2008/8/28

優れている人の生き方  主張

 才能や能力の高い人間は、どのように生きていけば良いのか? 多くの人生教訓がある中、この観点のものは、なかなか見当たりません。あったとしても、

・驕り高ぶらない。
・謙虚にせよ。

 といった、抑制する方向性のものが目立ちます。「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」などは、その代表ではないでしょうか。
 確かに、人間は自分が秀でていると感じると、尊大になりがちです。他人を見下し、優越感に浸ってしまいます。高慢な人間になってしまわないよう、気を配るのは重要です。
 けれど僕には、それが物足りません。せっかく才能や能力が高いのですから、それを存分に活かし、世のため人のために役立てる。こんな方向性の人生教訓が、もっと目立っても良いのではないでしょうか。謙虚に自分を低いものだと認識するのではなく、優れていると自覚した上で、それを存分に正しく発揮させるのです。

 一部の優れている人間には、責任があります。大勢の人達の先駆者、リーダーとなり、より良く導いていく社会的な責任です。ところが世の中を見渡してみると、その能力を私利私欲のために用いられる機会の、何と多い事でしょうか。
 学歴レースで勝ち残り、上級官僚や政治家に登りつめた人間が、公益ではなく利権のために懸命になっている姿は、情けないものを感じさせます。民間企業においても、まず優先されるべきは、社会の利益です。社会の利益となる活動を行った代価として、金銭的な利益が発生するのです。食品偽装問題、虚偽表示問題などはまだ可愛いものです。原材料コストの上昇、原油高、これらは投機筋によって暴騰したと伝えられています。ファンド会社は大儲けできるかもしれません。しかしその暴騰によって、満足にパンも食べられなくなり、飢えに苦しむ人もいるのです。そんな自分だけが儲かれば良いという活動に対して、利益が発生する。これでは、その能力を社会に役立てているとは評価できません。

 ですから才能や能力の高い人間の生き方として、

・先駆者、リーダーとなり、皆をより良く導く。
・私利私欲ではなく、社会全体のために役立てる。

 こういった発揮のさせ方についても、もっとクローズアップされていって良いと思うのです。これは「気高さ」という言葉にも通じます。内心の自由ばかり尊重される中、気高く生きるという事が、あまりに疎かにされてきてはいないでしょうか。
 勿論、利己が悪いというのではありません。利他を伴わず、他人や社会に害悪となる利己が悪いのです。優れた人間であればこそ、その行動の影響は大きくなります。優れていればいる程、正しく生きる責任も増していく。こんな世の中であって欲しいと願います。



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