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テルアビブのダイヤモンド産業(マイビジネスストーリー)  

テルアビブのダイヤモンド産業(マイビジネスストーリー

イスラエルにダイヤモンドの仕入れに出かけたのは1978年、32歳のときだった。

あの頃のことを今も鮮明に憶えている。

アンカレッジで機体の修理に9時間止まり、パリで一泊をした長旅をへてやっとイスラエル入り。

まず友人の案内で取引先の研磨工場を初めて見学した。

ダイヤモンドの原石を円盤に据えて廻して、

ピンセットに挟んで五八面のファセットをカットし、ガードルを磨き、手作業で研磨する。

顕微鏡の世界の技術に感心して見入ったものだった。

工場で働く人たちは若い人が多く女性職人も大勢いた。

音楽を聴きながら研磨に精を出していて、仕事場は活気に満ちていた。

ユダヤ人国家イスラエルは、第二次世界大戦後に悲願のイスラエル建国を果たし、

その後、ダイヤモンド産業を国の基幹産業の一つとして育成していた。

私が訪れた1978年頃は、

ダイヤモンドの輸出入に関税を掛けないなどの優遇策を講じたことにより、

ダイヤモンド・ビジネスが急速に発展していた。

1949年にはたった512万ドルだったイスラエルのダイヤモンドの輸出は、

1960年には5623万ドルに、1970年には2億204万ドルに、1980年には14億906万ドルとなった。

なんと、加工ダイヤモンドの輸出がイスラエルの全産業の輸出の約4分の1以上を

占めるまでになった。

香港という中継地でダイヤモンドの仕入れをしてきた私は、

ダイヤモンドの量の多さに仰天した。

検品する一つのロット(紙に包んだダイヤモンド)に3分石(0.3ct)が100個以上も入っていた。

30ctは小さいほうのロットで、その3倍も、5倍もあるロットに、

あまりの量にオファーができず困ったものだ。

最初のイスラエル出張はテルアビブ郊外のダイヤモンド工場を数軒訪ねただけだったが、

当時32歳の自分には大きな衝撃だった。

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(エルサレム嘆きの壁の前の弊社スタッフ)

後にラマトガン(テルアビブ東部)にあるダイヤモンド取引所のビル内に、

メリンダ・ダイヤモンド・イスラエルの現地法人を置くことになるとは、

とてつもない大量のダイヤモンドの検品に埋もれることになるとは、

この時はそんな将来のことなど全く夢にも思っていなかった。

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(ベツレヘムでラクダに乗る若き頃の筆者)

シャバットとカシェット

イスラエルに現地法人を作り、ニューヨークのスタッフのM氏がテルアビブに常駐し

ダイヤモンドの仕入れに当たるようになった。

自分はニューヨークに毎月のように出かけていたが、イスラエルは好きな国でした。

ユダヤ教の安息日は金曜日の日没から土曜日の日没までにあたり、

ヘブライ語でシャバットと言う。

彼らはケンケン・ローロー(イエスorノー)の商売たけなわの金曜日の昼過ぎになると、

ソワソワし出して帰宅を急ぐ。

こちらは週末最後の仕入れのマザール(商談成立)を取ろうと必死だが、

彼らの宗教では安息日には完全に文明の日常生活から離れなくてはいけない。

車やバスに乗ったり、電気、ガスなどで火を使ったりするのは御法度である。

一切労働をしない。

これは、『出エジプト記』二〇章の教えに基づく行事である。

神が天地創造において7日目に休まれてこの日を祝福し、

聖であると宣言し、労働してはいけないと教えている。

また『申命記』五章では、

神がユダヤ人をエジプトの奴隷状態から連れ出して休みを与え、

「安息日を心に留め、これを聖別せよ」と教えている。

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(エルサレム旧市街での若き日の筆者)

ユダヤ人にとっては毎週行わなければならない大切な宗教行事である。

ダイヤモンドの取引で、検品をしたダイヤモンドを小袋に入れて、

買い手のオファーと支払い条件を封筒の表に書き入れることを「カシェット」と言う。

仲介のブローカーは品物を販売する売り手側とその「カシェット」について交渉するが、

シャバットの前に仕事の成果を出そうと彼らも必死になる人もいる。

売り手もシャバットに入る前にひと商売をしようとカウンターオファーなどを出したりする。

金曜の三時前がこのケンケン・ローローのピークになる。

金曜日のランチはこの大仕事が終わってからゆっくり取ることにしていた。

ニューヨークでは韓国料理や馴染みの日本料理屋が遅くまでやっているが、

テルアビブでは出前のサンドイッチを頼むか、一軒しかない中華屋に行って、

早々とその週の反省会を兼ねた宴会を始めるのが常だった。

しかし考えてみれば、休日はゴロ寝や娯楽、スポーツ、旅行などの私たちと違って、

ユダヤの人たちは一日現世から離れ、聖書を読み、断食し祈りに専念している。

人間形成において長い間のこの差は大きいのでは?、と思うものだった。

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(イスラエルマサダの要塞に立つ若き日の筆者)

1970年から80年代は日本ではダイヤモンドブームでイスラエルやアントワープの

ダイヤモンド研磨地で仕入れる品物は競争力があり、飛ぶように売れたものでした。






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