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2021/2/27  「白木蓮の蜂起するごと愕を脱ぐ」  日記

梅園巡りばかりでしたが、我が家の白梅も見頃です❗️

黄水仙も開いて来ましたね‼️

蕗のとうも芽を出しそれぞれの春を主張しております

近所の白木蓮も一斉に愕を脱ぎ始めました

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タグ: 白梅 黄水仙 白木蓮

2021/2/26  菅原道真の忌  詩吟

昨日25日は学問の神様「菅原道真」の忌日でした。

道真公ゆかりの大宰府天満宮では恒例の梅花祭りが行われます

やはり「菅原道真」の詩を思い出される

845年から903年の人ですから平安時代の人ですが、

今なお学問の神様として若い人たちにも慕われているのは、

道真公の醍醐天皇への忠誠心や大宰府に左遷された不運な境遇や

道真の祟りとして怖れられた雷神の魂を鎮めるために建てられた

全国の多くの天満宮の為でしょうか。

 * 東風吹かば思い起こせよ梅の花

       あるじなしとて春な忘れそ


(大宰府天満宮正面の飛び梅伝説として伝えられている梅の木)

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(同飛び梅の秋の風情)

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平清盛の時代背景より200年ほど前の頃ですが、

宇多天皇の時代から信任の厚かった

菅原道真は醍醐天皇の右大臣として権勢を誇っていた。

重陽後一日の九月十日、

清涼殿では醍醐天皇の主催する詩を作る宴が開かれていた。

その時の醍醐天皇の出された[題」は「秋思」・・・。

居並ぶ重臣が日がな一日、詩を作り、

それを発表して一日を送る優雅な貴族文化だった・・。

そこで作った道真の[秋思」の詩に醍醐天皇は痛く感動し、

ご自身の召されていた衣を脱いで道真に褒美として下されたという。

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    秋思 菅原道真

  丞相年を度って幾度か楽思す 今宵物に触れて自然に悲し 

  声は寒し絡緯風吹くの処 葉は落つ梧桐雨打つの時 

  君春秋に富み臣漸く老ゆ 恩に涯無く報猶お遅し知らず  

  此の意何かに安慰せん 酒を飲み琴を聴き又詩を詠ず


詩の心・・・自分は多年のわたり、天皇の御恩を授かり、

お蔭でもって、幸運な生活を送ることができた。

今宵は、秋の風に触れ、感傷的になり、悲しくなってきました。

虫の声は寒々としており、吹き渡る風の中に、桐の葉に雨が落ちる音が聞こえ、

それが益々、孤独感を強めていきます。

天皇はは、まだ若く、これからの未来に楽しみもいっぱいあろうかと思いますが、

臣である私共は、既に老境を越えるところにあります。

それゆえ、陛下へのご恩に対して報いるには、時間がないことを悲しみます。

このようなどうしようもない状況で、自分の心を慰める術が見当たりません。

せいぜい、酒を飲み、琴を聴き、詩を詠じて、気を紛らわすしかない状況です。

私が十分にご奉公できないことをお許しください・・と

道真の素直な心境を詩に託したもの。


今の社会と変わらないような、同僚のねたみ、嫉みから、道真は天皇に左遷され

九州大宰府に流され、門を一歩も出ることなく蟄居の暮らしの中、

悲嘆のうちに2年後になくなるのですが、

その後の都で道真を陥れた左大臣藤原時平親子、

天皇一家が非業の死を遂げ、清涼殿に雷が落ちたり、都には疫病が流行り・・・

道真の祟りと怖れられ、道真の霊を慰めるために天満宮がもうけられ、

代々の学問所の出身である道真を学問の神様として祀り、

全国に天満宮が出来たという。

さて、道真の左遷の理由ですが

「醍醐天皇を廃して、道真の娘が嫁いだ斎世親王(醍醐天皇の弟)の擁立を企てている」

というもので、道真には一言の弁解も許されなかったというのが、通説のようです。

そして、大宰府に流された道真が二年後に作った詩とされるのが

詩吟の最初の頁に出てくる「九月十日」である

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      九月十日 菅原道真

   去年の今夜清涼に待す 秋思の詩編独り断腸 
 
  
  恩賜の御衣今此に在り 捧持して毎日余香を拝す


