圓寂坊の現実!

今まで謎とされていた圓寂坊の
活動状況・思想・妄想・幻想…
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投稿者:圓寂坊
玄珠さん、誠にそのとおりだと思います。
投稿者:玄珠
口伝は、内容的にはそこらに転がっている、必要としない者に
とっては十円の値打ちもないものなのでしょうね。
今、学習上の悩みのまっただ中にある人間に、時宜に敵った知識が
告げられれば、乾期の砂地に雨が降ったように実力が飛躍的に
UPするだろうし、千金の価値があるとさえ言えることでしょう。
「時に随うの義、大なるかな」です。

http://www.the-fortuneteller.com/taiyi-feng/index.html
投稿者:圓寂坊
玄珠さん、解説ありがとうございます。

なるほど。浅い理解ですが、共時性として現れる
神の、各人に必要な時宜にかなった遊戯(リーラ)を
言われているのですね。易占に限らず、あらゆる
占術は、修練を重ねているうちに、たとえ間違った
手法で行われていたとしても、自然と各人の体質・
方法論に適合してきて、はずす事が無くなって来る
という事にも通じてきますね。
投稿者:玄珠
圓寂坊さん、今晩は

>>口伝でも、或いは「神」でさえも、陸地には船として、また船には
>>港として姿を顕すものです。
>
>この部分、できれば詳しく解説していただけますでしょうか。

これは混乱させてしまい大変失礼いたしました。
実は下記のコメントは、かつてある易同人の会報に書いた
内容だったのですが、長くなりすぎたので適当に端折ったところ
わけが判らなくなった、というだけのことです。
例の文句は、ドイツの詩人リルケの引用で、「あなた(神)は
自らの本質の最後の言葉を語らない」「物たちの深い精髄」であり
「異なる物たちの前に常に異なる姿で顕れる」のだ、と。
その後に「船には岸として、陸には船として」と続くのです。

http://www.the-fortuneteller.com/taiyi-feng/index.html
投稿者:圓寂坊
玄珠さん、コメントありがとうございます。

なるほど、井の五爻変で、変卦は升となり、
「上だよ!」と卦は教えていたわけですね。でも、
坎や巽等の小成の卦に注目して判断してしまう
やり方が習慣・固定化していると「盗まれた!」と
見るのは当然でしょうね。易は通変を尊ぶという
実例の口伝ですね〜。

最後の含蓄のあるお言葉、

>口伝でも、或いは「神」でさえも、陸地には船として、また船には
港として姿を顕すものです。

この部分、できれば詳しく解説していただけます
でしょうか。私の頭、閃かないので…。(;^_^A
投稿者:圓寂坊
yusashi-hitobi8さん、初めまして。
コメントありがとうございます。

本当にそうですよね。

その師の生活態度や人格、立ち居振る舞い等から、
本道の芸や技術、学識までにその疑問を拡げてしまう
ことってよくありますよね。

密教の教えの中にも、その師匠の生活態度や言動から
師の教えを軽んずることなく、誠心誠意仕えなくては
ならないというような指摘があります。

でも、人間は感情の動物ですから、その時々では
喜怒哀楽の情をなくすことは無理かもしれません。
まぁ、そういう感情を次の瞬間に忘れられるように
なれれば、人生の達人になれるかもしれませんが。
…人間関係って本当に難しいですよね。(;^_^A
投稿者:玄珠
私自身が偉い師匠ではないので一般論ですが …
易の初心者が六十四卦の意味を懸命に覚えようとしているとき、
大事な物を紛失した場合、卦を出しても判断に苦しむことでしょう。
そこでの「小成卦の兌・離がある場合は発見できるよ」との
先輩の一言が大変に役立つでしょうね。
一方、実際の占例です。
ある店で、ふとレジ横に置いたはずの現金がなくなり、
井五爻だったので、坎・巽から多くの人が「盗まれた」と
したのですが、ご主人のお母さんが二階へ持っていったまま
忘れてたのですね。
これなど、視野が小成卦に固定してしまった学易者にとって
「大成卦の象意は小成卦に優先する」という頂門の一針となった
ことでしょう。
口伝でも、或いは「神」でさえも、陸地には船として、また船には
港として姿を顕すものです。

http://www.the-fortuneteller.com/taiyi-feng/index.html
投稿者:yusashi-hitobi8
毎度、深い示唆に富むお話を拝読させて
いただいております。

>口伝を持っている師匠は大事にしましょう!

ここの部分は特に心に響きます。
ともすれば、師の芸の部分ではないことに影響されて、離反の気持ちが起こる方もいらっしゃるでしょうが、自らが志す本来の芸の奥義口伝というものは、その受け継いだ師でないとわからないものであり、芸を極めるためには大きな心と視点が必要であることが、とてもよくわかるお話でした。
身にしみましてございます。ありがとうございました。
投稿者:圓寂坊
いえいえ、Yanziさん。
この話を読んで考え込んでしまうということは
かなり深くひとつの道を追求されているという
ことだと思います。未熟などではないと思いますよ。
投稿者:Yangzi
こんにちは。奥の深いお話しです。言葉なく考え込んでしまいました。そしてなにもかも中途半端で、そこまで到達していない自分の未熟さばかりが浮き上がってきました・・・あわわ。
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