圓寂坊の現実!

今まで謎とされていた圓寂坊の
活動状況・思想・妄想・幻想…
そして告知事項などを書き綴るブログ

 
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投稿者:圓寂坊
>大法螺窟さん

訂正です。(^^ゞ

東寺戒壇院→東大寺戒壇院
投稿者:圓寂坊
>三人文殊さん

拝見しました。十億もかからないとおもいますよ。(^^ゞ
この計算については、またお会いしたときにでも。

ところで、「弘法大師 合金」で検索をかけたところ、
以下のようなHPがヒットしました。参考までに。↓ある会社の歴史のページです。

http://www.denraikohbo.jp/company/denrai.htm

当時の最先端技術である大唐の技術は、日本において
ノドから手が出るほど欲しいモノだったのではないで
しょうか。当時の工房や各分野の新技術を必要とする
スポンサーを廻り「新技術の情報・知識を唐から
持ちかえり、あなたの所だけに伝授しましょう」と
持ちかけ、説得すれば、スポンサーはけっこう容易に
見つかるような気がします。
投稿者:圓寂坊
>大法螺窟さん

なるほど。まぁ、戒律に関しては、現在日本で
厳格に守っている坊さんはほとんど皆無に近いで
しょうから、「そうだったんですね。」としか
言えませんが、弘法大師は東寺の戒壇院にて受戒
されておられます。その時期はいろいろな説がある
みたいですが、国の記録では31歳で遣唐使船に乗船
される直前だったみたいです。だから、お大師様は、
戒を受けられてから、即入唐されたわけですね。
それから、恵果和尚からなにがしかの援助があったのは
間違いないでしょう。というより、実際にお大師様に
灌頂を授けた後、絵師にや工芸師に命じて曼荼羅や
仏具を作製させてますので、その費用はおそらく
恵果和尚持ちだと推測します。ですから、和尚の
存命中にいろいろな物や金子をもらったとは思い
ますが、和尚の没後に遺品として受け取ることは、
突然出現した外国人僧には不可能だったのではないかと
想像する次第です。
投稿者:大法螺窟
恵果和尚の「遺品」については、ご存知の通り「乾陀穀糸の袈裟」や「まくら本尊」、「白螺貝」など、数々の委嘱物を授けられて持ち帰っています。「御請来目録」にあります。金銀財宝や、貯金通帳も弟子には山分けされて相続されたものと思われます。国家予算級の使い切れない遺産がどれほどのモノだったのか・・?唐の皇帝から、賜った「お給料」や「ご褒美」がどれくらいだったのかは、想像を絶するものと思います。。

http://hukumanji.blogspot.com
投稿者:三人文殊
三たび真言宗と弘法大師ー弘法大師の留学のスポンサーは誰だ

ちょっと書かせていただきました。

http://plaza.rakuten.co.jp/totteiwakusyokyo/diary/201003310000/
投稿者:大法螺窟
真別所:妙瑞和尚あたりから、受戒後、1年ほどで「離師」が、認められるようになったようですが、本来は、受戒しても3師に従って(和尚・阿遮梨・維那)7年、5年3年は、サンガで律を行じ、同宿しなければならず、「結夏」して「夏安居」をして、はじめて比丘としてのラッシ(年齢)をくわえることが出来たようです。今では、受戒と称していても、何を授かったかも知らず、実際に「有部戒」も「四分」も唱えてはいません。ちなみに、当院は自称:「正法律」ですが、、、

http://hukumanji.blogspot.com
投稿者:圓寂坊
>うすどんさん

おはようございます。コメントありがとうございます。
そうでしたね。あの時は青年テーブルと団塊テーブルに
分れてましたね。…またそのうち遊びに行きたいと思い
ますので、よろしくお願いします。でも、うすどんさん
お閑な時ってあるのでしょうか?

「圓寂坊のピザ説」ご支持ありがとうございます。
もちろん、コーラでもいいですよ、ピザには。
あ〜、朝から食べたくなってきた。

投稿者:うすどん
講習会お疲れさまでした。
食事の際、テーブルが別でしたので
そのようなお話しが聞けず残念。

とりあえず
「ピザにはペプシが最高」という
圓寂坊説は支持します。
投稿者:圓寂坊
>三人文殊さん

弘法大師二度渡唐説、他にも唱えている人が
おられますよ。松下さんと言われる真言宗
のお寺の住職です。HPに説を載せてあるの
を発見しましたので、読んでみてください。
また、密教を錬金術の視点から捉えた著作を
たくさん著している佐藤任さんも同様な説を
唱えられたらしく、同じHPに並べて載せて
ありました。

http://www.houzenin.jp/ronbun/index.html


投稿者:三人文殊
圓寂坊 様

>細かい点で疑問が生じてきます。

ぜひご意見お伺いいたしたいと思います。

ところで、昨日今日と結衆のねはん会に出仕してきました。
当結衆でもよく勉強会に参加されている某僧正に「弘法大師入唐の資金の謎」と宮坂先生の話をしたところ・・・

「そんな研究されている方がいるんですね」

といわれガクッ

宮坂先生ではありませんが、空海の風景を高く評価する真言僧がいるはずです!

しかし、宮坂先生の北伝仏教の御釈迦さん話は興味深かったですね。

というより、明治以降は南伝仏教がもてはやされたので、そちらに移行してしまったんですか?

ひょっとしてもっと興味深い事実が隠されているのでは?
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