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恐怖の大王

紀元62年2月15日 ポンペイ・カンパーニア地方の部落は

大規模な大地震に見舞われ かなりの被害を受けた 人々は

自分達の街を以前より一層美しく・・・を合言葉に再建に取り組んで

来た その結果民家を始め公共の建物 傷付いた寺院なども

徐々に修復され 紀元79年8月24日 この日も何ら変わらぬ事

なく 町を飾る為夫々の仕事に励んでいた・・・・・

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時間も正午になろうとしている時 ヴェスヴィオの山頂は大音響と

共に山が裂け 火口から松かさの様な黒い雲が吹き上がり 大地

は揺れに揺れ、土砂と灰と硫黄の雨が降って来た

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致命的な硫黄の蒸気と溶岩は情け容赦なく町を襲い 人々は

家と家の間に避難場所を求め 何とか身を隠す場所を求める努力

をしたが 巨大噴火には成すすべも無い 3日後繁栄を誇った

ポンペイの町は灰と 溶岩の流出物の下に埋まって仕舞う

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ポンペイは灰に埋もれ 19世紀に発掘されるまで長い眠りにつく

ことになる ポンペイが発掘された発端は全くの偶然から

1860年に考古学者フィオレルリ教授が 古文書を調べている中

プルニウス(紀元50〜100年頃の博物学者)の直筆を発見した


そこには 紀元79年8月24日 ベスビオ火山が大噴火を起こし

巨大な火柱と煙が天に舞い 山の上半分は吹き飛んでしまう

煮えたぎる溶岩が火口から流れ出て 山の麓のポンペイ

エルコラーノは一瞬で滅びた 生き残った住民はほとんど

いなかった

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それまでも断続的に発掘は行われていたようだが 政府のもとに

本格的・組織的に発掘が行われたのは1800年代後半から

現在でもその発掘は続けられている


地球の地殻に住んぢょる我々には 何時もこの危険と隣り合わせ

とゆ〜こっちゃろぅ


http://genesis-ot.jp/
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投稿者:監督
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