2013/8/2

68年ののちに  
私と同世代のドイツ人の友達に、
ドイツがナチスの台頭を許した当時
若い庶民であった彼女の両親たちが
何をどう見ていたのか、聞いたことがありました。

「いつの間にか、周囲にいたユダヤ人たちがいなくなった」
・・・「しかし、その時は大して疑問を持つことはなかった」

そして、戦後彼らは東ドイツの国民となり
私の友人である彼らの娘は、偽のパスポートで
国外脱出を図った際にハンガリーとの国境で逮捕され
一年間の刑務所生活ののちに西ドイツに放逐されました。

同世代の身近なドイツの友人のそういう体験を聞いて
日本人としての私たちの戦後を思ったものでした。

そしてその話を聞いて30数年ののちの今、
その戦後が次の戦前に繋がって行くような
なんともいえない気持ちを抱きます。
いつだって次の戦前になりうるような、そんな気持ちを抱きます。

・・・「その時は大して疑問を持つことはなかった」

******************

 ナチスが共産主義者を弾圧したとき
 私は不安に駆られたが
 自分は共産主義者でなかったから
 何の行動も起こさなかった

 その次、ナチスは社会主義者を弾圧した
 私はさらに不安を感じたが
 自分は社会主義者でないので
 何の抗議もしなかった

 それからナチスは学生、新聞、ユダヤ人と
 順次弾圧の輪を広げていき
 その度に私の不安は増大したが
 それでも私は行動に出なかった

 ある日、ついにナチスは教会を弾圧してきた
 そして私は牧師だった
 だから行動に立ち上がったが

 もうそのときはすべてがあまりにも遅すぎた
 (マルチン・ニーメラー牧師)
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