生きる道のそれぞれの背負いしもののあること(序章)  

   彼は人とのコミュニケーションが苦手だった。しかし、授業には、真面目に出席したし、講義内容もきっちりと記述し控えていた。彼の数少ない友人達は、彼がそうしていることを知っていたし、それを見せて欲しいと彼に求めれば、彼が断らないことも知っていた。
「何が楽しくて大学にきてるんだろうね?」おそらく、又貸しの何度目かで、彼が全然認識せずに、彼の講義ノートの恩恵に預かっている女子学生達は
、悪びれもせずに、『いいとこ取りをされて黙っている彼』を、そう、評した。彼はただ、黙々と、授業に出席し、授業後には、大学の近所のスーパーマーケットの倉庫で、荷受けのアルバイトをしていた。そのアルバイト代で、何を楽しんでいるのかも、誰も知らなかった。

 彼女がキャンパスに姿を表したのは、彼が大学一回生の冬、年末のことだった。正月休みが終われば、一回生の後期試験が始まる。彼のきっちりと取った講義ノートが、再び誰かから誰かに又貸しされて、又貸しで入手したそれを、学校近所の文具屋で、講義ノートとして、販売し、お金に変えた人間もいたほどだった。
彼女は、そんな又貸し転売されている、彼のノートを手にして、彼の前に現れた。二人は昔から知り合いのようだった。
『あんたは、町の大学に来ても、なんにも変わってないね?』彼女は哀しげに言う。
『僕が納得してるから、いいんだ。』
『利用されて、いいとこ取りされて、感謝さえされずに、それでいいの?』
『それで、愚かな男として、覚えていてもらえるならば、それでいい。』
『ずっと、そんなお人好しでいいの?』
『こうしか、生きられないんだ。得することとか、見返りとか、そんなことを求めたら、誰かに恨まれて、兄さんみたいに、八つ当たりで殺されるかもしれない。』、
彼はうつ向いたままそう言った。彼女は涙声で、
『馬鹿!それで、あんた幸せになれるの?そんな生き方で!』と叫んだ。
『幸せになろうと、思ってないよ。』
彼は小さく言った。

18年前の冬、僕は不毛の荒野で、ただ息をしているだけの、単細胞生物だった。
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