詩の心・・・思えば昨年の今夜、重陽後の宴に召され、

 清涼殿で陛下のおそばに侍べっていた。

 秋思の題を賜り、諸臣それぞれ詩を作ったが、

 ひとり自分の詩だけが悲しみに満ちたものになってしまった。

しかるに、陛下は大層おほめになり、御手みずから御衣をぬいで賜った。

それをいまも大切に持参している。

毎日その御衣を捧げては、その移り香を拝しているのである。

冤罪にてこうして太宰府に流されているのに、少しも君を怨むことはない。

重陽とは五節句の一つで、9月9日のことで、

旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句とも呼ばれ、邪気をはらい

小高い山に登って豊作を祝い、宴を催す習慣があったと言う・・・

平安の貴族もこれに習いさまざまな宴を催したのだそうです。

さて週明けには近畿、福岡、岐阜の緊急事態宣言が解除されるそうですが

東京近県4都県は予定通り3月7日までだそうです

詩吟教室も3月7日以降の予定が立ち始めて漸く動きが始まりそうです

巣篭もりで大きな声を出せず多くの詩吟愛好家はストレスが多く溜まって

いることでしょう

もう少しですね



2021/2/25  「楚々として群れて華やか梅古木」  日記

陽気に誘われて真名の梅園を歩いて来ましたが、

満開の梅は見頃です。

手入れの行き届いた梅園は梅の古木がそれぞれに枝振りを競ってます

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梅園の周囲は木屑を敷いたジョギングコースになっているので

一周を歩くと1300歩ほどなので3週くらい廻って歩くと少しは運動になるかな

2021/2/23  「蕗の薹大地微笑むごとく出づ」  日記

鶯の初音を庭の笹藪の方からハッキリとホーホケキョ、

蕗の薹も日々大地微笑むように出て来ました‼️

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四温の日々が続いて春が一気に来た感じだったですが

明日から三寒の日々になりそうです。

昨日の初夏の陽気からまた二月の寒さに戻ると体がきついですね
タグ: 初音 三寒四温

2021/2/22  満開の梅林けふも訪ねけり  日記

初夏のような陽気にまた小中池の方から山道を登って

昭和の森公園の梅林に来て見ました、

梅もサンシュウユも満開ですね。

足元には蒲公英、犬ふぐりも沢山出てきて春ですね。

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息子が久々に3泊していろいろな話しに、二人の暮しも賑やかな日々になりました。

2021/2/21  「ふきのたう地球に笑窪あるごとく」  日記

蕗の薹が庭の片隅に出てきました。

例年より少し遅いようです・・・。

早速蕗味噌を作ってみました・

早咲きの黄水仙が二輪だけ咲いてきました、春ですね。

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片貝海岸の少し北にある海の駅九十九里の青いポスト・・

海のブルーをイメージした集客にはいいアイデア。

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2021/2/15  「玄関に母の造りし雛飾る」  日記

玄関にお雛様が出てきました・・

今は亡き母が半世紀も前に孫娘の誕生を祝って作ってくれたものです・・

今年は去年に引き続きコロナ禍で、

楽しみにしている「勝浦のビッグ雛祭」も中止だそうです

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午前中の嵐が去り夕方には晴間が出て夕焼けも綺麗でした。

いつも出る庭の片隅の蕗の薹も少しだけ出てきたようです。

蕗味噌を作るのが楽しみだね

タグ: お雛様

2021/2/12  春を探る   漢詩

日昼の暖かな日は梅を訪ねて散歩がてらに歩く日々ですが

最近のお気に入りの散歩コースは小中池公園に車を停めて、

小中池の畔から山道を登って昭和の森公園の山の頂上へ、其処から公園を散策して

梅園を廻ってゆくコースです。

山道は300メートルほどですが、結構険しい坂道で足場も険しいところですが、

上り下りは良い運動にもなります。

早春の風景ですが、宗の時代の戴益作の「春を探る」が今の風景、感じです

春を探る (戴益作)

