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日本大使公邸人質事件

皆さんは覚えちょられますか? 今から15年前の今日を・・・・

ペルー・リマ市サンイシドロ区 トーマス・アルバ・エジソン通り

209番地 急患の知らせがあったので来たのですが・・・・

NGO団体事務所に救急車が到着した 中には白衣の男女が

座っている 丁度その頃 隣の日本大使公邸では 青木盛久

駐ペルー大使・外務省職員・ペルー政財界の有力者や各国

外交官・現地日本企業重役など約600人を迎え 天皇誕生日

を控えた レセプション・パーティーが開かれていた

救急車から飛び出した男女ら14人は いつの間にかAK47突撃銃

やウージー短機関銃・RPG7対戦車ロケット弾を抱えた武装集団に

様変わりし 大使公邸との境界にある 高さ約2.5mの壁を爆破

一気に公邸内になだれ込み占拠していった いわゆる日本大使

公邸人質事件だ

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彼等はペルー左翼過激派組織 トゥパック・アマル革命運動(通称

MRTA)のメンバーだった リーダーはネストル・セルパ・カルトリーニ

ただちにアルベルト・フジモリ大統領に 刑務所に収監されている

MRTAのメンバー450人を即時釈放する事 占拠メンバーと釈放

メンバーがアマゾンの密林地帯に脱出するのを承認する事 貧富

の格差を増大させる現在の経済政策を直ちに見直す事 人質の

身代金を支払う事の4つの条件を示した


その頃MRTAは メンバーの大量逮捕などで組織が事実上崩壊し

構成員は最盛期の数千人から100人以下まで減少していた

そこでセルパは アンデスの山奥で暮らす純朴な若者らに

町で仕事がある 報酬は5000ドルで来ないか? と声を掛け

10人(うち2人は女性)を集めた そして8ヶ月かけて立てた

綿密な計画のもと 組織再興の賭けに出た 当時のペルーの平均

月収は約100ドルだ 


MRTAのメンバーは 殆どが政治闘争には縁が無い アンデス奥地

に住む田舎の若い男と女だった


早く事件が終わらないかな…!約束の金をセルパから貰ったら

早く家に帰りたいと呟いていた疑う事をまったく知らない 田舎育ち

の純朴な彼等は 大使公邸占拠という 重大事件が持つ政治的

意味をまったく認識しておらず 事件が解決すればまた普通の生活

に戻れると考えていたのだ


一方のフジモリ大統領は 当初から強行突入を考えていたが 当時

の橋本首相の平和的解決を優先してほしい・・・莫大な円借款など

多大なODA援助を日本から受けていた関係 しぶしぶ犯人グループ

との交渉を表向きは開始した

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それから約4ヵ月後 日本大使館の床を爆破し ペルー特殊部隊

ディルコテ140人による突入作戦 チャビン・デ・ワンタルが開始

された 勿論橋本首相を始め日本政府には事前通告などない…!


軽症で捕らわれた若者メンバーらは 女性も含め額を打ち抜かれ

問答無用で射殺され セルパは階段の踊り場で蜂の巣になり絶命

した

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こうして事件は解決したが 日本政府が人質の生命確保に固執

するあまり 事態の解決を図る国際政治的能力が著しく欠如して

いる事が改めて世界中へ証明された


http://genesis-ot.jp/index.html

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投稿者:監督
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