2011/1/27

無理に自然体にならなくても良い  主張

 自然体という言葉を、よく良い意味で耳にします。辞書では「気負いのない、自然な態度」といった説明がされています。
 確かに自然体それ自体は、とても良いものです。けれどその価値は、自然体そのものにはありません。
 自然体が良いのではなく、自然体にもなれる、その状態が良いのです。

 これは少し深く考えようとすると、理解できます。
「気負う」というのは、強く意気込む様子です。つまりはやる気、モチベーションの高さなのです。
 自分には困難なことをやり遂げようとする時に、誰だって気負います。自然体でいたら、こんな挑戦は有り得ません。
 人間には力を抜くべき時と、入れるべき時があります。
 自然体が良いのではなく、自然体になろうと思えばなれる状態が良いというのは、こういう理由からです。

 ところが心の異常反応(心のエラー)があると、無意識の領域で、「危険だ」「怖い」「不安」だという不合理な反応が突き上げてきます。到底、自然体にはなれません。力を入れて、構え続けていて当然です。
 多かれ少なかれ、特別な措置をしなければ、異常反応は持っているものです。自分は正常だと思っていても、クリアにしてみると、以前の自分はソワソワしていた、不安だったと気付くケースもあります。
 本当の意味での自然体を手に入れるには、心に異常反応があってはいけません。

 さて自然体に本当の意味でなれている人は、どれ位、いるのでしょうか。
 僕の目から見ると、残念ながら、ほぼ皆無です。見られるのは、自然体であろうと意識して頑張っている姿です。頑張ってナチュラルメークをしているのに似ています。
 心の異常反応に抵抗せず、人間性を崩されての自然体であれば、まだ多く見られます。気負わない事が自然体の条件なら、これはこれで自然体なのでしょう。けれど人間の本質は理性と合理性なので、崩された人間性は不自然な姿である事を知って欲しいです。
 僕の患者さんの中には、本来の意味での自然体に近づき、自分が真人間になっていっているのを不思議がっている方もいます。

 力を抜くことは重要ですが、無理に自然体になろうと、そこを目標にしなくても良いです。
 心の異常反応がある内は、自然体にはなれません。
 それでも無理になろうとすると、今度は心の一部分をマヒさせたり、焦点をぼやかして見ないようしたり、強引に心を操作する必要性が出てきます。
 それは結局、ナチュラルメークを頑張って、自然体から遠ざかっているのです。



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