都落ちしてから、ほとんど放置してます。ぼやきの投稿も1年に1回くらい、近頃は競馬熱も冷めてます。さてそんな中での久々のぼやき、それは先週4月27日にスペシャルウィークが亡くなったこと。小僧にはスペシャルウィークはステイゴールドと同じくらい学生時代に競馬場で身近に見て、声をからして応援して、馬券でお世話になった馬。そのニュースに驚き、寂しかった。ただ懐かしさも感じた。学生時代の競馬仲間との楽しい思いでが頭に浮かび、そしてあれからもう20年近く経ってしまったという現実をしみじみと感じました。すぐさま競馬仲間で唯一付き合いのあるY氏に、スペシャルウィークの訃報をメールで入れる。やはり小僧と同じように寂しいと返信が返ってきた、そして学生時代が懐かしいと。彼はスペシャルウィークの関東圏での引退式に独りで、正月開催の中山競馬場の昼休みのパドックに写真を撮りに行っている。その時の写真を焼回ししてもらい小僧は今でも大切にしている。引退レースになった暮れの有馬記念、グラスワンダーとのハナ差の決着、あの時も競馬仲間達と現地に乗り込んで声を枯らした。武騎手が勝利を確信してウイニングランを、的場騎手は淡々と引き揚げていったのを覚えている。この話はY氏とスペシャルウィーク、グラスワンダーの話をする時にいつも出てくる話、「豊は勝ったと確信してウイニングランをしたんだと思うし、4センチの差で残したグラスワンダー、的場さんだからこそできた騎乗だったと思う、幻のウイニングランを現地で見られて、良いものみせてもらったね」そんな感じで話は終わる。いつ思いだしても良いレースだったと思う。
そして小僧がスペシャルウィークを語る時にいつも取り上げる思い出のレース、古馬になってからの京都大賞典と次走の天皇賞(秋)。スペシャルウィークが古馬になってから調教で動かないという話は、年明けのAJCC時にペリエ騎手が調教で騎乗した後に、この馬が本当にダービー馬なのかという旨のコメントをした時に感じたのだが、そんな不安も一掃するような3馬身差の快勝、レース後ペリエ騎手がさすがダービー馬だと手のひらを返す。その後も阪神大賞典、天皇賞(春)と連勝、宝塚記念はグラスワンダーに負けはしたが2着と馬券圏内を外さない堅実な走りで、調教もそれなりに動いていたと思う。宝塚の敗戦で秋の凱旋門は白紙になってしまったが、小僧としては秋も引き続きスペシャルウィークの馬券が買えることが嬉しかった。だって堅実な馬だから軸にするにはもってこいの馬、馬券も買えない凱旋門に行かれてしまって、帰国してから調子崩されたりしたら、頼りにしていた軸馬がいなくなってしまう。あの頃はガチガチ馬券に生活費を大量につぎ込んでいたので、一大事なんです。それが休み明けの京都大賞典での走り、レース前の追い切りが悪いとスポーツ新聞に書いてあり、それでもレースに行けば走ってくれるようなコメントが書いてあったので、当時は馬連で勝負をしていたので負けても2着であれば馬券的に問題ないということだったと思う。万が一スペシャルウィークが連を外した時の為に、メジロブライトから流していたようである。何分20年近く前のことで記憶も曖昧で、発見した当時の馬券ではスペシャルウィーク、メジロブライトの馬連を抑えていない。小僧はサンデーサイレンス、トニービンの熱狂的信者だったので、そこらへんが常に馬券の中心になっていたんだと思います。勝ち馬のツルマルツヨシ、3着のテイエムオペラオーなんて眼中になかったことが伺えます。そして裏では毎日王冠にグラスワンダーが出走していて、当然グラスワンダー軸でおそらく京都大賞典に多めに資金を入れているので、毎日王冠にはそんなに回せなかったんでしょう。グラスから馬連2点買い、相手はツクバシンフォニーとミットナイトベット、グラスが外れた時のために何故かメジロドーベル、スティンガー、ツクバシンフォニーの馬連BOXを購入している。おそらく東京コースが得意な馬の馬券なんだろうと思いますが、2着がメイショウオウドウだったので、サンデーサイレンスの熱狂的信者と言いながらも、馬券の買い方がぶれてるということもわかります。脱線しましたが話を京都大賞典に戻します。スペシャルウィークの大凡走、当時の小僧の精神的ショックは計り知れなかったと思います。秋の初戦で頼りにしていた軸馬があてにならなくなってしまったのですから、もう正直スペは終わったんだと思いました。

そしてあの天皇賞(秋)、1番人気がよく負けるレースで欅の先には魔物が棲んでいるとよく言われたもの、大好きなビワハヤヒデもレース中に故障、サイレンススズカにいたっては欅の先で脚を痛めて4角手前で競走中止、そのまま逝ってしまいました。完全に軸馬を失って迷走していた小僧の気持ちが当時の馬券に表れていると思います。いつの間にか軸馬がメジロブライトに変わっていることも今更ながら気が付きました。当時はワイドやら3連複、3連単馬券はまだありませんでしたから、馬連で買い目を絞って儲けるという買い方だったんですね。安定性のあったメジロブライトにチェンジしたんでしょうね、結局はピークを過ぎていたのがメジロブライトとは知らずに。あの時もスペシャルウィークは調教で、500万下の馬に先着を許して、新聞ではピーク過ぎたと書かれ、当日二桁体重を減らしてきたので消し要素満載だったんだと思います。それでも馬連のBOXにいれていたという苦悩ぶりがよくわかります。まだ見限れなかったんだと思います。スタートが悪くて元々先行していた馬なのに後方を走ってる、メジロブライトも後方だったので負けのパターンです。直線に入って見限ったステイゴールドがエアジハードを交わして、熊沢騎手のステイゴールドがようやっと重賞を勝つのかと思っていたら、後方から直線一気でズドン、なんか凄い脚で突っ込んできたぞって、勝負服みたらスペシャルウィークなのでおったまげました。ただ相手にステイゴールドはいないので、3着エアジハードはBOXにはいっているけど、結果馬券は外し、おまけにスペ、ステイゴールドの馬連が万馬券、この馬の組み合わせで155倍近くつくのは考えられないと溜息をついたものです。よくよく考えると、小僧よりお馬さんのがお利口さんで、調教で走らなくてもレースで走れば良いということもわかっていたらしく、トライアルもしかり、天皇賞(秋)にいたっては1番人気になると欅の魔物がきっと邪魔をするに違いないと思ったのでしょう、京都大賞典はその伏線だったのだろうと、結果1番人気はセイウンスカイに譲り、セイウンスカイは欅の魔物の餌食になってしまいました。

JCでも強かったですね、有馬記念も2着とはいえ4cm差の2着ですから、しかし小僧はなぜかあの京都大賞典の不可解な敗戦から、スペシャルウィークを軸にできず、馬券はますます迷走していき、JCではウメノファイバー・ステイゴールド両軸に裏切られ、

有馬記念ではメジロブライトと撃沈するという散々足る馬券になっておりました。

都合の悪いことは忘れているものです。ほんと懐かしい思い出です。スペシャルウィーク世代は競馬仲間達との思いでがたくさんありすぎて、未だに語り尽くせない、Y氏が今回の訃報に対して、うちらも歳とるわけだわねと最後にメールをしてきました。20年あっという間に過ぎていったような気がします。最後にスペシャルウィーク号安らかに、先に逝ったセイウンスカイ・ステイゴールドと同窓会でも仲良くやってちょうだいよ。