圓寂坊の現実!

今まで謎とされていた圓寂坊の
活動状況・思想・妄想・幻想…
そして告知事項などを書き綴るブログ

 
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投稿者:圓寂坊
おはようございます、ブサーさん。

よい職場にいきあたりましたか?私も、落ち着くのが
いつになるか分かりませんので、都合のよい日を
ご連絡いただければ、楊家秘伝太極拳の稽古を開始
したいと思います。ただ、今月は9日に実家で法事が
あるので、その前後は不在となります。では、メールを
お待ちしております。
投稿者:ブサー
おはようございます。

このお話は面白いですね、炯眼の大切さが分かります。
この村人たちは幻影にすがることである種の安心感を持っていたんでしょうね。これは、今の時代でもよく聞く話ですね。

それにしても、足掻く必要もないのにまだしつこく足掻いてるんですか。もう呆れるしかないですね。
大変だとは思いますが、落ち着かれましたらまた遊びに行かせてください。稽古もつけてくださるとなお嬉しいです(^^)

投稿者:圓寂坊
おはようございます、平岩さん。お久しぶり。

そうですね。神殺しと言えなくも無いですが、
この場合、恩徳を施す慈悲あまねき神ではなく、
人間を喰う、悪魔のように恐れられている神ですから、
(しかもそれは人々の恐れより創り上げられた虚偽の神)
妖怪や化け物を退治するのと同じで、神を殺した弊害
というのはほとんど出てこないでしょう。

人間に信仰されなければ、神的存在の神力が無くなる
というのは本当にそのとおりだと思います。
投稿者:平岩
こんばんは、コメントご無沙汰をしています。それは一種の神殺しですね、昔からの信仰あったものを外から智者によってその信仰を破棄し神様も信仰されなければ神力も無くして消えてしまいますからね。
投稿者:圓寂坊
こんばんは、玄珠さん。たくさんのコメントありがとうございます。

時…。占術家らしい視点ですね。時宜と現実の巧みな
符合は、やはり「神のみぞ知る」というところでしょうか。
真言密教の最終形態であるチベット仏教の無上ユガタントラの
究極に「時輪(カーラチャクラ)」と言う教えがあるそうです。
聞くところによると、ダライラマ法王はその伝承者であり、
時計いじりがお好きとか。(;^_^A興味深いですよね。

人間存在は生まれた場所や言語、文化、両親、環境などの
影響を受けて育ち、その刷り込みは恐るべきものがあります。
刷り込まれた情報によって経験を重ねてさらに迷妄が強く
なります。これらの刷り込みをできるだけ解除して、
真に自由な生き方が出来るようにするために、仏教や
道家思想などがあるのでしょう。幻影は自らの心から
生じて、人を限定してしまうのです。

それにしても、一度はじめた習慣や伝統というのは
途中でやめる勇気を絞り出すのは並大抵のことではない
のでしょうね。
投稿者:Taka
いやあ。皆さん面白いコメントばかりです!
私のブログじゃないですが有難うございます!
投稿者:玄珠
想い出したので … 敢えて詳細は伏せますが …
某有名漫画家の奥さんの実家である、某県の小さな集落のこと。
小さなお社のようなものを数年ごとの当番制で回して
いるのだそうです。
回ってきた家が責任を持って朝晩お祀りをするわけです。
当番になったところの老人が露骨に不快そうな顔をしている。
訊くと、お社のある家では必ず死ぬ人が出るという。
それでも「止めよう、こんな風習」とか言い出す人もなく
何百年、あるいは何千年、そのお社をぐるぐる回し続けて
いるのですね。
事の真偽や現実性はしばらく置くとして、幸・不幸を超越した
人々の「生きる」姿の原点を見た気がして
ある種の感動すら
覚えました … 他人事だからですが。

http://www.the-fortuneteller.com/taiyi-feng/index.html
投稿者:玄珠
この物語を裏から眺めると、真の主役は「時」だとも言えます。
猿どもの呪力が尽きる時機にちょうど勇敢な旅人が来合わせた
(熟練した卜占家は客のちょうど占機に行き会わせるように)
あるいはその時でないのに猿をふんじばって村人の前に
引っ立てていっても「とんでもない嘘つきだ」と袋だたきに
されるとか。

… それはともかく、人間 − 特に権威に弱い日本人は
「こういう人と結婚してこんな人生設計をしなければならない」
とか
「ちゃんと定職を持たねば一人前でない」
だの実体のないものに呪縛されすぎとは感じますが。

http://www.the-fortuneteller.com/taiyi-feng/index.html
投稿者:圓寂坊
kan-eiさん。コメントありがとうございます。

暑い時期に、ご修行(合宿)お疲れ様です。気絶寸前の
稽古…。でも、それが幸せなんですよねぇ(ちょっとM?)。
信頼できる師匠について技術を伝承する…、かなり
うらやましいです。

あと、

私、もう縛られちゃってますから、よっぽどのことが
ない限りここから動くことはないと思います。約一名を
除いて、皆さん良い方ばかりですし。

稽古の合間、骨休めがてら、遊びに来て下さい。実験台の
若い衆を連れてきてもらえると、けっこう楽しめるかも。…ぐふふ。
投稿者:圓寂坊
Kaniさん、お久しぶりです。

同感ですねぇ。実は私、大阪からこちらにやってきて、
「健やかな時の流れ」的なものを少々感じております。
スレてないのは良いですよね。

ただ、純朴すぎて旧弊を打破する勇気がいまいちなのは
困ってしまいますが。(;^_^A

…幻影を見抜くには「しないこと」をするのが一番良い
ように思います。そうすれば、孤立することもなく、
自分を見つける必要さえなくなるような気がします。
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