尽日(春を尋ねて 春を見ず 杖藜踏み破る 幾重の雲 

帰来 試みに梅梢を把って看れば 春は枝頭に在ってすでに十分 


詩の心・・春の思う日に、一日中、春を探ね歩いたが春らしい風景を

見る事ができなかった。

杖をつき山野を踏みわけたが春の息吹を見つけられなかった。

家に帰り何気なしに梅の一枝をとってみると、いつのまにか蕾も膨らんでおり、

春の訪れをみせている。

尽日(じんじつ)・・一日中

杖藜(じょうれい)・・あかざの杖

宗時代の千年も前の「戴益」の作ですが、今の里山の風景も同じかもしれませんね。

まだ日陰には雪も残り、凍返る風の冷たさです・・・しかし梅の蕾は確かに膨らみ

今にも咲きそうな感じです・・。

日本全国で雪で孤立している村があり、人家がある昨今、春の訪れが待たれますね。


タグ: 戴益 早春賦

2021/2/11  春光背に子等の歓声滑り来る  日記

祭日の小中池公園は親子連れで賑わっていました

大きな曲線滑り台は子供達の歓声です。

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小中池は春の光に鴨、浮き寝鳥の天国です

河津桜も綻んできています

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春の山を背に農家の旧家は目の前が上からため池、田圃と緩やかな勾配が

水を下の流しており、下の田圃には水が張られて来ました・・・早いですね。

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昭和の森公園の梅園は見頃を迎えてますね

毎日見ていて飽きないですね
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2021/2/10  「春の海サーファー昼寝しているよ」  日記

九十九里白子町の河津桜を見に行きましたが、

まだチラホラの一分咲き程度でまだ見頃は一週間位先でしょうか・・・・

白子海岸を散策して来ましたが、波が静かで、やはり防波堤工事を施してますね・・

大きな地震・津波対策でしょうかね。

満ち潮の時間帯で砂浜が柔か過ぎて少し歩きにくい。

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2021/2/9  日の差せばけふも梅見に出かけたり  旅行

お隣千葉市の昭和の森の梅園は大分咲き揃って来ましたね、

まだもう一ヶ月は楽しめますね❗️

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この梅園には車で昭和の森公園の駐車場(第2)へ行く方法と

大網白里市の小中池公園から山道を300メートル程登って現地へ行く方法がありますが

今日は小中池公園から山道を登り梅園を歩いて4千歩ほど、山道の登りは

結構息切れしながらですが、良い運動になりますね。

意識的には運動方々山道を昇り降りしながらをと思っているのですが・・。

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2021/2/7  「畦を焼く焦げゐし匂ひ流れ来る」  日記

4月の陽気だそうで今年最も暖かく感じます❗️笹子鳴き、犬ふぐりが顔出し、春ですね❗️

蕗の薹も目を出し始めました。

近くの田圃の畦も焼かれ黒々と焦げた匂いが畦道に漂っている

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大河ドラ「麒麟が来る」の最終回でしたが、

光秀は死んでは居らず、その後の天海上人として行き続けるような余韻を残して終った。

本能寺に変の歴史ミステリーは果てしなく続く・・。

徳川家康と共に世の中を作って行く天海上人・・そして日光の東照宮傍には明智平という

地名も今に残る・・歴史フアンが喜びそうなストーリーだ。

2021/2/6  楚々として開く白梅愛しけり  日記

3月の陽気の暖かな土曜日の午後、真名の梅園の木屑をしいた遊歩道を二周、

梅はまだまだ3月中旬まで楽しめますね。

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梅は年を重ねるほどに愛着が出てくるようですね

若い頃の50歳前の頃には梅を見に出かけることは無かったですね。

桜は若い頃から花見が大好きだったけどね・・。

梅の楚々と開く姿に惹かれるのかもしれませんね。

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木屑を敷いた遊歩道は一周が2000歩くらいで、アスリートが合宿してこの辺を

走ったり体育館、プールで運動しますね。

勿論、テニス、野球、サッカー、ラグビーグランドもアーチュリーも近くにあります。

お気に入りの和食レストラン「瑞西亭」も傍にあります。」
タグ: 真名梅園

2021/2/4  猪に注意放送梅六分  日記

今までに最も早く春一番の吹いた今日は昭和の森の梅園に散策に出かけました。

気温が13度くらいの暖かさで強風は寒くはないですね。

先週に来た時から較べると大分開いて来ました。

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蠟梅は散り始めてもう終わりに近いのだろうか、

老夫婦が蠟梅の下でお弁当を拡げている。

相変わらず、猪に注意の放送が流れている

2021/2/3  蠟梅を活け壁に櫓櫂を掲げあり  日記

例年よりも暦の都合で一日早い立春の今日は三月並の暖かさで・・波も静かな日和です。

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九十九里白子町の蕎麦屋「川岸」です

三味蕎麦を頂きました。壁に漁師半纏や櫓櫂が掛けてあるのも前のお店の時と同じ。

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