圓寂坊の現実!

今まで謎とされていた圓寂坊の
活動状況・思想・妄想・幻想…
そして告知事項などを書き綴るブログ

 
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投稿者:圓寂坊
こんにちは、石田さん。ご無沙汰してます。
また、コメントありがとうございます。

ほう、幡を作って供養するやり方は、石鎚山の
修験が起源でしたか。あれは、私が学生の頃、
高野山にある怪しげな本屋さんの店頭で見つけた
一見怪しげですが、中身は結構まともな本に載って
いたものです。はは。(;^_^A

いや、なに、幡は本当にファイルに載っている通りの
作り方なのです。が、ご依頼がありましたので、また
そのうちUPしたいと思います。気長にお待ち下さい。
投稿者:石田
素晴らしいお話、ありがとうございます。

ブログをお書きになっていたのですね!
昨晩、初めて知りました(^^;)

霊供養の幡の作り方のファイルなども拝見
しました。(ちなみに、幡を作って供養する
やり方は、石槌山の修験が発祥らしいです
ね。幡を自分で自作して供養してみたいの
で、一度、幡の実物を画像でアップして頂
けたらうれしいです。もし機会がおありで
したら。)
投稿者:圓寂坊
こんばんは、Takaさん。

受けていただいたようで、よかったです。

ほぅ、理趣経からそのように読み取れますか。まっ、
私は理趣経に関してはノーコメントとしておきます。
勉強不足なので…。(;^_^A
投稿者:Taka
神仏がいてなんで救済されないのか?
もう最初から救済されていて、このあとも今も救済されっぱなしだと般若理趣経にはそれとなく書いてあるのでは?(^^;)
投稿者:Taka
へへえ!大変面白かったです!
息子さんの母親が幸せになってほしいという切なる願いこそ功徳であるという事ですかねえ。でもなんか自分勝手で強引な願いの引き出し方。(^^;)
投稿者:圓寂坊
こんばんは、平岩さん。

神仏がいるならどうして救済しないのか?…ですか。
よく言われることですよね。私はこう考えてます。
神仏は我々の心の中や体の外にちゃんと存在しておられ、
かつ、常に一切衆生を救済しつづけておられると思います。
また、我々は既に救済されているのであるが、救済されて
いないように思うのは、それを受け容れてないだけであると。
現実を受け容れないと苦しみがどんどん増えていきます。
まぁ、とはいうものの、人生苦しいことが多いですよね。(;^_^A

邪見や我見をもって世の中を変えようとすると、どんどん
不都合が生じてきて悪循環を繰り返すような気がします。
そして現代の世相はまさにそうなっていると考えます。
投稿者:平岩
こんばんは、ご無沙汰をしています。なかなか興味深い話しですね。印度のナーローパも漁師でしすし僧侶の場合理論や作法にとらわられいるので本質的な物が見えなくなる分逆に、在家の行者の方がある意味加侍力があると言う事ですね。話しは変わりますが、昨今、色々と腹立たしい事がありますが 、神仏がいるならどうして救済しないのかと思っているのですが、圓寂坊さんは、どう思われますか?
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