社会のカナリア 一歩前進 二歩後退

日々 思うこと 考えること 感じること

 
加齢とともにガンコになってきたと(泣)いわれてます。ここに書くことはそんなオッサンの妄想も混じっています、間違ってても、ひろ〜い心で笑って、許してください。

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投稿者:massy
道端のねこちゃんさま

コメントありがとうございます。日本の民法はドイツ民法に倣い、総則は物権債権すべての通則として規定されるパンデクテン方式、イタリアは売買は売買に関する始めから終わりまでが規定されていて、そこを読めば売買のことがわかるようになっているインスティトゥーティオネス方式です。

なので逐条で翻訳する場合には量は多いのですがイタリア民法の方がしやすいかも知れません。

ネットの翻訳ソフトは(他の翻訳ソフトも同じですが)専門用語には対応していないのでほとんど使えません。でも地道に時間をかけていけばできないことはないと思っています。今年中には成年後見の部分を翻訳したいと思っています。

イタリアは古いものを少し変えて新しい時代にマッチするようなところがあります。意思無能力者を対象とする成年後見と意思能力者を対象とする管理を支援する制度とは根本的に思想が違うのですが、身体的であろうが精神的であろうがその人に「不可能なことがあれば制度の対象とする」という柔軟性があります。

それは、学問的にきっちりはしていませんが、人間の目先の生活をより上手に生きるという点では学問的に整合性があることがいいことではありません。

また、いろいろとご教示くださいませ。
投稿者:道端のねこちゃん
イタリア民法、ですね。僕もネットで原文を見つけて、on-line辞書を引き引き試訳したことがありますが、(法律そのものの内容がわからないところは日本の民法条文を参考にしながら)日本の民法と構造自体が大きく異なっていることと、一般の日本人にとって想像のつかない規定が沢山あることで、とても難航を極め、ほんの一部分だけです。全体的には、自分に関係のない責任を免除するための規定が多いような気がします。

なぜそういうことを試みたのかというと、比較法研究や日本の法改正・新制度創設などでドイツやフランスの法律(最近では刑事裁判への被害者参加や裁判員制度等)が参考にされることが多いのに比べイタリアの法や制度が学ばれ参照されることが非常に少なく、場合によっては『欠陥制度』の見本のようにさえ扱われることに疑問を感じており、イタリア好きでイタリア語を学んだ者がオペラなどの芸術分野ばかりでなく法や制度の研究という分野で社会に貢献する道を切りひらかなければならない、との一心からです。
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