2010/5/12
写真で見るルドルフ・シュタイナーの生涯W 21世紀の人智学
忘れてました。続きです。

1915年、大正4年のルドルフ・シュタイナーです。54才です。ネクタイが結べなかったシュタイナー、お決まりのスカーフを首に巻いています。

1916年。ガラリと変わった感じです。1915年に、シュタイナーが大切に育てた弟子達の一部が、シュタイナーを人智学協会から追放しようとした事件があり、一気に老けたようです。どうして、裏切りがあるのか?「もうあなたは必要ありませんよ」と言うことらしいです。

1917年。厳しい雰囲気があります。

1918年。厳しさが増しています。

前年に第一次世界大戦が終結。木彫「人間の典型」制作中のシュタイナーです。1919年です。

1920年、59才のシュタイナー。一段と老けました。

1923年。もうゲーテアヌムは放火によって存在していません。

ルドルフ・シュタイナーのデスマスクです。1925年3月30日に他界、月曜日でした。

安置されているルドルフ・シュタイナー。葬儀はキリスト者共同体でおこなわれ、フリードリッヒ・リッテルマイヤーが司式しました。
本当は、82才まで生きるつもりであったルドルフ・シュタイナー、その生涯は決して「幸せ」なものではありませんでした。何かを「創始」する人の生涯は常にドラマチックですね。
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1915年、大正4年のルドルフ・シュタイナーです。54才です。ネクタイが結べなかったシュタイナー、お決まりのスカーフを首に巻いています。

1916年。ガラリと変わった感じです。1915年に、シュタイナーが大切に育てた弟子達の一部が、シュタイナーを人智学協会から追放しようとした事件があり、一気に老けたようです。どうして、裏切りがあるのか?「もうあなたは必要ありませんよ」と言うことらしいです。

1917年。厳しい雰囲気があります。

1918年。厳しさが増しています。

前年に第一次世界大戦が終結。木彫「人間の典型」制作中のシュタイナーです。1919年です。

1920年、59才のシュタイナー。一段と老けました。

1923年。もうゲーテアヌムは放火によって存在していません。

ルドルフ・シュタイナーのデスマスクです。1925年3月30日に他界、月曜日でした。

安置されているルドルフ・シュタイナー。葬儀はキリスト者共同体でおこなわれ、フリードリッヒ・リッテルマイヤーが司式しました。
本当は、82才まで生きるつもりであったルドルフ・シュタイナー、その生涯は決して「幸せ」なものではありませんでした。何かを「創始」する人の生涯は常にドラマチックですね。


2010/5/14 23:13
投稿者:灸太郎
2010/5/14 11:29
投稿者:小林直生
灸太郎様 「偉人のたの形」ではなく、「偉人の手の形」でした。修正します。
2010/5/14 11:27
投稿者:小林直生
灸太郎様 そこがヨーロッパと日本の違いです。ドイツでは、偉人のたの形にも関心があり、手を石膏で型どりすることもあります。写真集があるくらいですから。手も顔と同じくらいその人の個性を表しますね。
2010/5/13 16:40
投稿者:灸太郎
小林先生
>その人物の集大成が最期の顔に表現されるという考えが元にあると思います。
なるほど。ちょっとこのあたりのヨーロッパ人の感覚に、違和感を覚えてしまいます。なんでだろう。。。
>その人物の集大成が最期の顔に表現されるという考えが元にあると思います。
なるほど。ちょっとこのあたりのヨーロッパ人の感覚に、違和感を覚えてしまいます。なんでだろう。。。
2010/5/13 14:00
投稿者:小林直生
まり様 コメントをありがとうございます。そうですね、このキリストの絵は、キリスト者共同体でよく使われています。この絵を使うように指示したのもシュタイナーです。
2010/5/13 9:35
投稿者: まり
貴重なお写真をありがとうございます。
なんだか言葉がありません。
安置された頭上にあのキリストの絵が・・・
当然なのかもしれませんが、一気にシュタイナーと共同体が私の中で実感になった感じです。
なんだか言葉がありません。
安置された頭上にあのキリストの絵が・・・
当然なのかもしれませんが、一気にシュタイナーと共同体が私の中で実感になった感じです。
2010/5/13 8:24
投稿者:小林直生
miyo様 晩年は本当に大変だったようです。でも、時々ユーモアがあったのは確かでしょうね。
2010/5/13 1:26
投稿者:miyo
大変だった後年も、面白いことを言うだけ
の余裕があったのでしょうか?
死の先を楽しみにして逝ったと聞きましたが、残されたマスクからは酷使された肉体
の余韻が色濃く感じられて、
「お疲れ様でした」と声をかけたくなりました。
の余裕があったのでしょうか?
死の先を楽しみにして逝ったと聞きましたが、残されたマスクからは酷使された肉体
の余韻が色濃く感じられて、
「お疲れ様でした」と声をかけたくなりました。
2010/5/12 21:57
投稿者:小林直生
灸太郎様 そうですね、ヨーロッパではデスマスクが非常に大切にされます。その人物の集大成が最期の顔に表現されるという考えが元にあると思います。
2010/5/12 20:36
投稿者:灸太郎
>1923年。もうゲーテアヌムは放火によって存在していません。
70超えたお爺さんみたいな風貌ですね。
>ルドルフ・シュタイナーのデスマスクです。
ヨーロッパではデスマスクが良く作られていますが
理由があるんでしょうか。
70超えたお爺さんみたいな風貌ですね。
>ルドルフ・シュタイナーのデスマスクです。
ヨーロッパではデスマスクが良く作られていますが
理由があるんでしょうか。
なかなか面白い違いですね。
ヨーロッパ人には日本人が野の石仏に手を合わせる感覚がよく分からないとかってのと似ていますね。
>手を石膏で型どりすることもあります。
日本では墨で半紙に手型を取る風習があるので、こちらの方が親近感覚えますね。