圓寂坊の現実!

今まで謎とされていた圓寂坊の
活動状況・思想・妄想・幻想…
そして告知事項などを書き綴るブログ

 
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投稿者:圓寂坊
おはようございます、玄珠さん。

コマが眠る…ですか。面白い表現ですね。眠っている
ように見えても、その静かな活動は続いていくという
わけでしょうか。
投稿者:玄珠
あまり関係ありませんが、池波正太郎によると、コマが止まった
ように見える状態について「コマが眠る」という表現が
あるようで、味わい深い言葉です。

http://www.the-fortuneteller.com/taiyi-feng/index.html
投稿者:圓寂坊
法華経が「わずか一句ほどの教理部分を除いて、他は
すべて比喩である」とは、禅宗の六祖慧能禅師のお言葉
であったと記憶しますが、原理主義というか、お経に
書いてあることを、字面そのままに信じようとする
ところに悲劇があるように思われてなりません。
投稿者:はっとり
で、法花経のが、日蓮宗、戦前の国柱会や、戦後の創価学会を生んだのは、単なる誤読だったのでしょうか???たしかに両者は、因果にからめとられているような。。。

http://bacchirin.at.webry.info/200705/article_6.html
投稿者:圓寂坊
こんばんは、独善竜さん。

いやぁ、暑いせいか、最近なんか気分が乗ら
なくて…。
(;^_^Aすみません。涼しくなったら、多少は記事が
増えるかと思います。

「観」は安楽な道であり、気づきと智慧を産み出し
ます。観察されたままを理解するだけでいいのです。
また自己嫌悪する必要はなく、格好悪い自分もそうで
ない自分も受容し、自我で判断しないのが大切です。
その判断基準はあなたそのものではないからです。その
判断基準が一般的に見て正しいかどうかなどは関係
ないのです。

まぁ、かくいう私も修行中の身でありますゆえ、ついつい
作為してしまい、しばしば因果の世界に堕ち込んでしまう
のですが…。(T^T)
投稿者:独善竜
久しぶりに新記事が読めてうれしいです。
観は客観に徹するのですね。
時に自己を省察しようとすると、果てしない自己嫌悪に
陥ってしまうのですが、それは自己の主観、なにがしかの
判断基準が災いしていたのかもしれません。
もう少し気楽に自分を観てみたいと思います。
ありがとうございました。

http://dokuzenryu.exblog.jp/
投稿者:圓寂坊
はっとりさん。さっそくのコメントありがとうございます。

そうですね。「観」は安楽道でもありますから。
投稿者:はっとり
人生後半は、観、でいこ。。。

http://bacchirin.at.webry.info/200705/article_6.html
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