2013/4/29

うたかたの幻想  Liviang Music Live!!

ラウマの色彩感にうたかたの幻想を見たライヴだった。

今日のライヴのことだ。

例年ぼくは季節の変わり目、特に今頃の時期はアレルギー性の鼻炎に悩まされる。今年も数週間前から徐々に症状が出始めていたところに、春を待ちわびることから薄着になっていた僕に肌寒い天気が追い打ちをかけた。あわせて風邪をひいてしまったのかもしれない。前日からさらに体調が悪くなっていたのだった。

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だからライヴの始まる前から、僕の意識は薬の効き目もあり少しもうろうとしていたと思う。ラウマの音楽は、その意識の上を水彩画のスケッチのように淡い色彩と繊細なタッチで埋めていったのだが、うとうと眠気が僕を何処かへ連れ去ろうとしていた。それなのにラウマの音楽はどこまでも寄り添ってくれているのが不思議だった。
それは、去りし日に、ある二階の窓から差し込まれていた柔らかな日差しのようであり、まどろみの時を柱の上からチクタクと見つめる細く長い針のようであったのだ。

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しかし、そのチクタクは何時しか僕を幻想へと誘った。広い草原の中をいくつもの小さな点がこちらへと向かってくるのが見えたのだ。その小さな点が形となり姿となると少年を背に疾走するナーダムの祭りの競走馬たちだとわかった。その情景を観客は息をのみ見つめている。空には鳥の群れが地平線の彼方へと渡り去ろうとしている。僕の記憶は一瞬そこで途絶えたのだが、一人の楽師が呪文を唱え、一杯の温かいミルクを差し出してくれたので、僕のカラダは甦ったのだった。

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こんな話を信じはしないだろうな。そう思う人はきっといる。
ラウマの音楽を聴いた事がなければね。

でも僕は確かに幻想を見たのだ。馬頭琴と喉歌とカンテレが織りなす世界が僕を幻想の世界へと誘ったのだ。

それが、ラウマの音楽なのだ。

そして、感じること。
様々な音楽と接することで、真剣な演奏を身近に聴いて来たことで、知ることの出来た大切な宝物だ。

今日はぐっすり眠ろう。
身体を休め、そして明日からはまた走り出すのだ。
幻想とは違う現実の世界を。


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