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2020/10/23  秋耕や畝の構図を考へる  日記

畑の今の収穫は殆ど終り秋茄子くらい、

甘薯、里芋は来月、大根は12月後半からです。

来春に採れるそら豆、莢豆、玉葱の種を蒔くのですが

限りある畑の畝の構図を考える❗️

ニンニクが二畝と小松菜、ホウレン草を植えているので、今後に収穫の終るサツマイモ、

サトイモの後の畝など結構頭を使うものです。

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タグ: 畑の段取り

2020/10/22  「紹興酒取り出す秋の夜長かな」  日記


今宵は紹興酒を取り出しての一杯、度数は日本酒とほぼ同じ15度ですが、

もち米と麦が原料なので日本酒より飲み易いのかな。

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20代の頃に仕事で台湾、香港に行っていた頃に中華料理にはこの紹興酒を良く飲んでいた。

地元の人たちはカンペイ、カンペイと飲み干した杯を見せ合っては飲んだもの・・。

新小岩の教室が夜の時間帯だった頃は帰りは中華屋さんでいつも紹興酒を飲んでいたものだ
タグ: 紹興酒

2020/10/19  断腸の思い  

李白の「早に白帝城を発す」は数ある李白の詩の中でも良く知られた詩で

特に詩吟愛好家では誰でも知っており、最も愛吟されている詩の一つです。

 早に白帝城を発す  李白

朝に辞す白帝彩雲の間 千里の江陵一日にして還る

両岸の猿声啼いて止まざるに 軽舟已に過ぐ万重の山


「詩の大意」

朝早く美しい雲のたなびく白帝城を出発し

江陵までの距離千里を一日で還ってきた

両岸で啼いている猿の声哀しげに耳元に響く

軽やかな小舟は幾重に重なる山々の間を一気に通過して行く

(実際には千里も無いのだがここは李白特有の「白髪三千畳」のような

例によって針小棒大な表現で李白の独壇場だ)

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李白の肖像と下は北京故宮博物館に残っている唯一の李白の実筆の書

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この詩は李白25歳の時に蜀の国から中央に旅立つときの詩で、

はやる思いに小舟に任せ軽快に江陵に下る時に作ったとの説と、

玄宗皇帝に3年ほど使えた李白が、粛宗が玄宗に無断で皇位に付いた事を認めず

反乱軍に加わったかどで捕えられ、配流の途上に白帝城付近で恩赦となり

59歳のこの時に作ったと説があるが、調べるほど判らないが、

小生には25歳の時の作のような気がする。

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ところで中国の故事にある「断腸の思い」とは

晋の武将 桓温 ( かんおん ) は、蜀の地にあった成漢に攻め込み

三峡(長江の上流の渓谷)までやってきた。

そこで、部隊の中に猿の子を捕らえた者がいた。

子猿を捕らえられた母猿は、岸沿いに哀しげに叫びながら、

百里以上もついてきて、ついには船に飛び乗ったが、

途端に息絶えて死んでしまった。

その母猿の腹を割いて見ると、腸(はらわた)が細々にちぎれていたそうです。

断腸の思いは、又別な説にはは谷底に落ちた小猿を母猿が

100里も啼きながら追いかけ、まさに腸が飛び出さんばかりの啼き声を言ったようだ。

猿にまつわる哀しい話」として伝えられており、

古来中国では「猿の鳴き声は哀しい物の例え」として語られているようで

猿と言うと、日本では動物園の猿や、猿回しの猿のイメージが強いようですが

中国と日本では猿についての印象が違うようです。

詩吟はこうした時代の背景や作者の詩の心を調べ、

詩歌を謳い上げる事で、詩歌の世界に自ら入り遊ぶことができ、

声を出して吟ずる事で自らの「気」を高め、心身ともに健康に良いのだ。

明日は西浦和で教室があり、久々「早に白帝城を発す」をやってみようかな。

2020/10/16  「五万本の鶏頭咲かす牧広し」  日記

房総半島の袖ヶ浦市にある東京ドイツ村に来て見ました・・。

平日で人出が少なく広々としたテーマパークには鶏頭が5万本余・・・圧巻でした。

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赤くなったコキアの群生を見たかったのですが、植える時期の長雨で今年は植えられなかった

そうですが、小菊を束にしたような小菊(マム)の群生は見事でした。

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2020/10/4  「栗を剥く不器用な手に包丁持ち」  日記

知人より見事な屋敷栗を頂きました・昼ごはんになりました。

我が家の庭にも栗の木がありますが、山栗で小粒です。

しかしまだ毬栗が口を開けるまでには日数がありそうです。

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タグ: 茹で栗

2020/10/3   東照公遺訓   詩吟

土曜日は詩吟の日です

午前中の大網教室は九巻の東照公遺訓の歌として添えられている「人はただ・・・・」の一節を

人はただ身のほどを知れ草の葉の露も重きは落つるものかな

芋の葉に溜まった露の落ちるのを見て、人生訓に例えた歌として知られている。

家康の一生も幼くして織田家、今川家の人質として暮らし、武田軍との戦に破れ、

信長の命により長男の信康、正妻の「築山殿」をも死に陥れ、秀吉の妹の旭姫を正妻とし、

数多の試練を経た苦労人にして天下を取り得た人の人生訓だ・・・。

     東照公遺訓 徳川家康

人の一生は 重荷を負うて遠き道を行くが如し急ぐべからず 

不自由を常と思えば不足なし心にに望みおこらば 

困窮したる時を思い出すべし堪忍は無事長久の基怒りは敵と思え

勝つことばかり知り負くる事を知らざれば害その身に至る

己れを責めて人を責むるな及ばざるは過ぎたるに勝れリ 
 

徳川幕府265年の礎を築いた 徳川家康公の処世訓だ・・・・。

「座右の銘」としてこの遺訓を書斎や職場に掲げて己の戒めとしている方達も多い。

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我々子供の頃の「家康像」イメージは狸親父そのものだったが、

歴史の評価は変わってきている。

この教訓詩を吟じるのも己の戒めとして良いものだ・・。

麒麟が来る」ではどのように家康像が描かれているのか楽しみだ。

タグ: 徳川家康




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