2012年7月28日 土曜日
交互にやってくる夏と冬、どちらがどちらが好きかといえば冬、夏は好きではありません。
夏は開放的で動的、冬は閉鎖的で静的。行動的な夏は若者、冬は生を終え死への準備をする老人のイメージです。
色に例えれば春は青、夏は朱、秋は白、冬は玄(くろ)です。青春・朱夏・白秋・玄冬はここから来ています。
でも、夏でなければ体験できないこともあります。その一つが野菜のおいしさを体験することです。
採れたてのキュウリの密度の濃い瑞々しさは、包丁を入れればそこから水が滴り落ちるような新鮮さをまるごと体感できます。
売られているトマトとは異なる管理されていないワイルドなトマトくささ、完熟したトマトのおいしさを感じられます。
今子供たちは野菜嫌いが多いとも聞きます(実際は知りません)。その原因のひとつがスーパーなどで売られている野菜と実際の採れたての野菜の味の違いにあると思っています。本当においしい野菜は嫌いにならない、と思うのです。
今年、畑ではキュウリとトマトそしてズッキーニを栽培し、プランターではルッコラ、チコリ、クレソンなど葉物野菜を栽培しています。
キュウリなど手間がかかりません、お子たちにぜひおいしい野菜を食べさせて上げてください。
さて、そんな夏嫌いなわたしの今年の夏のレシピの紹介です。
ポーランド(ルーマニア)風キュウリのピクルス
その昔、チャウシェスク生存中の独裁国家ルーマニア(ブカレスト)を旅したことがあります。今は知りませんが当時は肉を買うために1〜2時間も並ばなければならなかった商品供給に失敗した国家でした。日本人なら当たり前に持っているフィルムカメラもルーマニアでは珍しく公園にカメラ屋さんがいて有料で写真を取るサービスをしていました。
ルーマニア語とイタリア語は比較的近い言葉なので会話は苦労しなくてすみます。隣のセルビアのスラブ系の言葉ではなくラテン語系の言葉を話す理由がわかりませんが、かつてローマの植民地だったからなのでしょうか。
そんなチャウシェスクの失敗した経済のなかでは鶏肉は高級品でした。物資不足の折ルーマニア人は鶏肉の軟骨までしゃぶりつくしていました。そして荒く挽いたトウモロコシをおかゆ状にして味付けをしたママリガは吐きそうになるくらい不味い。そのなかで唯一おいしいと思ったのがキュウリのピクルスです。
ポーランド(ワルシャワ)はすでに社会主義が崩壊した後の不景気の最中、外観は立派なホテルでしたが提供される食事はおいしいものがない、外に出かけてシチューを食べるもののおいしくない(他の客もいなかった)、タクシーに乗ればボッタクリでケンカすれば運転手仲間がボッタクリ野郎に加勢する、っていう経験とともにピクルスのおいしさだけが記憶に残っています。
どちらもレシピはインターネットで調べればほぼ同じです。
水1リットルに対して塩大さじ1の割合で沸騰させ冷ます。容器の大きさによりますが5リットルのガラス容器の場合にはキュウリを一杯つめて塩水を3リットル使いました。要するにキュウリが完全に浸る程度、ということです。
容器にフェンネル・オレガノ・月桂樹の葉、ニンニク、鷹の爪、粒コショウを入れてみました。レシピではディルの花を入れるとありましたがハーブなら何でもいいように思います。
キュウリを容器に詰めます。そして冷ました塩水を入れて冷暗所で保存、発酵すると最初は塩水が濁り、やがて透明になってきます。それが食べ頃のサインでしょう。
1本のまま冷やしたワインのおつまみにしてもよし、すりおろしてスープにするとも書いてありました。味わいはキュウリの古漬けの酸っぱさにヨーロッパのハーブ風味が乗っかっている、そんな感じです。
http://www.romaniatabi.jp/food/index.html
次はズッキーニのサラダです。
ズッキーニは蔓のないカボチャの種類で、スーパーではよく見かけるようになりました。イタリア人はズッキーニを素焼きにしてオリーブオイルをかけて食べる、というのが一般的だと思います。
特にレストランではピッツァ窯の余熱を利用してズッキーニ・ナス・ピーマンを焼く前菜が多いです。
開花した直後のキュウリ大の大きさの幼果を収獲してそのまま切ってサラダにします。オリーブオイルと塩のみのドレッシングです。今年はたまたま黄色いズッキーニの苗しかなかったのでそれを購入してみましたがあまくておいしい、のです。緑色の普通に売られているズッキーニでも大丈夫だと思います。
プランターを使えば葉物野菜ができます。そのまま食べられるように包装したベビーリーフなどを購入すれば高いのですが、プランターで簡単に栽培できます。
そんな手作りをして夏を楽しみながら乗り越えよう、そんな毎日です。みなさまも時節柄ご自愛くださいませ。
最後までお読みいただきありがとうございます。

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