ゲーテアヌム建設現場で講義するルドルフ・シュタイナー(唯一の写真)        「ラディカル」とは「ラディッシュ」と同じ語源で、「根源的」という意味。表面のみならず、その「根」を見ようとすること。このブログはそういった意味でラディカルでありたい。

2019/1/8

オカルト・パンチ20・人智学徒とナチスドイツ  ヨーロッパ精神史研究所より


 戦争と人智学について考えてみたい。

 以前にも書いたとは思うが、第二次世界大戦の間、ドルナッハで出版されていた週報「ゲーテアヌム」には、一行も戦争についての記事が掲載されなかった。

 異常なことである。人類の危機を前に、人智学徒からのメッセージは、少なくとも「公け」にはなかった訳だ。

 一般人智学協会は1935年にナチスドイツ政権によって禁止された。ヒトラーが政権について二年後のことである。

 1941年には「キリスト者共同体」が禁止された。

 ここで、考えられないことが起こった。

 人智学徒もキリスト者共同体の司祭も、皆、兵士として戦場に行ったのである。

 すなわち、ヒトラーの侵略戦争に加担したのである。

 人智学運動の代表的人物に、元SSやナチス党員が、比較的多いのはその為である。

 キリスト者共同体の司祭にも、ナチス関係者がいたことは、隠しようのない事実である。


 翻って、「エホバの証人」の信者や指導者は、どうだったのか?

 彼らは、自分の信仰を貫き、死に至るまで、すなわち、アウシュビッツなどの強制収容所で殺害されるまで、己の信仰を捨てはしなかった。

 人智学運動は、「政治活動」をしない、とされているのだが、戦争に反対し、霊学からの意見を述べることは政治活動では、全くない。

 原発について発言し、または反対することも政治活動ではない。

 政治活動とは、「党派」としてそのイデオロギーを主張し、その実現のために活動することである。

 今からでも遅くはない、今の世界状況について:戦争、原発、テロリズム等々について、人智学徒は、「声を大にして」発言すべきである。

 さもなければ、人智学運動は、単なる「自己救済願望」を満たすためのマスターベーションに終わるだろう。

 もう一度、社会芸術を創造したヨーゼフ・ボイスを学び、評価する必要性がある。

 これは、急務であろう。


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