宅関。

源義経が武蔵坊弁慶らとともに奥州藤原氏の本拠地平泉を目指して通りかかり

弁慶が白紙の勧進帳を読み義経だと見破りはしたものの

関守・富樫泰家の義経主従の情愛に見逃したという

歌舞伎18番でお馴染みの「勧進帳」の名場面。

今日の茂原教室で90歳のご長老がこの詩を近々の発表会の練習にと吟じた。

この達人はなお元気はつらつで声も大きく、みんなの目標の人でもあるのですが・・・。

この詩は好まれて吟詠かによく詠われます。

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 安宅関 網谷一才

朗々読み終わる勧進帳 君を打ち涙を飲む金剛の杖

誰か忠臣の心情に動かざるなし此の情人をして長く忘れざらしむ

10数年前に安宅の関跡のこの地を日本吟道学院詩吟の仲間数百人で吟行に訪れ、

全員でこの像の前でこの詩を合吟したことがあった。

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関所を通る山伏の一行のしんがりの義経が関守・富樫に呼び止められ

弁慶が「お前が九朗判官義経に似ているので迷惑な話だ」と

義経を金剛の杖で打つ弁慶・・・主従の心情を察して見逃す関守・富樫・・・・・。

日本人の琴線に触れる名場面の一こま・・・・。

悲劇的英雄、判官九郎義経に同情する気持ち。

転じて、弱者・敗者に同情し声援する感情で

義経びいきの日本人の心意気が「判官びいき」と言うのだが・・・。

最近では「判官びいき」の対象「判官」になる人は文部科学省の元次官の前川さんかな・・・。

官邸の主とその取り巻きは何なのかな?

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2017/6/2  本能寺の変の黒幕は?  日記

歴史に「もし・・・」はないのだが、

天昌10年(1582年)6月2日、織田信長が本能寺で明智光秀に打たれ、業火の中に自刃・・・。

この「本能寺」の変が起きなかったなら、太閤秀吉の時代や徳川の世はあったのだろうか?

光秀を動かしたものが怨恨であれ、野心であれ、戦国の世の結果は大きく動いた。

朝廷陰謀説や柴田勝家との共謀説、秀吉、家康黒幕説など、

最近は土佐の長宗我部元親氏と光秀の交流を示す文献が見つかったとして、

長宗我部氏との共謀説、いずれも説得力があるのだが、

本能寺を巡る歴史の謎は深いのだが、

光秀が本能寺の変の前日に公家集と開いた連歌会で示したとされる

「時は今天が下知る五月かな」の句であるが、光秀の本意が隠されているとも言われる。

時は今・・・土岐は今(土岐とは光秀の出自と言われる土岐氏のこと)
 
あめが下しる・・・あめ=天 が下しる、つまり天下を取る
 
五月哉・・・この季節である

(つまり、土岐市の出自である光秀自身が天下を取る)

多くの歴史家の説が入り乱れ、光秀の影武者が討たれ、光秀は生きていたとする説もある。

本能寺を急襲した明智方の大将斎藤利三の娘が徳川家光の乳母「春日局」として

徳川幕府の礎を築くのだが、光秀の三女「明智珠」は後に細川ガラシャ(珠子)として

歴史に名を残すのだが、それらの点と線を探求しているとついつい寝不足になるのだが、

明智光秀=天海上人説(或いは天海上人は光秀の息子説)などの珍説も最もらしき、

整合性もでてくるのだが・・・。

まあ・・・光秀は山崎の合戦で討たれたということで以下の

頼山陽の本能寺と光秀の思いを詠った歌謡吟詠「光秀しぐれ」をYou Cubeでどうぞ。

吟者は詩吟界の第一人者の浪口龍童さん、詩舞は手塚婉戈さんです。

歴史を感じる迫力があります。



幕末の頼山陽は大作「日本外史」の中でも光秀を戒めているが、

以下の有名な七言律詩「本能寺」の一詩は本能寺の変の有様を生々しく描写している。

本能寺 頼山陽

本能寺溝は幾尺ぞ

吾、大事を就すは今夕に在り

粽手に在り併せて食らう

四簷の梅雨 天墨の如し

老ノ坂、西に去れば備中の道

鞭を揚げ、東を指せば天猶ほ早し

吾が敵は正に本能寺に在り

敵は備中に在り、汝能く備えよ


「敵は本能寺に在り」、「是非もない」・・・歴史に残る言の葉だ。

本能寺の変You Tube↓

http://www.youtube.com/watch?v=I06Uh4LWgqU&feature=related


信長が好んで舞い、本能寺の業火の中で、最後に舞ったといわれる幸若舞の敦盛の一節↓

 幸若舞の敦盛の一節

人間五十年 化天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり

一度生を受け滅せぬ者の有るべきか


この敦盛の一節は熊谷次郎直実が「一の谷」の戦で、平敦盛と組み合い、

一度は「敦盛」を助けようとした直実も、味方の手前、

無残にも若き首を落とさなければならなかった直実の心内を語ったのですが、

そして直実は世の無常を感じ、その後は出家して敦盛の菩提をとむらうのですが、

信長の愛唱した敦盛の一節は

人の世は儚く短いものだ、だからこそ死を恐れず短い人生を思う存分生きようではないか・

・・との戦国の風雲児信長の心境であったのかもしれない。

信長がここで死ななかったら日本の歴史はどうなっていたのだろうか

人間50年の一生は「仏の世界の下層の四天王」の一昼夜に過ぎず、

人の世の命のはかなさを語っている

明日土曜日の大網と茂原教室では頼山陽作「本能寺」を吟じてみよう





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