ゲーテアヌム建設現場で講義するルドルフ・シュタイナー(唯一の写真)        「ラディカル」とは「ラディッシュ」と同じ語源で、「根源的」という意味。表面のみならず、その「根」を見ようとすること。このブログはそういった意味でラディカルでありたい。

2016/4/22

我が蔵書3 ルドルフ・シュタイナー著「神智学」初版  我が蔵書

 ルドルフ・シュタイナーの代表作「神智学」(Theosophie)は、1904年(明治37年)に世

に現れました。

 この時、ルドルフ・シュタイナーは43歳。まだ、ブラバツキーの創立した「神智学協

会」に属していました。当時の神智学協会の代表はアニー・ベザントでした。

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    1897年のアニー・ベザント。

    
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 これは、神智学執筆当時のルドルフ・シュタイナーとアニー・ベザントです。

 後に、アニー・ベザントは、ルドルフ・シュタイナーに対する嫉妬やねたみ、そして、

自分が救世主「キリスト」だと、インドから連れてきた少年、クリシュナムルティを遠回

しに否定されたことから、誹謗、中傷を繰り返しました。

 ルドルフ・シュタイナーの弟子たちは、こんなにされて黙っていないで、神智学協会を

脱会しようと促しますが、ルドルフ・シュタイナーは、じっと耐え、除名になるまで神智

学協会員にとどまり続けます。

 その時のルドルフ・シュタイナーのコトバが忘れられません。

 「霊的に孤独であったとき、まわりの友人知人は、霊的な話しを馬鹿にして、誰も聴く

耳を持たなかった。しかし、当時の神智学協会員たちは、私の話を大きな関心を持って聴

いてくれた。だから、恩義があるのだ。自分から神智学協会を否定して脱会するつもりは

ない」

 

いやいや、侠気があるではないですか。だから私はルドルフ・シュタイナーが大好きなのです。

 今、人智学徒の恩義のなさ、同情と人間愛のなさをよく感じますが、当時のルドルフ・

シュタイナーも、人智学協会が発展しないのは、人智学徒に一般的人間愛が欠如している

からだと、何度も何度も言っていますね。

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 これが神智学の初版の表紙です。ドイツの古書店でももう入手出来ないと思います。

 私はこの初版本を、ドイツで他界された方の蔵書から頂きました。

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 そして、初版本のみにこの献辞「ジョルダーノ・ブルーノの霊に献げる」が印刷されて

います。

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 これが「まえがき」の最後部分です。この活字が気に入っています。今はもうない活字

ですね。

 
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タグ: 希覯本



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