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2019/8/14  種田山頭火  詩吟

山頭火の詩歌の陰陽取り合わせの吟じ方が好きな人達が結構多い詩吟教室です。

陰陽の伴奏のCDが出来てから詠い易くなった所為でもあるようです・・。

 山頭火連吟(しぐれの旅) 種田山頭火

しぐるるやしぐるる山にへ歩み入る

へうへうとして水を味う

笠も漏り出したか

ほろほろ酔うて木の葉ふる

すべってころんで山がひっそり

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山頭火連吟 (ふるさと) 種田山頭火

生まれた家はあとかたもないほうたるほうたる

雨ふるふるさとははだしで歩く

かすんで重なって山がふるさと

ひとりの火の燃えさかりゆくを

うれしいこともかなしいことも草しげる

太字の部分を陽旋律で詠い、他を陰旋律で詠うのですが、伴奏の切り替えには

陽へ転換するにはミソラと陰へ転換するにはラドミときっかけの音を出してあげると

吟者は吟じ安くなります。

種田山頭火は、1882 (明治15)年、山口県防府市に大地主の長男として生まれた。

若くして文学の才能を現したが、子供の頃に井戸に身を投げた母親の自殺、

大酒造家であった本家の事業失敗、一家離散とその人生は波瀾に満ちたものであった。

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43歳の時、熊本で泥酔して進行中の電車を止め、

かつぎこまれた禅寺でそのまま仏門に入ったという。

45歳から一鉢一笠の行脚を始め、妻子を捨てて山陰、山陽、四国、

九州、近畿、東海各地を放浪し句作を続けたそうっだ。

(晩年を過ごした一草庵)クリックすると元のサイズで表示します

日本吟道学院の2代目総裁の渡辺吟神先生は子供の頃に

托鉢姿の山頭火を見かけて、その奇抜な姿に驚いた記憶があると

生前に仰っていた。

山頭火の詩には多くのファンが多いが、

俳句の詩形とは聊か離れている彼の句を理解するのはなかなか難しい。



2019/8/13  「迎へ火や新顔の友数多居て」」  日記

お盆は恒例の迎え火を早朝に焚き、ご先祖様、亡き友と一緒に過ごすことに・・。

今年も新しく思い浮かべる顔も増えた。

九十九里地方では夕方、提灯を持ってお墓にご先祖様を迎えに行くようです。

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朝方は雨でしたが9時過ぎから晴れて、ミンミンゼミが鳴き、暑くなってきたので

海辺も連日の大賑わいです・・・。

この季節の海辺の散歩が一年のうちで最も楽しく、海水浴の人達から元気を貰うのかな・・。

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浜辺は潮風で涼しいので、椅子を出して日傘の下でのんびり本を読むのも楽しい。

海辺の暮らしのいいところですね・・・。

ビールでも欲しいところですけどね・・。

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2019/8/10  「青春の詩を吟じけり稲は穂に」  日記

近所の田圃も黄金色に稲穂も頭が重たくなってきました。

お盆が過ぎると早いところでは稲刈りが始まりますが、

今年は長梅雨で日照りが少なかったのでどうでしょうか?

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土曜日は詩吟の日で大網、土気の二つの教室で

サムエル・ウルマンの青春をみんなで吟じました。

青春 サムエル・ウルマン(渡辺吟神訳抜粋)

青春とは人生のある期間ではなく 心の持ち方を言う

逞しき意思燃える情熱 これを青春という

年を重ねても人は老いない理想を失う時に老いが来る

人は希望と共に若く九〇だろうと百歳だろうと

青春にして止まん




2019/8/8  母の手を離さぬ幼夏の海  日記

暦の上では立秋ですが猛暑日が続きます・・

九十九里の浜辺は夏空に潮が澄んで波が高いようでしたが、

大勢の親子連れで賑わっていました。

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波に遊ぶ幼子とその親子を見ていると、その動きはいつも新鮮な感じです。

つくづく夏はいいなァ・・・。

2019/8/4  「初採りの唐黍に実のびっしりと」  日記

今年はトーモロコシが上手く出きました・・。

いつも食べ頃になるとハクビシンに喰われてしまうのですが、

お湯を沸かしてから捥ぎ、茹でてのお昼です。

トーモロコシも枝豆も短い夏の畑の恵みですね。

畑をやっていて幸せを感じるひち時ですね

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2019/8/1  「致仕の身に向日葵畑の眩しかり」  日記

近所の向日葵畑に幟も立って、見頃になってきましたが、

商いを引退してからの向日葵を見る気持ちも少し変ってきているのでしょうか?

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市川に移したご先祖様のお墓をお参りして、帰りに近所の向日葵畑を見に行ったのですが、

日の向かう向日葵は従来我が気持ちには勇気を与えるものでしたが、

古希を過ぎての受ける感覚にも少なからず驚かされる。
タグ: 向日葵




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